30.相談
先生登場です。
「はぁ…。どうしたら中央領と西領へ人を回せるかしらね。普通に隣の領から送るしかないのかしら?」
「それでよろしいと思いますが、何がご不満なのでしょうか」
宰相は何をそんなに悩むのだろうと、怪訝そうな顔をしている。
「…夜間学校で不正にご飯だけを貰っていた人を派遣出来ないかしら?一時的に国で雇って送るの」
「悪くない案だと思いますが、そんな人達が真面目に働きますでしょうか?逃げ出すかもしれませんから、その人らを探すのに兵士を使ったら無駄に労力を消耗してしまいます」
「それもそうよねぇ。…普通の方法でいいかしらね。普通って大事よね」
女王が自分に言い聞かせるように言っていたら、執務室の戸をノックする音がした。
しっかりとした足取りなので法務大臣だと女王は確信していた。
宰相と法務大臣は他の大臣達と比べたら若いので、足音がはっきりとしており、足を擦るような音はしないのだ。
将軍も若い部類だが、彼の歩幅は大きいのですぐに分かる。
「失礼いたします」
「どうしたの?」
やはり法務大臣だった。
「中央領と西領に派遣する人員についてなのですが、よろしいでしょうか」
「ええ、ちょうど今、宰相と話していたところよ」
「…処刑から免れた人達がいるのを覚えておいででしょうか?」
「ええ、前将軍や貴方が逃がした人達よね」
本当に些細な事で処刑される人達が多すぎたので、彼らは行動を起こしていた。
尤も、前将軍は多くの人を殺しているので、重労働刑を科された。
簒奪者に家族を人質に取られていたため、命令に従わざるをえなかったせいなのだが、罪は罪なので死刑ではなく重労働刑になった。
「はい。前将軍が逃がした人の所在は分かりませんが、私が逃がした人達ならば分かります。彼らを送るのはどうでしょうか。恩を返させようというのではないですが、少し力を貸してもらおうと思います」
「…その人達にも生活があるのではないの?それにそんなに人数がいるの?」
「そこそこおります。所帯を持った人もいるでしょうから、全員に強制なのではなく、引き受けてくれる人だけにします」
「建設の仕事が出来る人達なの?」
実際にどんな人物かを知っているのは法務大臣だけだ。
「全員ではありませんが、軽作業なら出来ると思いますし、事務的な作業も出来るでしょう。元は王城勤務だった者達ですので全く仕事が出来ないというのはないと存じます」
「…陛下いかがなさいますか?」
宰相は悩んでいる女王に話しかけた。
彼はこの案なら納得する人が多いのではないかと思っている。
「その人達を送れるのならば、送る兵士の数も減らせるかしら?」
「ええ、問題ないと思います」
法務大臣は送る姿勢を見せるだけでも国民に見せておくと良いとも思っている。
「…確か、その人達を匿っていたのって東領と北西領よね。東はともかく、北西から送れるかしら?」
「領の境付近に限定すればいいのではないでしょうか。領兵を送るのではなく、一般人ですので領側も負担が少なくなるのではないでしょうか」
宰相が後押しをする。
「分かったわ。貴方達が言うのならば問題ないのでしょう。人数の調整は国防大臣と将軍、各領の領主と話し合って決めて。任せるわね」
「かしこまりました」
「ふぅ…」
一つ問題が解決したが、まだまだ他にも解決せねばならない物は沢山ある。
女王は夜間学校で不正に食事をした人達の書類を見ていた。
不正の理由は出来心が大半を占めていたが、中には仕事にありつけなかったり、すぐに止めてしまったりする人がいて食べ物に困っているとも書かれていた。
女王は仕事は沢山あるはずなのに、何故だろうと考えた。
人間関係なのか、能力なのか。
能力だったら、どんな人でも仕事が出来るようにかなり工夫したはずだが、まだ足りなかったのだろうか。
人間関係が原因だったら、精神が疲れてしまい仕事を探せなくなっているのだろうか。
(相談員…医師団の中にもいたわよねぇ)
だが、相談員の数はかなり少ないので、存在を知っていてもなかなか自分の番までまわってこないだろう。
ある程度心に余裕がなければ、自分の順番まで待っていられないのではないだろうか。
(今まで十分すぎるくらい耐えてきたのに…)
いくら辛抱強くても限度がある。
女王はそれが怒りとなって爆発しないかも心配だが、もっと恐ろしいのは絶望しないかだった。
二年前までだったら、全てを簒奪者のせいにすればよかった。
しかし今は幸せになっていく人も多く、自分が駄目だから不幸になっているのではないかと考えてしまうのではないかと女王は考えた。
(何か…いい手は……)
相談するだけで楽になるのか、それともやっぱり誰も分かってくれないと思ってしまうのか。
同じような境遇の人達で話し合う場を設けようと考えたが、心の傷に入り込んで悪巧みをする人物がいたらどうしようかとも思う。
(しょ、小説にあったもの…)
女王は小説でしか世界を知らないので、突飛もない想像をする時がある。
だが、その想像はあながち間違えではなかったりもする。
「――か!陛下!」
「え?ええ、何?」
女王は考え込みすぎてアンナの呼びかけに反応するのに遅れてしまった。
「先生がお見えになりましたよ」
「そんな予定あったかしら?」
ジュゼッペ先生が執務室にやって来た。
当然ながら車椅子だ。
「先生、こんにちは。どんな用かしら?」
「今頃悩んでおられるだろうと思いましたので来ました」
「鋭いのね…」
「年寄りの勘でございますよ」
先生のしわくちゃな笑顔を見て、女王は少し和んだ。
女王はつい今しがた考えていた内容を全て先生に話した。
女王のように、いつでも相談に乗ってくれる人が国民達にはいないとも話した。
「それは立場が違うからというのは置いておいて、確かにそれはよろしくないでしょうな。家族を亡くしている者が多いですので相談出来る人がおらず、孤独で生きている中で鬱憤が溜まっている者もいるでしょう。ですが、家族や親しい人だから言えないというのもあります」
「そうよね…」
女王は自身も王配に言えなかった悩みがあったなと思った。
「…難しいですね。取りあえず、仕事の内容を見直してみましょう。この国には残念ながら給付金などを配布するだけの財源がありませんので、少しでも何らかの形で働いていただかないといけません」
先生は怪我や病気で動けないのならともかく、多少の心身の不調ならば働いてほしいと言っているのだ。
単純に比較してはいけないが、先生は高齢かつ片手足を失っても元気に働いている。
皆にそれを強いるのは良くないが、何かがきっかけになり働く気力を持てたらと女王は思った。
「働く…、意見を買い取るのはどうかと思ったの。あとは情報屋みたいな。だけど真贋が分からないから駄目よね」
「意見を買い取る…ですか?」
先生は興味深げに聞いてきた。
それとも何を言っているのかと思ったのだろうか。
「国民から見た国の様子が分かったらいいなって思ったの。要望とか改善点とかもいいかと思ったのよ」
女王が言うと、先生は少し考えてから話し出した。
「細かすぎる意見が切りがなく出てくるでしょうな。情報も真贋が不明なのもよろしくないです。密告のようになってくる可能性があります。いつ誰に告げ口されるか分からないのなら、国の空気は悪くなるでしょう。発想は面白いですが、現時点で問題が次々に出てきますので現実的ではありませんね」
「ええ、軽率だったと思うわ。金銭に関係しなくても、気に入らないからって理由で誇張したり嘘が出てきそうだもの」
女王はため息を吐き下を向くと自身の手が見えた。。
いつも書類に署名しているので、指にペンだこが出来てきた。
「残念ながらそうなのです。性善説だけではいけないのです」
「…真面目な人が損するのよね」
「ほう、いかがされましたかな?」
先生は片方の眉毛を上げた。
女王の口からこんな言葉が出るとは思わなかったようだ。
「アレクセイは要領のいい人が得するって言っていたの。本当その通りよ。この混乱に乗じて悪さを企む人がいるはずだもの」
「信じすぎるのはよくないですが、全員を疑っていたら疲れてしまいますね」
「ええ、本当に。今の所、不審人物が出ていないのは幸いだわ」
少なくとも各領からそういった報告はされていない。
連合国軍の兵士が少なくなったので治安が悪くなると思っていたのだが、今の所問題なく日常を送れているようだ。
「うーん…十年の間で猜疑心が強くなっているので、簡単に口車に乗らないのかもしれません。儲け話を信じて帰ってこなかった人は数え切れないほどいるでしょうからね」
先生は険しい顔になり、女王も同調するように眉間に皺を作った。
「…怪我の功名とも不幸中の幸いとも言えないから、全然喜べないわね」
宰相と法務大臣は三十代前半から半ば、将軍は四十代前半です。
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