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29.中央領

 会話文ばかりです………。


「行ってらっしゃい」



 女王は悲しげに微笑みながら言った。

 女王本人は意識していないが、その表情には人を引き止める力がある。



「ああ、行ってくる。一週間ほどで戻れると思う」



 王配は女王の唇に自身の唇をあわせた。

 ずっと続けていたかったが、待っている人達がいるのですぐに唇を離した。


 王配は寝室から出て、警護の兵をつれて厩舎に向かった。

 日の出はまだだが、周囲は明るくなり始めていた。


 子狼がいる部屋も厩舎の近くにあるが、先日祖父と見たのでいいかと思い、覗きに行かなかった。

 王配も子狼は可愛いと思うが、子狼を見ている女王を見る方が楽しいのだ。



「殿下、アイズベルク号が待っております」

「ああ、すまない」



 子狼に気を取られていると愛馬が知ったら怒りそうだと王配は思い、足早に愛馬の元に向かった。



「ブルルッ」



 アイズベルクは黒くて大きな馬だ。

 額には白い模様がある。



「今日も元気そうだな。蹄鉄も大丈夫そうだな。大変だっただろう?」

「ブフー」



 王配は愛馬の足元を覗き込んで確認したら、蹄鉄が綺麗についていた。



「はい…。ですが、指南書がありますので、かかる時間が短くなってきております」



 セマルグル王国の装蹄師から譲り受けたのだ。

 性格や体の特徴から何から何までが書いてある。

 最初に書かれていたのは、気の弱い者は侮られるから担当するなとあった。



「そうか。すまないな。…怪我をした者はいなかったか?」



 王配の愛馬は王配に撫でられてご機嫌だ。

 王配の言うことはよく聞くが、他の者には従わない。



「今回は大丈夫でした」

「皆、無事で何よりだ…」



 王配は苦笑して、愛馬の背に乗った。

 王族ならば馬車に乗っての移動が基本だが、王配の愛馬を置いて王配が出かけると愛馬の機嫌が悪くなる。

 なので王配は馬車に乗らずに愛馬に乗って移動をする。

 愛馬が馬車を引かなくはないが、それは血の繋がったきょうだいとでないと無理だった。



「よし、行くか」



 王城から出て、中央領へ続く街道をかなり大勢で進んでいく。

 王都の中心から離れるとすぐに農耕地帯が広がった。

 ケレース王国では当たり前なのだが、王配が生まれ育った国の王都にはなかった光景だった。

 すでに農作業を終え、農具を片付けている農民達に時折手を振りながら王配は進んで行った。




「相変わらずお付きの人達も大変そうだなぁ」

「そうよねぇ。結構な速さよねぇ」



 農民達が荷を運ぶ速さは、王配達の移動速度に比べるとかなりゆっくりなので、最初はあの見慣れぬ速さに驚いた。

 それに偉い人は豪華な馬車に乗るのだと思っていたので更に驚いた。



「変わったお方だなぁ」



 別の農民は偉い人は人を待たせるものだと思っていたので、急いで行く必要はないのにと思った。

 帰りに急ぐのは女王に早く会いたいからだろうというのは分かる。

 


「あれ?いつもより早いなぁ。もう数日先だと思ったのに」

「一応領主様だから、降灰対策の様子を見ないといけないからじゃないかねぇ?」

「おお、そうか。色々考えて下さっているんだな」




「領内や領民の様子はどうだ?」



 王配はまず領城内の彼の寝室で、領主補佐のジョルジョから中央領内の様子を聞いていた。

 領主の実務は彼に任せている。


 流石に女王の寝室ほどではないが、それなりに立派な部屋だ。



「はい。一旦校舎の改修作業を切りのいい箇所で中断いたしました。その作業員を降灰対策に回しております。進捗状況は王城に報告してございますがご覧頂けましたか?」



 王配は侍従の手を借りながら着替えていた。

 流石にどこかに飲みに行く格好ではなく、きちんと正装をしている。

 華美でも粗野でもない、王侯貴族の普段着を着ている。



「ああ、見たぞ。他の領に比べると遅れているようだ。同じような状況だと北東と西も遅れている。北東は前将軍らの刑務作業の変更をして対策させる。しかし、残念ながらここと西に回せそうな人員がいないんだ」

「左様でございますか…」



 ジョルジョはがっくりと肩を落としてしまった。



「すまない。俺の護衛で来た兵を何人か貸すか?」

「滅相もございません」



 王配は冗談を言ったつもりだったが、まともに返されてしまった。

 冗談を言う場面でなかったと彼は反省した。



「だよな。陛下は王都から送るかと言ってくれたが、王都の警備を疎かにすると反発が起こりそうだからなしになった」

「それはそうでございましょう。致し方ないことと存じます」

「陛下と宰相が話し合ってくれているだろう。多分、各領から何人かずつ集めるんじゃないかと思うんだが…」

「やるとしても近隣の領からでしょうか。となると中央領は王都と東領から、西領は南西領と南領でしょうか。なんでしたら、北東領も北領と北西領から集めるのはいかがでございましょう?」

「んー、北領と北西領は降灰の被害が大きくなりそうだからやめた方がいいだろう。恐らくどちらの領からもそう言われるだろな」



 過去の記録を見てもこの二領は被害が大きかった。



「ああ、そうでございましたね…」



 またジョルジョを落ち込ませてしまった。



「…前将軍らの働きを知っているのか?」

「ええ、噂ですがかなり優秀だと聞き及んでおります。問題を起こすこともなく仕事も早くて正確だそうです」

「彼らの本来の性格がそうさせるのか、贖罪の意識がそうさせるのか…」

「はい…」



 王配とジョルジョは彼らの心情を考えると下を向かざるを得なかった。



「ああ、その優秀さを買って中央領で仕事をして欲しいのか。隣りあってはいるから移動しやすくはあるが、さっき言った通り北領と北西領の負担を軽くしたいから北東領に人員は送れないんだ。だから、前将軍らはそのまま北東領で作業をしてもらいたい」

「ええ、承知しております。先ほど私が言った案だと南東領は何処へも人員を送りませんね。降灰予測でも一番被害が小さいとされております。南東領の負担が少ないように感じますが…」



 南東領は十年間でも被害も少なかったので、復興もかなり進んでいる。



「セマルグルやモコシュからの物資が来るから円滑に通行出来るようにしてもらっているんだ。あちら側は友人が見張ってくれていて、不審な荷物と人を入れないように頼んでいる。これは南西領と北領にも警戒するように言ってある」

「混乱に乗じて良くないものが入り込もうとしていると?」



 よくある話だが、ない方がいいに決まっている。



「ただの食糧や物資ならいいんだが、怪しげな物や人が来たらまずいからな」

「一儲けしたり、悪意をばらまいたりなどですか?」



 ジョルジョが言うと、王配は頷いた。



「ケレース王国は十年間も閉ざされていたから、国際情勢に詳しくないだろう?それを利用して悪巧みをする輩が出てくるんじゃないかと思っている。連合国軍が派遣終了したし、そういう奴等が入りやすくなっている」

「はい。将軍殿から注意を促す連絡が来ております」

「中央領では異変はないか?」

「不審者の有無という意味でしたら何の報告もございません」

「…それ以外の意味なら何かあるみたいな言い方だな」

「殿下のお耳に入れるべきか悩んだのですが…」



 ジョルジョの様子から王配はすぐに何を言おうとしているか分かった。



「ああ、俺が何か企んでいるとかか?」

「ご存じでございましたか…」

「次男ってそんな風に思われるものなのだろうか?そんなに家を継ぎたいとか、土地を持ちたいとか、国が欲しいとか…。まぁ、この国じゃ簒奪者が次男だったから印象が良くないのだろうがなぁ…」



 王配は次男と言うだけで決めつけられるのは嫌だった。



「領内の移動や訪問の際には領兵も警護につけ、殿下に危険は及ばないようにいたします」

「出来れば誤解を解きたいんだが、話合いだけでは無理だよな。時間をかけるしかないのだろうな」

「はい。領城内にいる者やその家族達は殿下のお人柄をよく知っております。私達も殿下が如何にケレース王国と中央領を思って下さっているか伝えていきたいと存じます」



 ジョルジョが言うと、侍従も頷いた。



「そうか、ありがとう…」




 中央領に来て一日目は領城がある市内をまわった。

 特に何か問題が発生しているわけでもないし、ここに住んでいる領民達は王配をよく知っているので、和やかな雰囲気で視察は終わった。


 二日目は中央領の北部の湖がある市に行った。

 ここは農務大臣の故郷でもあり、事前に彼から信頼出来る人物に連絡をしておいてもらった。

 当然その人物が王配の案内役をする。



「王配殿下、ようこそお越しくださいました」

「来るのが遅くなってすまなかった。普通に訪問したかったのだが、視察という名目になってしまったのも残念だ」

「いえ、来て下さっただけでも大変嬉しゅうございます」

「農務大臣は漁業に携わっていたと聞いたから、てっきりその関係者かと思ったのだが、どうやら違ったようだな」



 案内役は日に焼けているが言葉使いが丁寧で、王配が想像していた漁師とは全く違っていた。



「私も漁業に携わってはおりますが、どちらかといえば研究者ですね。湖の調査等を行っております」

「そうだったか。もしかして大臣の学友だろうか?」

「私が先輩ですね」



 同じ研究室だったのだろうか。



「そうだったか。昨年は魚はまだ戻ってはいないと聞いたが、今年もだろうか?」

「数匹増えたぐらいですので、誤差と言ってしまえば誤差になります」

「二年じゃ戻るはずないよな。言い方は悪いが、農業ならば土壌を改良して種や苗を植えれば生えてくるが、魚はそうではないからなぁ。養殖をしていたわけでもないだろう?」

「実は養殖をしていた時もあったのですが、飢えた人々に盗まれてしまいましてね」



 盗むのは悪だが、生きるか死ぬかの瀬戸際だった人達を責められるだろうか。



「すまない…。辛いことを思い出させてしまったようだ」

「いえ、そんな…。また養殖を出来たらと思い計画を進行しておりましたので、いずれ良い報告を出来ればと存じます」

「ああ、楽しみしている。…降灰への対策だが、火山灰は沈殿するだろう?それの回収をどうやってやるんだ?かなり深いのだろう?潜って回収するのも困難じゃないか?かなり重いだろうし…」

「そうなんですよ…」



 案内役の顔色が青くなった。



「魚類を保護するために水槽に移動させるとか…。今からじゃ間に合わないだろうか…。はぁ、本当にどれくらいの被害があるのか分からないから困る」

「ええ、仰る通りです。小さく想定しても大きく想定しても実際の被害と差があると文句を言われます。皆が臨機応変に対応出来ればいいのですけど、皆初めての事ですからそう上手くいかないでしょう」



 この後、漁師なども交え、湖に沈殿した火山灰をどうするのか話し合った。

 沈殿量が多ければ地引き網の要領で回収する、魚の餌を確保するなども決めていった。



「魚が酸欠になるかもしれないから、魚の避難所もあればいいんだがなぁ」

「湖には少し出っ張っていて浅めの場所がありますけど、そこを改良したらいいんじゃないでしょうか」



 漁師が地図を指さした後に、実際の場所も指をさした。

 王配をはじめ、その場にいた全員がその方向を見た。



「全部を入れられるんじゃないですけど、全滅するよりかはいいでしょう」

「水深で生息する魚が違うがどうするんだ?魚同士の争いもあるかもしれない」

「ここには肉食の魚はおりませんので、全滅は起きないと思われます」



 案内役は生息している魚の種類を提示してきたが、王配は魚の種類は詳しくない。

 釣りが趣味の祖父アンドレイに聞いておけばよかったと少し思った。



「うーん、それならいいだろうか」

「水深の違いは明るさを調節すれば大丈夫だと思いますよ」

「門外漢があれこれ言っても仕方ないよな。そちらに全て任せる」




 読んでくださり感謝いたします……。

 侍従は中央領城に勤務している人です。

 少しでも先が気になる方は評価&ブクマを何卒よろしくお願いいたします。

 更新の励みになります。

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