27.くしゃみ
王配の祖父アンドレイと友人ミハイル、その妻エレーナが帰国した。
王配は久しぶりに祖父と友人に会えて嬉しかったし、女王は友人が出来たと喜んだ。
「エレーナ女史と仲良くなったんだな」
「うふふ。リーザに続き二人目の友達が出来たわ」
女王はにっこりと微笑み、エレーナ宛と思われる手紙に封蝋をした。
「よかったな」
「大人になってからでも友達って出来るのね」
「何歳でも出来るさ。祖父上は大人になってからの友人のほうが多いと思うぞ。…ところでリンダは友人ではないのか?」
「彼女は私に仕えてくれているだけよ…」
女王はあからさまに落ち込み、細い肩を落として下を向いてしまった。
王配は彼女の顔を覗き込みたかったが、やめておいた。
「そうか?リンダだけでなく他の侍女達もエレオノーラが大好きだと思うがな」
「それは私が雇用主だからよ」
また女王は落ち込んだ。
女王は皆を大切に思っているが、彼ら彼女らもそうだとは限らない。
とてもよくしてもらっているが、それは皆がいい人達だからだと思っていた。
「なんでそんなに自信がないんだ?みんなエレオノーラが大好きだろう。まぁ、俺が一番エレオノーラを愛しているのだがな!」
「…もしかしてそれが言いたかっただけなんじゃない?」
皆が女王を思っているのは事実だ。
女王は少々頼りない時があるので自分達が頑張らねばとも思っている。
女王の名誉のために言うと、頼りないと思われたのはドレスの裾を踏んで転びそうになったり、乗馬がいつまで経っても上手くならないのを目撃されているからだ。
主に運動神経の問題だった。
「流れでそうなっただけさ」
「…ふぅうん」
「……そんな反応されると悲しくなるが、まぁ想定済みだ」
女王は話を受け流すのを学んだようだった。
女王の対人関係の技術が向上していくのを、王配は楽しんでいた。
「そうなの?…ねぇ、アレクセイ。明後日、中央領へ行くとすぐには帰れないのでしょう?領の全体を視察するのよね」
「そうだ。中央領出身者達から情報を聞き出しておいた。これで領民の反応が良くなると良いんだがな。反応が悪くはないが、俺を怪しんでいる者もいるそうだ。元第二王子が元王都をどうするつもりだとな。面白半分かもしれないが、本気にする人が出てきたら困る」
最初は仮説や思いつきで話していたのに、最後は彼らの中では事実になったりする。
それは避けたいのだ。
「どうするって…まずは復興だったけど、今は防災と減災よね」
「ああ。旗の中継地点の視察とその周辺の町の視察をする。すでに連絡をしてあるから、突然行って驚かせてしまう心配はない」
「ええ。…ねぇ、見栄えのする服を着て行ってね。よれた服を着て行ったら領民の皆さんは馬鹿にされたと思っちゃうもの」
「そこは分かっているつもりだ。だが、ギラギラしてても駄目だろう」
王配は王子時代に故郷で着ていた、やたらと飾りの多い服を思い出していた。
何度もレースやフリルを毟り取ってやろうかと考えていた。
「ええ、適度な格好をして行ってね。食事もよく噛んで食べてね。夜はきちんと寝てね」
「エレオノーラもちゃんと休むんだぞ。どうも最近コソコソと俺に隠れて何かしているだろう」
女王は王配が寝ている間に寸法を測ったが、実を言うと王配は気付いていた。
あんなにベタベタと頭や顔を触られ起きない王配ではなかった。
「マスクを作っていたの…。帽子と一体型にして頭巾のようにしてみたのだけど…なんだか変で…」
「どんなのだ?見せてくれ」
「笑わないでね」
「…出来具合によるなぁ」
王配は意地悪そうにニヤリと笑った。
そんな王配には気付かずに、女王は引き出しから何かを取り出した。
「これなんだけど…」
女王はおずおずと王配に頭巾を手渡した。
王配用の頭巾は彼の髪色とよく似た色をしていた。
思ったよりもずっと出来が良かったので、王配から意地悪な笑みは消えていた。
「目出し帽みたいだな」
「変じゃないかしら」
「みんなで付ければ問題ないだろう」
早速、夫婦は頭巾を被ってみた。
「…」
「…」
二人は互いに顔を見たり、自身を鏡に映してみた。
「夏には熱いかもしれないわね」
「だが、呼吸器がやられるよりマシだ。水分をとれば大丈夫だろう」
頭巾で口元も覆われているので、二人の声はこもっている。
大きな声で明瞭に話さなければ、相手が何を話しているか聞き取れない。
ましてや頭巾で耳を覆われているのでより分かりにくい。
「会話が成立しないわね」
「そうだな」
二人は大きな声を出して必死に話している。
女王が呼吸困難になりそうだったので、王配が頭巾を脱がせてやった。
熱がこもっていたようで彼女の頬は赤くなっていた。
「こんなに大変だったなんて…。今までも何度か試着したのだけど、喋りはしなかったから全然知らなかったわ」
「うーん。一体化だと着脱の手間は省けるが、耳が聞こえづらいと指示を出しても通りにくいな。耳の部分に小さい穴を開けるか?」
「耳から火山灰が入っちゃわないかしら?」
「ありそうだな。穴を薄い布で覆うか?…ってこれは女王自らが考えないといけないのか?」
現場に近い人間が考えるべきと王配は思った。
「他にすることがないのよ。粗方の指示は出し終わってて、私はその報告を受けてるだけだし…。残された中で出来そうなのはこれくらいなの。これだって国民の健康を守る大切な仕事よ」
「そうか。…ではこれをつけても指示が通るようにしないとだな」
「大きな音を鳴らして注目させるとかは?管楽器はだめね。打楽器がいいわね」
「太鼓とか銅鑼か?まぁ、案として出しておくか」
ええ、と女王は言い、この日はもう眠ることにした。
灯りを消し、二人は寝台に横になった。
「中央領の皆さんのためだから仕方ないけど、アレクセイと暫く会えなくなるのは寂しくなっちゃうわ」
「それでだな、いい情報を聞いたんだが…」
「なぁに?」
王配に会えない寂しさを解消出来る面白い何かがあるのだろうかと、女王は興味津々だ。
彼がわざわざ良い情報と言うのだから間違いないと確信していた。
「厩舎に猫が住み着いているそうだ」
「猫っ?!」
女王は驚きと喜びのあまり寝台から飛び起きたが、王配は宥めるように女王を寝台に寝かせた。
「落ち着いて聞いてくれ。エレオノーラ、君は猫アレルギーがあるらしい」
「え?だけど、私は猫さんに会ったことないわよね?」
「乗馬の練習で厩舎に行った際にくしゃみをしていなかったか?」
「……そういえば、寒くもないのに出たような?ああ、それがアレルギー症状なのね」
「ああ、乗馬の際にはくしゃみしなかっただろ?」
「馬アレルギーはないのね…。だけれど猫アレルギー…」
女王は良い情報ではないなと思いがっかりしてしまった。
「落ち込まないでくれ。マスクをすれば大丈夫だと思うぞ。後は触った後にきちんと手を洗えば平気だろう」
「本当?」
「ああ、他の人で試してもらっている」
「私のために、誰かが…」
「へっくしょいっ!!」
豪快なくしゃみが部屋に響いた。
「やはりマスクをしていないと、くしゃみが出てしまうようですね」
猫師匠はいつも見かけない人が何人も来るので不機嫌だった。
獣医は後で毛を梳かしてやり、おやつをあげようと思った。
「猫師匠のストレスが溜まってしまうのでここで終わりにいたしましょう。財務大臣殿、わざわざお越しいただいてありがとう存じます」
「うむ、陛下のために猫アレルギーの者を探していると小耳に挟んだので来たのだ」
財務大臣は大きな目を細めて言った。
「ありがとう存じます。陛下は動物をあまり見たことがないそうなので、何としても猫と触れあっていただきたいと思いまして、被験者を探させていただきました」
「陛下のためならば、数回のくしゃみは安い物だ。では失礼する」
獣医達は再び財務大臣にお礼を言い、財務大臣を見送った。
猫師匠は役目が終わったと分かったらしく、くつろぎだした。
当然おやつを貰えると分かっている。
「ほら、お食べ」
「ニャ」
猫師匠は返事のような鳴き方をした。
随分と獣医達に慣れてきたようだ。
「これを食べてしっかり働いてくれよ?」
若い獣医が猫師匠に話しかけながら、肉片を鉄嘴で摘まんで食べさせた。
「腹がいっぱいになったら鼠をとらなくなるんじゃないか?」
「では、少なめにしましょう」
猫師匠は貰えたおやつの量が少なかったので不満そうに厩舎に帰って行った。
「子狼の様子はどうだ?」
「気持ちよさそうに日向ぼっこしてますよ」
子狼は隣の部屋の隅の日の当たる場所でスヤスヤと眠っている。
とても気持ちよさそうで、見ている人を笑顔にさせる。
しかし人の出入りがあったのに、こんなにぐっすり寝てしまっている個体を自然に戻していいのだろうかと獣医達は思っていた。
「もう少し緊張感を出すべきなんだろうか…」
「安心しきってますもんね」
「たまに大きな音を出してみるか…。いや、すぐに慣れるな」
「肝が据わっているというか何というか…ですもんね」
子狼はのんびりしすぎているようだ。
若い獣医はお手製の狼じゃらしを取り出し、子狼を起こそうと思った。
狼じゃらしというより、はたきに見えなくもない代物だ。
若い獣医は隣の部屋に行き、子狼を起こしに行った。
「ほら、起きろ。睡眠を邪魔する悪い奴が来たぞ」
なるべく人間には慣れて欲しくないが、自然に戻るなら少しは運動能力を身につけて欲しい。
そう思いながら懸命に狼じゃらしを振った。
猫師匠は「ケチな人間め」と思っているでしょう。
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