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26.でべそ

 でべそ……?


「――と、いう知らせが来ました。大陸中の国に送付したそうなので、祖父上にもお知らせしておきます」

「はぁ。どこにでも自分の利益の優先しか考えていない奴はいるもんだ。その結果、誰かを死なせてしまうなんて言語道断だな」

「ええ、本当に。何故彼らはもっと冷静になれなかったのでしょう…。それにもし、うちの国でも起きてしまったらと思うと…」



 アンドレイは王配がケレース王国をうちの国と発言したのに少し寂しさを感じたが、きちんと自覚を持って行動出来ているのを嬉しく思った。



「いくら言ってもいなくならないが、減らすのは出来るだろう。きちんと学ばせる、相談場所を設けるとかな」

「自分で判断出来るようにするのと相談相手ですか」

「ああ。まぁ、心が弱っていたりすると占いや宗教じみた物に頼りたくなる。それが悪いとは言わないが、悪人はそれにつけ込むからな」



 人からの悩みの相談を悪用する人物は残念ながら存在する。



「ええ、そうですよね。ケレースでは宗教などはあまり聞かないので何故だろうと思っていたら…」

「前の王、いや簒奪者というべきか。そいつが自分以外を敬うなとでも言ったんじゃないのか?」



 アンドレイは口元を歪め渋面になった。



「はい。公にはなっていませんが、処刑を恐れて教会などは自主的に閉めたそうです。それは悪人でも同じで、自称占い師や自称宗教家などが蔓延(はびこ)らなかったようです」

「んー、そういう時こそ何か起こりそうだがな」



 アンドレイは王配の説明に納得いかなかったようで、首を傾げながら唸るように言った。



「何かを信じて腹がふくれるわけではありませんからね」



 ケレース王国では重税で食糧をほとんど納めていたため、今日の食事の心配をしていなければならなかった。



「私がその簒奪者だったら、自分と関係ないのを装って信者達を動かすがな。簒奪者は食べ物を大量に持っていたはずだ。それを子飼いの自称宗教家に配らせればいい。で、その自称宗教家に信者らを動かさせる。そいつらが市井を混乱させて簒奪者が施しをしたら国民から感謝されるだろう。そうすれば怒りの矛先をずれさせられる」

「…祖父上が味方でよかったですよ」



 王配が苦笑いをするのを見て、アンドレイは笑みを浮かべた。



「自分と関係ないと見せかけて裏で繋がっているのはよくある話だ」

「あいつらが贅沢にしか興味がなくてよかったですよ。本当…」



 あいつらとは簒奪者とその妻子だ。

 ありとあらゆる贅沢をしたらしい。

 らしいのではなく、記録がしっかりと残っているので、したと断言すべきか。

 財務省がしっかりと記録を残していた。



「下の者も何か画策しなかったのか?」

「どれもあいつらが贅沢するのに関する内容でしたね。人や物を集めさせていたようです」



 人を集めるとは愛人や処刑していなくなった部署への補充だ。

 王都でのしかも王城での食事付きの仕事と言うと、少しでも稼ぎたい地方出身者が集まって来るのだ。



「そうか…」

「祖父上、明日、帰国なさるのですよね」

「ああ。だがその前に見ておきたい生き物がいるんだ」

「構いませんが…。一体なんです?」




「おお!子どもの狼は可愛いなぁ」

「…そうですねぇ」



 アンドレイは子狼が見たかったようで、非常に嬉しそうな顔をしている。

 王配とアンドレイは子狼と猫が遊んでいるのを遠くから見ていた。

 王配は女王と同じような反応をした祖父を見て笑いを堪えた。



「そう言えば祖父上は色々飼ってらっしゃいましたね」

「ああ、年を取ってきてから新しいのは飼っていないがな」



 アンドレイが自身で捕らえたり、保護したり、住み着いたりした生き物を沢山飼っていたのだ。



「喋る鳥がいましたよね。ヨウムでしたっけ?」



 ヨウムとは大型のインコだ。

 全身灰色だが、尾羽は赤い。



「そうだな。目に入れても痛くないほど可愛いと思っていた孫達が、まさかあんな言葉を教えるとはなぁ」

「言っておきますが、俺じゃないですよ」



 年下の従兄弟達が覚えたばかりの悪口を一生懸命にヨウムに教えていたのだ。



「だが、止めなかっただろう」



 アンドレイはジロリと王配を睨みつけた。



「覚えないと思ってたんですよ。アンドレイ出べそ!だなんて」

「ブホォッ!」



 王配とアンドレイの後ろにいた獣医達が噴き出した。

 護衛の兵士は何とか笑いを堪えたようだ。


 もちろんアンドレイはでべそではない。



「んぐぅう、申し訳、ございませんっ」



 獣医はいくら王族といえど、やることは同じなのだと思った。



「酷いだろう?今でもたまに言うんだ。食事が気に入らない場合に言ってくるから、気を付けねばならん」



 アンドレイは獣医達を見ながら言った。

 王配とアンドレイが連絡もなく突然来たので、獣医達は普段と変わらぬ格好をしている。

 



「表情を、見て…悪口だと分かっているのでしょうね」



 獣医は笑いを堪えながら必死で答えた。



「最近、またよくない言葉を言うようになったんだが、一体誰が教えたんだろうなぁ…」



 アンドレイは自身の顎髭を撫でながら不思議そうにしている。



「さあ、誰でしょうねぇ」

「…アレクセイ、その顔は何か知っているな?」



 アンドレイにじぃっと見られて、王配は圧に負けて一瞬視線が泳いだ。



「私ではないです。ずっとケレースにいて、祖父上の屋敷には行っておりませんからね」

「まさか使用人か?」



 首を傾げる祖父を見て、王配は本当に気付いていないのだと思った。



「バレたら職を失う可能性があるのですから、そんな危険は冒さないでしょう」



 使用人がとばっちりを受けたら大変なので王配は否定しておいた。


 獣医は誰が犯人か気付いたようで、にやつくのを我慢した表情になっている。

 若い獣医は口をもごもごさせて、何か言いたそうにしているが何とか耐えている。



「んー、帰ったら来客名簿を調べてみるか…」

「覚えるまでに時間がかかるでしょうから、いつも屋敷にいる人じゃないですかね?」

「んん?となると…!!」



 アンドレイは気付いたようで、目を見開いている。

 王配は祖母からの手紙に書いてあったので知っていたのだ。



「涼しい顔して、何故かしらねぇと言っていたくせに…。なんと恐ろしい!」



 アンドレイの悔しそうな顔に王配と獣医達は笑った。


 獣医達は王配の祖母はお茶目な人なのだと認識した。

 先ほどの話から、王配の家族は自分達と同じような人々なのだと思った。

 もちろん衣食住は全く違うのだろうが、家族の関わりはとても似ているのだと感じたのだ。

 特に獣医は十年間、簒奪者とその妻子の下で働いていたので、ここまで違うのかと驚くしかなかった。



「祖母上は祖父上がすぐに何処かに出かけてしまうのがお嫌のようですよ」

「なんだ。一緒に出かけるか聞いてもついて来ないじゃないか」



 王配はムスッとした顔になったアンドレイを見て苦笑した。

 子どものように見えたからだ。



「祖母上が行きたい所じゃないといけませんよ。もし出かけるのなら屋内でないといけません。祖母上は屋外の活動はお好きではないのです。本当は屋敷の中で一緒に過ごしたいのだそうですよ」



 これも祖母からの手紙に書いてあったので、祖母の代わりに王配が伝えた。

 久しぶりの手紙だというのに、ずっと祖父に対する愚痴が延々と書いてあったので苦笑するしかなかった。

 王配は女王から手紙の内容を聞かれた際、返事に困ったので祖母はとても元気なようだと答えた。

 実際あんなに長い文章を一気に書けるのだから元気だろうと王配は思う。

 そう、最初は丁寧に書かれていたのに中盤になると筆が乗って来たらしく、かなり筆致が乱れていた。



「む…そうか。まさか孫から助言されるとはな!その調子で夫婦仲良く過ごすのだぞ」

「祖父上に言われなくても重々承知しておりますよ」

「うむ。それでよろしい。…それでだ、ゆくゆくは子狼を野生に返すつもりなのだろう?」

「ええ、そうでございます。今はたまに屋外に出して様子を見ております。厩舎からは離れた場所ですので、馬達が襲われる心配は少ないと存じます。子狼の様子から親も頭がいいと考えられますので、奪ったのではなく、助けたのだと判断してくれるでしょう」



 獣医は真剣に答えた。



「ああ。何度か偵察に来るはずだから、あの元気に遊んでいる姿を見れば攫われたのではないと思ってくれるのではないだろうか」

「だといいですね」



 見張りの兵に引き続き狼などの野生の動物も確認させているが、まだ発見されていない。

 子狼はかなり遠くから来たのだろう。

 だとすれば何日もかかっただろうに、あの程度の怪我で済んでよかった。



「さて、私は部屋に戻って帰る準備を始めよう。人に任せっきりは悪いからな」

「お手伝いしましょうか?」

「アレクセイ、お前はお前の事をしろ。この数日私につきっきりだったろうから仕事が溜まっているはずだ。孫ではなく、王配あるいは領主の仕事をしてくれ」

「分かりました」



 アンドレイに護衛の兵士がついて行き、王配は少し小さくなった祖父の背を見送った。



「突然来てすまなかった。ちょうど外に出ていてよかったよ。猫はずっと遊んでやっているが大丈夫か?」

「後でおやつをあげて機嫌をとります」

「ははは!そうか!…ところで何故猫がいるのに陛下に教えないんだ?とても喜ぶだろうに」



 絶対に女王は喜び、もしかしたら寝室に入れるかもしれない。

 洋服を作って着せて、猫が嫌そうな顔をするのが目に見えている。


 なので獣医達は王配に猫について言われるのを予測していた。



「恐らく陛下は猫アレルギーなのではないかと存じます。以前厩舎にいらした時にくしゃみをなさってましたので、残っていた猫の毛に反応されたのだと考えられます」

「馬…ではないな。乗馬中はくしゃみをしていなかったもんな」



 王配は女王が彼の愛馬に乗っている時を思い出してみた。

 よく乗せてくれたなとしみじみ思ってしまった。



「はい…」

「そうか。気を遣わせてしまったようだな。感謝する」

「いえ、王配殿下にご報告すればよかったですね」

「うーん、うっかり言ってしまうかもしれないからなぁ。そうだ、遠くから見るのだったらどうだ?」

「それは…生殺しではないでしょうか」

「それもそうだな…」



 王配は自身の経験から苦い顔になった。

 すぐ近くにいるのに女王に手を出せない気持ちを思い出していた。



「あっ!マスクをしていたらどうだ?触った後で手をちゃんと洗えば大丈夫ではないか?」

「それもそうですね。まず、陛下以外の猫アレルギー持ちの人で試してみましょう」




 アンドレイの出番はこれで終わりです。数話の予定が、思ったより多く登場させてしまいました。また機会があれば登場するかもしれません。

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