25.犠牲者
簒奪者によって処刑された人達の慰霊は行ったが、まだ女王の両親の墓は建設されておらず、具体的な計画もされていない。
女王は両親の遺骨と対面したときも思ったが、墓地を建設し埋葬したら本当に両親が死んでしまったのだと実感してしまう。
それはとても怖い。怖すぎる。
正直、まだどこかで生きているのではないかと考えてしまう時がある。
女王は王配と執務室におり、彼女は執務用の椅子に彼は応接用の椅子に座っていた。
「エレオノーラ、どうした?」
「ちょっとぼんやりしていただけよ」
女王は口角を上げて笑おうとしたが、上手くいかなかった。
「嘘だな」
王配は女王のならば少しの表情の変化も見逃さないが、今のはあからさますぎた。
「…そう、嘘よ。お父様とお母様のお墓をどうしようかと思っていたの。まだ何も決まっていないから、どうしようかと思って…。そんな場合じゃないのは分かっているのだけれど…」
女王は無理をして明るい声で話したが、上手く出来ずに少し涙声になりそうになった。
「さっきのを見てそう思うのは当然だろう。…それだけじゃないだろう?」
人の痛みに共感しやすい女王ならば当たり前だと王配は思った。
「アレクセイは何でも分かってしまうのね。まだ…両親が亡くなったと信じたくないの。けれど、早く埋葬しなきゃって声と、埋葬したら実感してしまうって声が頭の中でするの」
「…そうか」
「遺骨を見た時も本当に死んでしまったんだと思ったのだけど、もしかしたら別の人の骨かもって思っている自分がいるの。仮にそうだとしたら、もう私の前に出て来てくれているのに馬鹿よね。私はお父様が斬られたのをこの目で見たのに、淡い希望を抱いてしまうの」
女王は無理に笑おうとするが、どうしたって出来るはずがなかった。
そんな女王を見て王配はそんな事をしなくていいと言いたかった。
言わなかったのは、女王の泣き顔を見たくなかったからだ。
「馬鹿なんかじゃない。誰だってそう思うさ」
王配は親族や親しい人を亡くした経験がなく、これ以上の言葉は言えなかった。
本当は励ましたかったので必死に探してみたが、どこにも見つからなかった。
「ごめんなさい、こんな話をしてしまって」
女王は王配が返答しづらい話をしてしまったと悔いた。
「いや、俺の方こそ話を聞くしか出来なくてすまない」
「そんな…。話したら少しすっきりしたわ。ありがとう、アレクセイ」
そう言って微笑んだ女王を見て、王配は胸が締め付けられた。
育った環境が違いすぎて、なんの助言も出来ないのを不甲斐なく感じた。
愛しているだけでは女王を支えられないのではないかと思った。
「っ、…エレオノーラ。俺は出来る限り側にいるから。そりゃ中央領に行かねばならない時もあるが、常にエレオノーラを思っている」
王配が必死にひねり出した言葉は、そこら辺にありふれている言葉だった。
「ええ、私も…アレクセイの事をずっと思っているわ」
だが、女王にはそれだけで十分だった。
王配がいてくれるだけで、十年間ほとんどの時間を一人きりで過ごした女王にはそれだけでよかった。
一人ではないと思えるのはとても心強かった。
「…あの…その…私ね、とても我が儘な話、一人は寂しいけど、一人だけの時間も必要だなって思っちゃって…」
「ん?それは別にいいと思うぞ。どうした?」
「いて欲しいのに一人の時間が欲しいって変じゃない?」
「一人でないと心が休めないのだろう?おかしくないさ。俺もたまに一人で考えていたい時はあるからな。…ああ、俺はどこか行ってようか?」
王配は立ち上がりかけたが、女王が止めた。
「えっ、違うの。遠回しにあっちへ行ってと言ったんじゃなくて…、ああ…なんて言ったらいいのかしら…」
女王は椅子から立ち上がりウロウロしながら言った。
そんな女王を王配は目で追った。
彼女が転びそうになったらすぐに助けに行くためだ。
「適度な距離感とかか?四六時中、誰かと一緒にいるのは疲れるのだろう」
「一緒にいると安心するけど、いすぎると疲れちゃうから一人になりたい…みたいな……」
「ああ、大丈夫だ。分かっているよ」
「ありがとう。アレクセイ。そもそも最初はなんの話をしていたのかしら…」
女王はピタリと立ち止まり、王配を見た。
少し肩を落としているようだ。
「最初はご両親のお墓の話だったな」
「ええ、そうよね…」
王配は女王に隣に来るように促し、女王は彼の隣に腰掛けた。
「そうか。その後に俺が話を深く聞いたからか…。すまない」
「いえ、それで私もすっきりしたし、あれはとても良かったと思うの。ああっ!私が我が儘な話をしたせいだわ…」
「愚痴や弱音を吐くのも大事だろう。わざと強い言葉を使って自身や周囲を奮い立たせようとする人もいるが、後に冷静になって言葉を思い出してみると恥ずかしかったりするもんだ」
王配が経験したのではないが、そんな話を聞いた気がするようだ。
「強気な言葉ね…。ジュゼッペ先生は言わないわね」
「先生は海千山千の人だからな。強い言葉でなくても、培ってきた言葉でいいのだろう」
「私もそうなれたらいいわ」
「そうだな。二人で先生の講義を受けないとな」
もちろん冗談だが、少しだけ受講したいと王配は思ったようだ。
「うふふっ。学生と一緒に講義を受けるの?護衛をつかないといけないから大変よ?」
「ははっ!俺が護衛をするから大丈夫だ」
女王と王配が来たら大騒ぎになり、講義どころではなくなる。
「それじゃあ、アレクセイの護衛はどうするの?」
「んー。マクシムにでも頼むか?」
「嫌そうな顔をしそうね」
「毎回嫌味を言われるのだろうな」
「マクシム殿の怪我はどうなったのかしら?アレクセイの顔の痣は大分良くなってきたけど…」
王配は今日も侍女に痣を化粧で隠してもらった。
「リンダは何か言っていたか?」
「マクシム殿の怪我については何も。そう言えば、物流についても前の報告から変化はないみたいね」
「ああ、煽る奴が出てもすぐに鎮静化しているからかな。領主達はよくやってくれている」
「ええ、本当に。歌もきちんと広めてくれているみたいね」
「そのようだな。祖父上も来る途中で聞いたと言っていた」
「皆さんがきちんと避難出来るといいわね。病気も怪我もしないで…。こればっかりは事が起きないと分からないわよね…」
二人で悩みかけた、その時だった。
女王の執務室の戸がノックされ、宰相が入って来た。
「ご歓談中に失礼いたします。火急の知らせです。我が国に直接関係がある話ではないのですが、噴火によって犠牲者が出たようです。どうぞこちらの書簡をお読みください」
「ええ、ありがとう…」
女王は宰相から手紙を受け取って読むまで、ケレース王国には届かないまでもウルカヌス国まで届く噴火が起きたのかと思った。
しかしそれは違った。
「酷い……」
女王の白い顔はみるみるうちに真っ青になっていった。
「俺にも見せてくれ」
「ええ…」
王配が書簡を読むと、そこにはイグニス島から人は避難したはずなのにイグニス島内で死者が出たと書いてあった。
「は?地元の漁師に船を出させて研究者と記者が島内に入っただと?それで連れ戻しに行った軍人も巻き添えを食らって…。こんな馬鹿げた話あっていいのか?」
王配は大声を出さなかったが、かなり怒っているようで荒々しい語気だった。
「漁師に金を握らせて無理矢理行ったようですね。漁が出来なくて困っていたのを利用したようです。研究者と記者が船に戻らないので漁師も帰れなかったようです」
「そんな馬鹿な奴らは放って置いて、さっさと逃げればよかったんだ。大体研究者と記者はなんでイグニス島に入ったんだ?」
王配は手紙の続きを読み進めると、だんだんと嫌悪感をあらわにした表情になっていった。
「五十年前の噴火を中規模ではないとする派閥の研究者とそれを面白がった記者か…。くだらない。何を考えているんだ」
王配はため息をつきながら、背もたれに寄りかかった。
「そういう考えなら、噴火しても大したことはないと思ったのでしょう」
「今回行った研究者の恩師が五十年前の噴火を大噴火であるとしたようだな」
王配が書簡に目を落としながら言うと、女王と宰相が頷いた。
「恩師の研究は正しいと証明したかったのね。ならば、今回の噴火活動が収まってからでもいいじゃない。そこからでも名誉挽回出来るし、そもそも研究には様々な説がつきものでしょう?それなのに何人もの人を巻き込んで…。漁師や軍人にだって家族はいるし、自分達にも家族はいるのでしょうに…どうしてそんな浅はかな行動が出来るのかしら……」
イグニス島に入らなければ、死なずに済んだ命だ。
きちんと避難指示に従っていれば、変な意地を張らなければ、言い出したら止まらない。
「ええ、陛下のおっしゃる通りです。一つの物事にいくつもの仮説が出来るのが研究です。何でしたら一人でいくつも仮説を立てますよ。だって未知なのですからね。考え得る全ての仮説を出します。…ああ、熱くなってしまいました。すみません」
宰相は以前は法人類学の研究をしていたので、熱くなるのも当然だ。
「…んー。それにしても、この新聞社の名前を見た事ある気がするなぁ」
王配は眉間に皺を寄せ、書簡を睨みつけている。
「陛下と殿下が結婚なさると国外に向けて発表した際に、いちゃもんを書き連ねた新聞社ですよ」
宰相は女王と王配が今まで見たことがない表情になった。
かなり軽蔑した顔だった。
「ああ、どうりで文字を見るだけでイライラするのか。多分だが、記者が焚きつけたんだろうな。記者が死んだのは自業自得か」
「そんな言い方はいけないわ。上司に命令されただけかもしれないわよ?」
「それは大いにあり得るな。上司はどう言い逃れするのか…って手の平返しだろうなぁ」
上司が研究者を焚きつけるように指示したが、記者の独断で決めたのだと言い張るのだろう。
そう王配は思った。
「だと思いますよ。では私は失礼いたします」
宰相は一礼をし、戸の前まで行った。
「ああ、宰相自らすまなかったな」
「お二人の中が大変よろしいからですよ」
宰相がくるりと二人の方を向いて微笑んだ。
もちろん作った表情である。
「どういう意味かしら?」
「あの空気の中に入れない、だそうです。それでは失礼いたします」
女王と王配は顔を見合わせて驚いた。
宰相の他には将軍と先生が入れます。ダニエラとアンナも大丈夫かもしれません。




