24.北東領より使者
女王と王配が泣いた翌日、北東領から使者が来た。
王配の祖父アンドレイの友人夫妻の遺骨を受け取りに来たのだ。
「到着が遅くなってしまい申し訳ございません」
「いや、そちらの都合もあるのだから大丈夫だ。…貴方はもしかして」
アンドレイは北東領の使者の顔に見覚えがあった気がしたが、どこか違う気がした。
よく知った誰かの面影があった。
「はい、弟でございます。兄からはアンドレイ様と友人だと聞かされておりましたが、冗談半分に聞いておりました。平民である兄に、王族のましてや当時国王でらっしゃったアンドレイ様が友人になってくださるはずがないと。きっと挨拶をさせて頂いた程度だろうと思っておりました」
「ははは!彼も弟たちが信じていないようだと愚痴を漏らしていたよ」
アンドレイは笑ったが、どこか寂しさを感じさせる笑みだった。
「ケレース王国の国境封鎖によって兄からの手紙が届かなくなました。互いの近況を知らせあえなくなり、兄が亡くなったと知らされたのも一年前でした」
「すまない。どの領の出身かは聞かされていたが、詳細までは聞いていなかったから遅くなってしまったのだ」
「そんなっ…。知らせて下さっただけでも有り難いことです。ありがとう存じます」
「彼との約束を果たせてよかったよ。女王陛下に感謝なされよ。この年寄りの頼み事を聞いて下さったのだからな」
アンドレイは感慨深げに言った。
彼の目には少し涙が溜まっているように見えた。
「はい。まさか兄と義姉の遺骨を運んで下さるなんて…本当に感謝してもしきれないです。アンドレイ様も、わざわざご足労いただきまして、本当にありがとう存じます」
感謝を述べる友人の弟を見て、アンドレイは涙を堪え鼻をすすり、少し笑った。
「あの…差し支えなければ、兄が最後になんと言っていたのか、教えて頂けないでしょうか?」
「ケレース王国がどうなるのか心配していたよ。だが、もう大丈夫だ。エレオノーラ女王が立った」
アンドレイは新しい孫を思い微笑んだ。
「ええ、本当に我らの為に尽力して下さっています。間伐材で作った木工細工は連合国軍の軍人達が帰国する際に土産に買って行って下さっています。これは陛下が持ち帰りやすいように手の平大にしろとの指示があったからです。実際に大きい物より手荷物に入れられる小型の物がよく買われています」
「ほう?」
アンドレイは興味深そうに声を出した。
王族や貴族だといつも付き人や使用人がいるので荷物はその者達に任せる。
なので持ち帰りやすさなど考えた経験がなかったのだ。
「もちろんこれだけではありません。北東領は林業が盛んです。復興のために木材を運び出すのは力がいります。そこで陛下は重労働の懲役を科された元兵士を送って下さいました。元兵士ですから力仕事は得意ですし、規律を守った行動がとれます」
「しかし罪人なのだろう?」
「聞いた話によると人質を取られていたため、悪事に加担するしかなかったそうです」
「そうだったか…。王城付近だと彼らを憎む者も多かろう。故に離れた領に送ったのだろう」
「ええ、そうでしょうね」
北東領に送られた元兵士達の中には前将軍がおり、彼が元兵士達をまとめてくれているらしい。
もちろん、彼らは国を復興させる事でしか償いにならないと考えているので、不穏分子にはならないだろう。
「遅れてごめんなさい。朝議が長引いてしまったの。貴方が北東領からの使者ね」
ここで女王と王配がやって来た。
女王と王配は豪華ではないが、正装をしていた。
「はい。お初お目にかかります。女王陛下ならびに王配殿下。この度は兄夫婦の帰国を叶えて下さり心より感謝いたします」
「そう、こいつが私の孫でこの国だと王配と呼ばれるらしい」
アンドレイが独特な言い回しで王配の紹介をした。
「私はどこの国に行ってもケレース王国女王の王配と呼ばれますよ」
大公でもあるが、中央領でも王配と呼ばれている。
「それもそうか」
「よく似ておられますね」
「祖父と孫だからな!」
「私は祖父上に似た父上に似ているだけですよ」
女王は三人のやり取りを見て、家族とはかけがえのない大切な存在なのだと思った。
そして自身も両親とこんなやり取りをしてみたかったと思ったのだった。
「見た目だけでなく、性格も似ているってことでしょう?」
「はい。相手の緊張をほぐすように、冗談を交えながらお話なさる所がよく似ておられると思います」
「そういうつもりはないんだがなぁ。私が楽しければいいと思っている」
「そんな、お祖父様はいつも気遣ってくれているわ。それはアレクセイも一緒よ」
新しい家族の王配と王配の祖父アンドレイ。
「嫌な雰囲気にしたくないのはあるな。だがそれは自分のためだ」
「それで誰かが助かるのなら、いいのではないの?」
「それもそうか…あ!」
王配は先ほどアンドレイが言った言葉と同じ言葉を口に出した。
「うふふ、私もそのうちアレクセイと同じような喋り方になるのかしら?ずっと一緒にいたら似てくるのでしょう?」
「俺がエレオノーラに似るかもな」
「それは気持ち悪いから止めておけ」
アンドレイは王配の冗談に心底嫌そうな顔をした。
「ははははは!いえ…兄夫妻の遺骨を受け取りに来て、こんなに笑うなんて思ってもいませんでした。王城に到着するまでは気持ちが重かったのです。明るい気持ちで帰れます。兄もその方が喜ぶでしょう」
「ああ、あいつはいつも笑っていたからな。そうしてやってくれ。…おっとまた忘れるところだった。これを渡そうと思っていたんだった」
アンドレイは王配への手紙を渡しそびれそうになったので、気を付けていたつもりだったのだが、やはり忘れてしまっていた。
だが、思い出せたのでよかったと思ったようだ。
「これはなんでしょうか?」
「あいつの直筆の論文だ。学会には写しがあるから、持って帰ってくれて構わない」
「お祖父様、研究って…?」
「海獣だよ。海にいるほ乳類だ。私が海釣りに船を出すと知ったらしく、乗せてくれと言ってきてな。面白そうだったから許可したんだ。そして何回も乗せているうちに友になったんだ」
「海獣…。もしかして私は会った事ありますか?」
王配は少しだけ眉根を寄せている。
アンドレイの話を聞いていて何か思い出したようだ。
「あるな。最後まで私の孫だとは気付かなかったようだ。アレクセイは王子らしからぬ服を着ていたから仕方あるまい」
「そう言えば、アンドレイ様と距離が近い少年について手紙に書かれておりました。アンドレイ様自らいらっしゃると聞いて、手紙を読み返したのですが、まさか王配殿下について書かれていたとは!」
「待て、なんて書いてあったんだ?恥ずかしい内容ではないよな?」
「私も知りたいわ」
焦った顔をする王配に対し女王は今すぐ知りたいらしく、やや興奮しているようだ。
「港近くに住んでいると思われる人懐っこい少年と書かれていました。たまにアンドレイ様の船に乗り込むのだと」
「…それは間違いなく俺だ」
少々渋い顔をした王配は、これから何を言われるのか不安なようだ。
「ああ、アレクセイだな。同じ屋敷に泊まっているのに、私と一緒に来るんじゃなくて後からフラリと来るんだよ。それでいつの間にか船に乗っているんだ」
「ちゃっかりしているわね」
「季節によっていたりいなかったりするから、親の出稼ぎについてきたのではとも書かれておりました」
「あいつは海獣以外は区別がつかないようだったからなぁ」
王配とアンドレイは髪や目の色が同じだ。
それなのに友人は祖父と孫だと気付かなかったようだ。
「休暇で祖父上を訪ねただけですよね」
王配がアンドレイを訪ねるようになったのは、アンドレイが王配の父エフゲニーに譲位した後だ。
そう考えると王位継承権第二位の王子が護衛も付けずに歩き回るなんて普通では考えられない。
そういった事情もあり、まさか孫だとは思わなかったのだろう。
「アレクセイが服に感心がないのは子どもの頃からなのね」
「ああ、そうなんだよ。こちらでは好き勝手やっているのだろうと思ったら、ちゃんとした服を着ていて驚いたよ」
いくら血縁者であっても他国の王族が来るのだったら正装で出迎えるのが当然である。
しかし、アンドレイは王配が普段着で出迎えると思ったようだ。
それほど着飾るのが嫌いらしい。
「ええ、侍従達からお願いされたの。ちゃんとした服を着てくれって。アレクセイは日々の鍛錬で体が大きくなるからすぐに寸法が変わってしまうの」
「アレクセイよ。あまり困らせるのではないぞ」
「はい…」
王配は祖父に叱られて子犬のように小さくなったように見えた。
「そろそろお時間でございます」
女王の側にいた侍女が告げた。
「陛下、このような機会を作ってくださり本当にありがとう存じます。漸く兄夫婦を弔えます」
「私はお祖父様の頼み事を聞いただけよ。わざわざ遠い所から足を運んで下さったお祖父様のおかげよ」
「アンドレイ様、ありがとう存じます」
「ははは!よしてくれ。礼は聞き飽きた。どうか元気でな」
「はい。陛下、殿下、アンドレイ様もお元気で」
アンドレイの友人の弟は兄夫妻と共に北東領に帰って行った。
アレクセイは三半規管が強いのだろう…。




