23.夫婦
「アレクセイ、私ね、いつもリーザや侍女達にアレクセイの自慢をしているの。格好良くて、優しくて、思いやりがあって、温かくって、剣術も乗馬も上手くって、何処から見ても素敵なのって。後は――」
「それは自慢じゃなくて…」
微笑みながら王配について話す女王を見て、王配は赤面せざるを得なかった。
今すぐ抱きしめたくなったが、なんとか堪えた。
「お惚気?」
女王は微笑んだまま首を傾げた。
王配はつい今さっき抱きしめたくなるのを堪えたが、その気持ちが揺るぎだした。
「そうだな…。ありがとう、エレオノーラ」
王配は自身に女王を抱きしめる資格があるのか悩んでいた。
「ふふふ!ええ、どういたしましてってどうしたの?アレクセイ何かあったの?」
女王は王配の様子がいつもと違うと気付き、真剣な顔つきになった。
王配はついさっきまで具合が悪かった女王に、心配させてしまったと悔いた。
「少し自分について考えてたんだ」
王配は笑おうと思ったが上手く笑えなかった。
不自然な笑みになってしまった。
「アレクセイは私の隣にいてくれる大事な人よ」
女王は目を細め、口角を上げて微笑んだ。
彼女は本心から言っているので、とても自然な笑みだった。
女王の笑顔を見て、王配の笑みは不自然さが薄れていった。
「そうだな。俺はエレオノーラの隣にいる大事な人だ」
「うふふ。そこは、エレオノーラは俺の隣にいてくれる大事な人だ、じゃないのね。そうよね。アレクセイについてですものね」
女王は王配の喋り方を真似した。
少しでも王配の心を和ませようとしているのだろう。
「俺はそんな喋り方をしているのか?」
王配は女王が気を遣ってくれたので、それにのった。
「うふふ、しているわよ。…ねぇアレクセイ。私に何かある度にアレクセイが何か言われているのは知っているわ。私のせいでごめんなさい…」
「エレオノーラのせいじゃない。…まさか彼らに何も言うなと命令するんじゃないよな?」
「命令はしないけど、お願いはするかも…」
女王はとぼけたような顔をした。
これも王配の様子を見ての行動だろう。
「俺は何か言われても仕方ないんだ。エレオノーラはそれだけこの国に必要なんだからな」
王配は自分で言って悲しくなり下を向いた。
目が潤んでいるのも女王に見られたくなかったのもある。
女王は唯一無二だが、女王の配偶者は余程の事がなければ誰でもいい。
少なくとも王配アレクセイはそう思っている。
「お願いやめて。私にはアレクセイが必要なの。自分が必要ないみたいに言わないで」
「……」
「私はアレクセイがいてくれたから、今まで頑張ってこられたの」
女王の声は少し震えていた。
「…エレオノーラ」
王配が女王の顔を見ると、彼女も目に涙を溜めていた。
女王の青い目は涙で覆われている。
「私は…私は…貴方とじゃないと生きていけない……」
女王の目から涙がこぼれ頬を伝っていった。
それとほぼ同時に王配の目からも涙がこぼれ落ちた。
「っ、俺もだ。俺もエレオノーラでなければ駄目なんだ」
二人は泣きながら、きつく抱きしめ合った。
「そうだ、体力をつけるのと三半規管を鍛えるのに踊りはどうだろうか」
二人でしばらく抱きしめ合った後に王配が言った。
二人の目は赤く充血している。
「え?ワルツを踊るの?」
確かにワルツは体を動かすし、回りもする。
両方を解決するには手っ取り早いかもしれない。
「久しぶりにどうだ?」
王配は微笑む…というよりニヤリと悪戯を思いついた子どものように笑った。
「そんな…突然言われても…足型覚えているかしら?」
「大丈夫さ」
王配は女王を寝台から降ろし、靴を履かせた。
そして女王の肩甲骨あたりに右手を添えて、左手は女王の右手を握った。
こうされてしまうと女王は踊るしか選択肢がなくなる。
「絶対に足を踏んでしまうから先に謝っておくわね。アレクセイごめんなさい」
「エレオノーラに踏まれても大した事はない」
久しぶりに踊るので、通常の速さよりゆっくりと動き出した。
それでも女王は足元を見ているので姿勢が悪くなってしまっている。
「エレオノーラ、背筋が丸まっている。視線は少し上を見るんだ」
王配に言われるがまま、女王は視線を上げ背筋を伸ばした。
「こうかしら…」
二人は見つめ合ったが、あまりいい雰囲気ではない。
女王は困惑したような表情をしているのだ。
そんな女王の顔を見た王配も困ったような顔になった。
「俺に任せてくれ。大丈夫だ。そんなに強ばらなくていい」
「え、ええ…」
女王はぎこちないが、王配に支えられてなんとか足を動かした。
少しずつ通常の速さで動き出す。
「元の速さはこれくらいだ。平気か?」
「大丈夫…」
女王は大丈夫と言ったが、まだ強ばったような顔になっている。
へっぴり腰気味でもある。
これは他の人に見せない方がよいだろう。
「変じゃないかしら?」
「練習すればもっと上手くなる。毎日時間を取って練習するか?」
「そんな悠長な事をしていていいのかしら?」
これから起こる危機に対しての発言だった。
「毎日張り詰めていたら疲れてしまうから、たまにはいいんじゃないか?」
「そうね…」
女王は真面目すぎるので、力を抜くことを知らない。
「降灰対策も着実に進んでいるし、各領でも対策を講じているそうだ」
「ええ…」
女王は誰も失いたくない。
十年間耐えてきた国民の誰も。
「縮こまっていたら、いざという時に動けなくなるぞ」
「それもそうだけど…」
「武術でもそうなんだ。…今、俺の足を踏んだな」
女王が予告していた通り、王配の足を踏んでしまった。
つま先を踏みつけてしまった。
「ごめんなさい。会話と踊りの同時進行は無器用な私には無理みたい…」
「俺は大丈夫だから気にしないでくれ」
二人は踊るのを止めて長椅子に座った。
「武術でも、の続きを知りたいわ」
「ああ、集中するのはいいが視野を広く持っていないと攻撃を食らうんだ。不意打ちとかな。だが、ある程度ゆとりを持っておくと対応出来る」
「そうなのね。…私も何か武術をやってみようかしら?」
「……」
王配は固まるしかなかった。
表情も声も動きも止まってしまうほどの衝撃的な発言だった。
「な、何か言って欲しいわ」
「向いていないと思うぞ。いや、向いていないと言い切ろう」
王配は今さっきのワルツもだが、女王の乗馬も思い出した。
よく王配の愛馬アイズベルクは辛抱して乗せてくれているなと思っている。
なので女王が乗る前後はよく毛を梳かしやり、餌やおやつもいい物をやり機嫌をとる。
もし女王でなく他の誰かが同じ乗り方をしたら、容赦なく振り落とすだろう。
アイズベルクは気難しい馬だがとても賢いので、王配の番いだと理解している。
なので王配を悲しませないように女王を乗せているのだろう。
「け、剣を振るくらいなら私にも出来るのではないかしら?」
女王は剣を振る真似をしたが、先ほどの王配の喋りの真似の方が上手かった。
子どもが駄々をこねて暴れているように見えた。
「…剣舞などもあるが、あの踊りじゃ期待出来ないな」
王配は女王が生まれたての子鹿のようにプルプルしていたのを思い出した。
「そこまで言うの?」
女王は少し不機嫌になった。
「言うさ」
「挑戦するぐらいいいじゃない…」
女王は拗ねてそっぽを向いてしまった。
王配は言いすぎたかと思ったが、女王が恥をかかないためにもやめさせたかった。
「アレクセイは何でも器用に出来てしまって羨ましいわ」
「前にも言ったが器用貧乏なだけだ」
「そう言うけど、全て平均よりずっと上じゃない」
一番にはなれないが、どれもかなりの腕前だ。
「一流の指導者を雇える身分だったからな…」
「一流の指導者に習っても全然上手にならない人もいるでしょう?」
「それはそうだが…」
「教わったことをきちんと身につけられるなんて凄いわ!」
人より出来たら王族なのだから当然だと言われたり嫉まれたり、出来なかったら王族なのにと馬鹿にされたり蔑まれたり。
そのように過ごして来たので、女王から素直に褒められるのは照れくさいのだ。
「そんなに褒めて俺をどうしたいんだ?」
王配は女王の顔にかかった髪を右手で払い、彼女の左頬に手を添える。
そして真っ直ぐと女王を見つめた。
「事実を言っているだけよ」
女王は目を伏せながら逸らし、頬を赤くした。
王配の手に女王の熱が伝わっていく。
「エレオノーラは褒め上手だな」
王配はもう片方の手も女王の頬に添えた。
そうすると二人は互いの目元を見つけ合う体勢になった。
「本当の事を言っただけじゃない。大袈裟よ」
「俺は嬉しいんだ。ありがとう」
王配は軽く口吸いをしてから女王を包み込むように抱きしめた。
今更ですが、女王はほとんど運動が出来ません。運動音痴なのです。多分スキップも出来ないでしょう。




