22.ぐるぐる
「将軍殿、今日は私も参加させてくれないだろうか」
そう言ったのは王配の祖父アンドレイだ。
彼は王太子時代は剣術を嗜んでいたが、即位後はやっていない。
もちろん譲位後の現在もやってはいない。
「祖父上、貴方は明日帰国するのですから体力を温存しないといけません。ミハイルは若いからすぐに回復しますけど…」
「アレクセイ!私もそこまで馬鹿ではない。少し体を動かしたいだけだ!」
アンドレイはやや怒っているようだ。
王配は心配しているようだが、祖父は癇に障ったようだ
「それなら私がお相手します。兵士達も祖父上相手だと気を遣ってしまうでしょう。それでは訓練にはなりません」
王配は焦り気味だ。
祖父にも兵士にも負担をかけたくないのだ。
「アンドレイ様は何かお得意な武器はございますか?」
「剣でいいぞ」
「ジョヴァンニ!」
王配は咎めるように将軍の名を呼んだ。
「確か、アンドレイ様は釣りをなさるとか。釣り竿と剣ではかなり違いますが、振るのは同じです。筋力的には問題ないでしょう」
「ずっと振るのとたまに振るのとじゃ違うだろう」
「アレクセイ…心配しているのか馬鹿にしているのか分からんぞ」
「心配しているに決まっているでしょう!」
「時間の無駄でございます。さっさと始めましょう」
静観していたミハイルが言った。
彼は見学に来たつもりだったが、先ほどの王配の言葉からすると参加させられそうだ。
「では、アンドレイ様。こちらとこちら、重さが違うのですがどちらになさいますか?」
「軽いのにしましょう」
「お前にいわれなくともそうするわ!」
アンドレイは将軍の隣にいた兵士から木剣を受け取った。
そして柄の握り心地を確かめて、軽く一回振った。
「うん、悪くはなさそうだ」
王配は幼少期にアンドレイから何度か稽古を付けてもらったが、言葉で言われるだけだった。
実際に剣を振るう姿を見るのは初めてだ。
「では私がお相手いたします」
王配は左手だけで木剣を持った。
それも重い方の木剣だ。
「何故利き手でない方で剣を持つ?」
そんな王配をアンドレイは睨みつけた。
子どもだったら大泣きしただろう。
もちろん王配は子どもではないので泣かないし、怖じ気づいたりもしない。
というか、彼は子どもの頃でも泣かなかっただろう。
「私自身の訓練でもあります」
「ほう?」
ニヤリとアンドレイが笑うと、王配もニヤリと同じ顔をして笑った。
まずはアンドレイが軽く木剣を振り、王配が受けた。
木のカンッといういい音がした。
アンドレイはゆっくりと打ち込むのを何度か繰り返した。
「うむ、悪くはないか」
アンドレイは喋りながらも打ち込み、それを王配が受ける。
「ええ、素晴らしいです!流石祖父上!」
「…おい、褒めていい気分にさせてそのまま訓練終了させるつもりか?」
やはり喋りながらも木剣を振り続ける。
「私は思った事をそのまま言っただけですよ?」
「どうだかな!」
アンドレイは思いっきり打ち込んだ。
王配は左手だけでも受け止めた。
アンドレイは強打を続けるが、王配は全て難なく受け止めた。
これを続けていたらアンドレイは疲労困憊してしまう。
王配は祖父に無理して欲しくないので行動を起こした。
王配はアンドレイの攻撃を受け止めてすぐに押し返した。
もちろん本気ではないが、久しぶりに剣を持った祖父には辛いだろう。
「ぐっ!」
アンドレイはよろついたが、王配が追いつく前に体勢を立て直せた。
しかし、王配は想定済みだったようで、迷わず向かってきた。
そしてあえて急所を狙わずに、アンドレイが受け止めやすい箇所に木剣を打ち込んだ。
「ぐぅ…」
二打目でアンドレイは木剣を離してしまった。
アンドレイは手首を押さえている。
衝撃で手が痺れているのだろう。
それほど王配は力を込めて打ったのだ。
「馬鹿力め」
王配はアンドレイに恨めしそうに睨まれた。
そんな王配はニコリと笑って受け流した。
「お褒め頂き光栄です」
「褒めとらんぞ」
アンドレイは手首をさすりながら言った。
王配はアンドレイが落とした木剣を拾い、兵士に渡した。
「勝負ありですね。祖父上は見学していてください」
「不本意だがそうするしかないようだな」
アンドレイは悔しそうに言った。
見ていた将軍は微笑ましく見ていた。
彼もいずれ息子や孫に負かされる日がくるのだろうかと考えた。
もっとも将軍の息子はまだ十歳なので当分先だろう。
「はっ!エレオノーラッ!」
突然、王配が女王の名を呼び、走って行った。
女王が訓練の見学をする予定はなかったので、王配以外も皆驚いている。
「エレオノーラ、何しに来たんだ?」
「え?アレクセイ達が訓練に参加していると聞いたから様子を見に来たのよ」
女王は今朝の事もありご機嫌そうだった。
いつもより輝いて見える。
花びらが舞っているようにも見える。
王配はそんな女王を誰にも見せたくないので木の陰に移動させ、侍女達は二人の近くで待機している。
「な、何?お祖父様やミハイル殿にも挨拶しないと」
女王は覗こうと首を伸ばすが、王配が邪魔をする。
「駄目だ。あんな血の気の多い者達の前にエレオノーラを出すわけにはいかない」
「ど、どういう意味?」
「そのままの意味だ」
王配は女王を優しく包み込むように抱きしめる。
女王はよく分からないまま王配に抱きしめられていた。
そして少ししたら、そんな二人に声がかけられた。
「何を昼間から盛っているんだ。いつもこうなのか?」
アンドレイが孫を追いかけてきたようだ。
なにやら呆れたような顔をしている。
「お祖父様、こんにちは」
女王からは王配に遮られてアンドレイが見えないが、声がアンドレイの物だったので挨拶をした。
「祖父上、なんですか?今は夫婦の話をしているのですから、横から入ってこないで下さいよ」
「アレクセイ、お祖父様に失礼よ」
王配に抱きしめられながら、女王は彼を見上げた。
王配も下を向いて女王を見つめる。
「ああ、そうだ。失礼だぞ。エレオノーラ女王、こんにちは。お美しい姿がアレクセイのでかい図体で見えないのが残念だ」
アンドレイ側からだと王配に遮られて女王のドレスの裾しか見えないのだ。
「見せません」
女王はいつまでこのままなのだろうと思っているが、王配は気にせず、抱きしめたままだ。
「独占欲が強いな」
「強くもなります」
アンドレイは回り込んで女王を見ようとしたが、王配は見せまいとくるくるとまわる。
「あ、あの…」
女王は相変わらず王配に抱きしめられたまま、くるくるとまわっている。
王配にしっかりと固定されているので離れられない。
「そんな風に育てた覚えはない」
「祖父上だけに育てられたのではないですから当たり前です」
「目、目が…」
女王は目が回っていると訴えているが、二人には聞こえていない。
遠くで見ていたミハイルがまずいと思い、止めに入ろうとした時だった。
「お止め下さい!!!」
侍女長のダニエラが大声を出した。
王配とアンドレイは立ち止まった。
あまりの剣幕にさすがの二人も驚いたようだった。
「陛下!大丈夫でございますか?」
ダニエラとアンナが駆け寄った。
王配の腕から解放された女王をダニエラとアンナで抱きしめた。
「なんと酷い事を!」
「陛下はお二人のおもちゃではございません!」
「そんな、大丈夫よ…。少し目がまわっただけだから…」
女王はそういいながらも顔と唇が真っ青になっている。
目も虚ろになっている。
先ほどまでの輝いていた顔とは全く別物になっていた。
「申し訳ございません。私がもっと早くに止めていれば…」
ミハイルが女王と侍女達に駆け寄り、王配とアンドレイよりも早く謝罪した。
「す、すまない…」
「エレオノーラ女王、誠に失礼な事をした。本当にすまなかった」
おろおろしていた王配と比べ、アンドレイはきちんと謝罪を述べた。
「仲がよろしいのが見られてよかったです……」
女王は力なく笑った。
「俺が彼女を寝室まで運ぶ…。いや、運ばせてくれ」
「本当にお任せしても大丈夫でしょうか?」
王配はダニエラから強めに言われてしまった。
アンナもかなり鋭い目つきをしている。
ミハイルは眉間に皺を寄せ、ため息をついた。
「私が寝室の前まで付き添いますので、どうか殿下をお許し願えませんでしょうか」
「ミハイル、俺はもうこの国の人間だ。お前が謝罪する必要はない」
「…では、王配殿下。お願い致します。私共は医師を呼んで参ります」
「陛下が気分を悪くされたと聞きましたから、てっきりご懐妊かと頭に過ぎりましたが…。まさか目をまわしただなんて…。ええ、今まで妊娠の兆候は何も出ていませんでしたから変だなとは思ったのですけどね。しかし、もしもと思ってここまで参ったのでございますよ」
言ったのは医師だ。
医務官の専門は歯科なので彼が来た。
女王を塔から救出した際に診てくれたのも彼だ。
「すまない…」
王配は肩を落とし体を小さくして言った。
武人である王配がこんな姿勢になるのはあまりない。
女王から離れた場所、寝室の隅の方で王配と医師は小声で話していた。
もっとも女王は耳がいいので、小声で話していても彼女には聞こえているかもしれない。
「色々言ってしまいましたが、王配殿下、貴方には感謝しきれないご恩があるのも事実です。悪しき王どもを討って下さったのですからね。あれでどれだけの人が救われたか…」
「ああ…」
王配は小さく言った。
「王も王族もいなくなり、この先国がどうなるのか不安でした。その時に女王陛下がご存命だと知った時の私達の喜びがお分かりになりますか?希望です。光だったのです」
「ああ…」
王配はさらに小さく言った。
小さく唸ったようにも聞こえただろう。
「大袈裟な言い方ですが、我らの希望である陛下を害するような事が今後もあるようでしたら…」
彼らの様子を見ていれば分かる。
今、王配が皆に良くして貰えるのは女王の配偶者だからだ。
ただそれだけだ。
元王子だから、元司令官だから、アレクセイだからではない。
「すまない、肝に銘じるよ」
「いいえ。しないと断言してください」
医師の目つきは鋭かった。
刃物のようだった。
色んな悪人を見てきた王配だが、医師の目つきは背筋が凍りそうだった。
「もちろんしない。絶対にしない」
「ええ、何卒お願い致します。私は医者です。薬には精通しています。薬は毒にもなります」
「そこまで言わなくても分かる。二度としない」
王配にこれだけの言葉を投げかける。
下手をしたら王城から追い出されるだけでは済まないかもしれないのにだ。
「…ええ、お願い致します。では、私は失礼致します」
医師は寝室から出て行き、女王と王配の二人きりになった。
「俺は…」
浮かれていた、と続けようと思ったが何を言っても言い訳になってしまうので言わなかった。
ダニエラとアンナは女王に対して過保護すぎると思っていたが、そうなるのも当たり前だ。
両親を殺され、十年間も塔に幽閉されて、ずっと辛い思いをしてきたのだから、女王に幸せになってほしいと思うのは当然なのだ。
「んんっ…」
「エレオノーラッ」
王配は寝室の隅から寝台まで大股で歩いた。
どうやら先ほどの王配と医師との会話は聞かれなかったらしい。
「大丈夫か?気持ち悪くないか?」
「私いつの間にか寝ちゃってたのね…。どうして私はいつも寝てばかりなのかしら…」
女王の髪は横になるのに邪魔なので、ほどかれている。
金色の長い髪が白い寝具に広がっていた。
「いや、俺のせいだ」
「違うわよ。私の体力がないのと、三半規管が弱いせいだわ」
女王は王配に支えられながら、ゆっくりと体を起こした。
王配が枕を整えて寄りかかれるようにした。
ドレスも苦しくないように楽な格好に着替えさせられていた。
「…そんなに自分を責めないでくれ」
「じゃあアレクセイも自分を責めないでほしいわ」
「…本当の事なんだから責めたくもなるさ」
「お祖父様に久しぶりに会えたら、はしゃぎたくもなると思うの」
「…う、うん」
「あら?違ったかしら?」
女王はパチパチと瞬きをした。
「んー、そうだったのかもな。久しぶりに祖父上にも会えたし、友人とその奥さんにも会えたし。何より、その人達に妻を自慢出来るのが嬉しかったのかもな」
王配はばつが悪そうに困り笑いを浮かべた。
「自慢?私を?」
女王はまたパチパチと瞬いた。
「ああ、そうだ」
「…私はアレクセイに自慢して貰えるだけの人間になれたのね。全然実感がないのだけど、王様らしくなったかしら?」
ついさっきまで驚いた表情だった女王は柔らかな笑顔になった。
「ああ、世界中に自慢したいな」
王配は王様どうのこうのではなく、可愛いと言いたいだけだった。
アレクセイ怒られる




