18.王配の祖父
翌日、王配は応接室にいた。
王配の祖父アンドレイ、セマルグル王国の前国王がやって来たのだ。
もちろん、ただ孫の顔を見に来た訳ではない。
「アレクセイ久しぶりだな。一年ぶりか?」
「ええ、そうです。戴冠式に行く前に会って以来ですから、もうそのくらい経ちますね」
王配は祖父とガッシリと抱擁した。
王配は祖父が少し小さくなった気がしたし、髪も白い割合が大きくなったと思った。
顔の皺も増えたような気がし、たった一年でこんなに変わるのかと少し寂しくなった。
「随分と鍛えているのだな。また体が大きくなっただろう」
「アレクセイ殿下は体を鍛えるのが趣味みたいなものでございますから」
アンドレイの隣の明るい茶髪の青年が笑顔で言った。
「ミハイル、久しぶりだな」
「ええ、ご無沙汰しております」
王配はミハイルと抱擁した。
ミハイルは王配の友人で、今回アンドレイのお供を任された。
「ああ、どうぞ椅子に座って下さい。ミハイルも座っていいぞ」
「そんな、ついでみたいに…」
ミハイルは苦笑しながら座った。
アンドレイはそんな二人のやり取りを見て、声を出して笑った。
豪快な笑い方だ。
「いやぁ、友とはいいものだな」
多趣味であるアンドレイには大勢の友人がいる。
今回ケレース王国に訪れたのもその友人のためだった。
「祖父上、本題ですがご友人とその奥方の棺は北東領に埋葬すればいいのですね?」
「ああ、そうだ。彼はそこの生まれだそうだ。…生前、ケレースがどうなるかとても気にしていたよ。彼が亡くなったのは四年前だから、エレオノーラ女王が即位する前だな。彼は帰りたがっていたが、そのまま亡くなってしまった。彼の妻は五年前に亡くなっていてな。彼女は母親がケレースの人だったんだ。それが縁で結婚したそうだ」
そう言って、アンドレイは侍従が出したお茶を口に入れた。
先ほど豪快に笑っていたが、亡くなった友人を思い出したのか元気がなくなっていった。
「四年前はすでに連合国軍は動いていましたが、まだ加盟国で採決を棄権した国の説得に行っていました。誅伐には全加盟国の投票が必要でしたから」
「結果、全会一致で決定いたしましたね」
「アレクセイはよくやってくれた。私は譲位した身だから政治には関われない。何も出来ないのがもどかしかったよ」
「行く先々で祖父上のご友人に会ったのはいい思い出です」
「ははは!皆お前を褒めていたぞ」
「恐縮です」
王配がカップのお茶を一気に半分飲んだ。
「…もう一つの本題だが、保護眼鏡と石灰は十分な量をケレースに送れるだろう」
「は、と言うことは他の物は送れないと?」
「うーん、そうなんだ。食糧は難しいな…」
「…そうですか」
王配は下を向いて次の手を考え始めた。
当てが外れたのはかなり痛い。
「ああ、だが少しばかり持ってきたぞ。」
「祖父上の少しは昔からかなりの量ですが、期待してもいいでしょうか?」
「殿下、ご心配なく。昔のままでございますよ」
部屋は三人の笑いで包まれた。
ここで女王が入室してきた。
すぐ後ろには侍女ではない別の女性がいた。
「おお!エレオノーラ女王!」
アンドレイは立ち上がり声を出した。
女王は先日デザイナーが持って来た星空のドレスを着ていた。
アンドレイの髪の色も王配と同じ色をしているので、それに合わせたのだろう。
「お初お目にかかります」
女王はセマルグル王国の前王であるアンドレイに敬意を表して挨拶した。
「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。さあ、座ってくれ。エレーナ殿もこちらへ」
今回はミハイルの妻のエレーナも来ていた。
「ミハイル殿お久しぶりね」
「女王陛下、お久しゅうございます」
女王は王配の隣に、エレーナはミハイルの隣に座った。
「エレーナ殿はお話はとても興味深かったわ」
エレーナは史料の編纂の仕事をしている。
現在、エレーナはセマルグル王国の王都から、遺跡がある国境の領に夫婦で暮らしている。
ミハイルは王配の友人であるので、王族からも名前を知られている。
ミハイルの知名度とエレーナの仕事、この事が重なり王族が領主をしている国境の領に呼び寄せられた。
そして今回のアンドレイのケレース王国の訪問に同行に抜擢されたのは、二人とも高位貴族の生まれなのも大きいが、どちらかというと人柄だ。
アンドレイの話し相手になりそうな知識を持っていて、礼節をわきまえた行動が出来る。
おかげでアンドレイは少しも退屈せずに、孫に会いに来られたのだった。
「十年のうちに、史料や書類はかなりぐちゃぐちゃになってしまったみたいだから、きちんと記録を作らないといけないと思っていたから有り難いわ」
「お役に立てて光栄です」
エレーナはにっこりと微笑んだ。
「あ、まだ直接言ってなかったな。ミハイル、エレーナ女史、結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
ミハイルとエレーナは少し恥じらいながら言った。
「ミハイルが行動に移せるとは驚いた」
「…そりゃまぁ」
「…ええ、家柄を見ずに私だけを見てくれたのはミハイルさんだけでしたから」
「ははは!若者はいいなぁ!今回妻に一緒に行くかと聞いたら、疲れるから嫌だと言われてしまった。そうだ、アレクセイ宛てに手紙を預かって来たんだった。この部屋に入るまでは覚えていたのになぁ」
ぶつぶつと言いながらアンドレイは自身の懐を探り、王配に手紙を渡した。
「ありがとうございます。後で読みますね」
「もうすぐ曾孫が誕生なさるとか」
王配の兄、アレクサンドル王太子の妃が妊娠中なのだ。
「ああ、そうなんだよ。この年で曾孫が見られるなんて嬉しいよ。新しい孫にも会えたし、本当にいい事だらけだよ」
アンドレイがとても嬉しそうに女王を見ながら言った。
「新しい孫?」
女王は目を少し見開いて驚いた表情を見せた。
王配の叔父イワンが結婚して子どもが誕生したのかと思った。
「俺の妻も祖父上から見たら孫だぞ」
「えっ、ああ、そうね。そうだわ…。おじいさま…」
女王は実の祖父に会った事がなかった。
父方も母方も女王が生まれる前に他界していた。
祖母の記憶も無かった。
「ああ、俺の他の家族や親戚もそうだな」
「私の家族や親戚…。なんだか不思議だわ…。ずっと一人だったから」
女王が王配を見ると彼は微笑み、女王の細い肩を抱いた。
「結婚式は他国の人はどなたも出席出来ませんでしたので、アレクセイ殿下の親族との対面はありませんでしたからね」
ミハイルが困り笑顔で言った。
「私は出席したかったんだがな」
「…すみません。予算がなくて、本当に小さな式だったので……」
女王は申し訳なさそうに悲しげな顔になった。
「ああ、すまない。そんな顔をさせるつもりはなかったんだ」
「孫娘を泣かせるなんて、悪いおじいさんですね。祖父上がそんなお人だったとは…」
「泣いてないわよ?」
「ああ、すまないエレオノーラ女王!いや、エレオノーラよ!」
王配とアンドレイの寸劇が始まったようだ。
「??」
女王は状況が読み込めずに困惑している。
「お詫びに食糧をもう少々融通して頂けると嬉しいですね」
「ええっ?」
「知り合いに農家や漁師がいるから聞いてみよう。売り物にならなさそうな物なら分けてくれるだろう」
「そんな、お手を煩わすような事…」
女王はおろおろして、王配とアンドレイの顔を交互に見ている。
ミハイルは何度もこんなやり取りを見ているので静観している。
エレーナはミハイルの様子を見て同じく見ているだけだ。
「まさか祖父上それで終わりではなく、もう一声ありますよねぇ…?」
「む…。アレクセイよ。言うようになったではないか」
アンドレイはニヤリと笑った。
やり取りを見ていたミハイルはため息をついた。
「お二人とも終わりましたか?」
「いや、まだだ。祖父上、まだ何かあるでしょう?」
王配は手の平をミハイルに向けて制止した。
「うーん、食糧以外だったらなんとかなりそうだがなぁ」
アンドレイは自身の顎髭をさすった。
髭にも大分白い物が交ざっている。
「例えばなんです?」
悩むアンドレイの顔を王配はニヤリと笑った顔のまま見た。
「建材はどうだ?何やら厩舎を増設しているらしいじゃないか」
「ええ、欲しいですね。人も足りませんので建築作業員も欲しいです」
「それは流石に無理だな。国内では連合国軍の兵士達も帰らせろという声が出ているんだ」
アンドレイの眉間の皺が深くなった。
「他国の兵士は派遣終了が決定したそうですね」
ミハイルの言った通り、セマルグル王国の所属の連合国軍の兵士以外は派遣終了が決定した。
イグニス島近くの国々、例えばウルカヌス国ではすでに人々の混乱が起きているそうだ。
なので、治安維持のために少しでも多くの兵士が必要なのだそうだ。
「ええ、数日中に帰国するそうよ。医師団はまだ残ってくださるそうなの」
「ああ、有り難いことだ。…建材は木材ですか?」
「そうだな。石材は重くて運搬に時間も費用もかかる」
「一時的に降灰を凌げればいいので木材で大丈夫よ。感謝いたします」
「いいんだ。木材は余っていたようだし、火山コンクリートの話も聞けたからな。上手くいけばケレース以外からも火山灰を買い取る事が出来る。そうすれば復興費用になるかもしれん」
「陛下はよくご存じでしたね。超古代の物ですよ?」
エレーナは驚いていた。
エレーナの専門は超古代ではないが、知っていたようだ。
「何かで読んだの…。何の本だったのか忘れてしまったのだけど、驚いたから記憶に残っていたのね」
「うむ、得た知識が人のためになるのは良いな」
アンドレイは女王の知識にも感心したが、自身の趣味についても言っているのだろう。
「ええ、ただ処分するのではなく活用する発想の転換はいいですよね」
エレーナが言うとミハイルが頷き、王配は自慢げな顔になった。
「昔の人も凄いが、エレオノーラも凄い」
「や、やめてよ。恥ずかしいわ」
女王は王配に引き寄せられた。
王配は祖父や友人夫婦がいるのに気にせず、女王に顔を寄せる。
「妻を褒めたらいけないのか?」
「そうではないけど、私が出来るのはこれくらいしかないもの…」
女王は俯いた。
宰相や大臣達が有能なので、なんとかなっているのだと常に思っているのだ。
「女王よ、貴女は十分やっておられる。自信を持ちなさい」
アンドレイは祖父としてではなく、王の先輩として言ったようだ。
「…ケレースから帰った商人達も、国民の表情は明るかったと言っていた。今は降灰の不安があるから違うだろうが、これを乗り越えられればまた明るさは戻って来るだろう」
アンドレイが言うと、女王以外の皆が頷いた。
「そうさ。エレオノーラは自分が何もしていないと思っているのかもしれないが、それは違う。デザイナーも言っていただろ?エレオノーラのドレスのデザインを元にした服が売れるって。それだけでケレース王国の宣伝になるんだ。実際、魔除けや身代わり人形は人気商品だ。寄付も兼ねているから少々割高なのにだ」
王配は女王の腕をさすりながら言った。
「ええ、うちの国でも売れているそうですよ」
「服はデザイナーの力よね…」
「いえいえ、着ている人も重要ですよ。失礼ながら他の方であったならそんなに評判にならなかったでしょう」
「ええ、そうですよ。私も十代だったら憧れていたと思います」
「そうだな。私の妻だったら…」
アンドレイは渋い顔をしながら何か言おうとした。
「祖父上、それ以上言ったら祖母上への手紙に書きますよ?」
それを王配が止めた。
睨むとまではいかないが、厳しい目つきでアンドレイを見ている。
「うぐ…」
「…ごめんなさい。せっかく来て下さったのに、私を励ましに来たかのようになってしまって…」
「いや、いいんだ。孫娘が落ち込んでいたら、じじいが励ますのは当然だろう。よし、アレクセイが小さい頃の話をするから、今のアレクセイについて教えてくれるかな?」
「ええ、もちろん!」
お祖父さん達はしばらくいます。




