17.話合い
ずっと話しています。
降灰対策の曲が完成した。
円盤への録音にも成功したが、録音が大変だった。
一枚ずつ録音しなければいけないので、何回も演奏したからだ。
もちろん何回か歌手や演奏者を交代したが、少しも失敗出来ない状況だったので体力もだが精神の方が疲労してしまったようだ。
だが、皆やり遂げてくれた。
円盤の枚数は、全部で十枚だ。
王都と中央に東西南北、北東、北西、南東、南西で十領だ。
円盤の残り枚数の関係で予備は用意出来なかった。
王都以外の他の領に蓄音機と円盤を慎重に運んだ。
各領から曲を確認出来たので曲を広めていくと知らせがあった。
譜面も配布したので、各領にいる人も譜面が読めれば歌ったり、演奏出来るだろう。
ウルカヌス国から使者が来て二週間経っていた。
「旗も一緒に配れたら良かったわね」
「まだ中継地点が決まっておりませんので、配布はまだ先になりますね」
現在朝議中だ。
女王と宰相が会話をしていた。
各省の大臣達と将軍、医務官、侍従長がいる。
「水路への蓋の設置を開始しました。各領の管轄の水路でも始まったようです」
そう言ったのは内務大臣だ。
「農業従事者への知らせを行いました。歌や劇での注意喚起も参考にするようにとも伝えてあります」
続いて農務大臣が言った。
「ええ、彼らは現在少人数で全国へ慰問に行ってもらっているの。元々各地の建設現場などに言ってもらう予定だったから予算的には問題ないわね」
女王が教育・芸術部門の長として言った。
「緊急事態時の予算を少し増やせました。保護眼鏡の輸入費用も確保出来ました」
財務大臣が言った。
保護眼鏡は流石に国民全員分は買えないので、各領で清掃を担当する者達へ配布するのだ。
「ああ、セマルグルが作っているからな。大量に購入するから少し安くしてもらった」
王配は使える物はコネでも何でも使う。
「はい。セマルグルからは他にも石灰も輸入します。国内にも石灰石を採掘出来なくはないのですが、それよりも輸入した方が安く済みます」
外務大臣が言った。
「巨大な採掘場があるからな。ケレースの採掘場の…何倍だろう……」
王配は首を捻った。
実際は何倍ではなく何百倍である。
「布類はモコシュ大公国よね」
「はい。作物を覆う布はモコシュ大公国から輸入します。あまり厚手でなく、目は細かくて軽く、扱い易い生地に致しました。安くはないですが、作業に負担がかかってはいけませんのでこちらを選びました」
再び外務大臣が言った。
輸入する物が多いから大変だろう。
「広い土地に広げないといけないものね。軽くても端に重りをつけておけば風に飛ばされないでしょうし、いいんじゃないかしら?」
女王が言うと農務大臣が頷いた。
「安いと破れたりして危険だしな」
王配は何か経験があるのか、渋い顔をした。
女王は王配が安い布を扱ったりするのだろうかと、不思議そうに彼を見ていた。
実際は王配が子どもの頃に城を抜け出し、その時に変装用に買った服がすぐに破けたのを思い出しただけだった。
「他の国からも注文が入っていたりしませんでしたか?」
宰相が外務大臣に聞いた。
「いえ、何も言われておりません。恐らくですが、地理的に北西諸国はモコシュ大公国に注文しづらかったのではないかと思います」
「出来上がって届くまでに時間がかかるものね」
モコシュは大陸の一番東側の海沿いにある国だ。
今回のイグニス島噴火での降灰が予測される地域で一番近いのはケレース王国なのだ。
「あの、よろしいでしょうか!国内で用意出来る物は準備を開始しましたが、輸入する医薬品はどうなりましたか…?」
医務官の声は最初、大きな声だったが徐々に小さくなっていった。
医務官は気が弱いので彼なりに頑張ったようだ。
「それが…かなり高騰しているようです。在庫数も少ないようでして、生産するのも時間がかかるそうなので輸入出来るか不明です」
「そ、そうですか…」
医務官は動揺している。
汗もかいていた。
「あるに越したことはないけど、注意喚起をしっかりすれば大丈夫よ」
女王が医務官を励まそうとしたが、女王の顔も不安そうだった。
何が起こるか分からないので準備万全にしておきたいのだが、それは他の国も同じだった。
医薬品に関しては少々出遅れたようだった。
これはケレース王国がイグニス島から距離があり、報告を受けるまで他国より時間がかかったせいだ。
「国民の様子はどうでしょうか」
宰相は淡々としていた。
「反乱が起こるかと言う意味なら私でしょうか。そうですね、不安の声が大きくなるにつれて不満の声も大きくなってきています。兵士に絡む者が増えてきたようです」
国防大臣が険しい顔つきで言った。
「絡むって?」
「多いのはイグニス島噴火の兆候があるのは本当かどうかです。他は、国は何をしているのかなどです」
女王の問いに将軍が答えた。
「王は何をしているかではなく、国?」
「今の論点はそれではない」
「そうね…」
王配に言われ、女王は下を向いて机の木目を見た。
女王は即位してからまだ一度も王都から出たことがない。
ほとんど王城内にいる。
女王は国民がどんな生活をしているのか知らなかった。
侍女達から聞いてはいるが、見た事がないのだ。
当然、国民も女王を知らない。
本当にいるのかも分からない。
もしかしたら国の体面を保つために、もう死んでしまった王女を女王としたのではと噂されている。
女王は官がそう話すのを聞いてしまったのだ。
女王の聴力がよかったので彼らの話し声を聞いてしまった。
聞こえてしまった。
もちろん王都の城下近辺で暮らしている人達は、王城内で働く人から女王の話を聞くので女王は実在していると分かっている。
領主や領城内勤務の者も同様だ。
だが、彼らと何の関わりも持たない人々は、本当に女王がいるのか懐疑的になっているのも事実なのだ。
「どこか具合でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫よ」
隣にいる王配が心配そうに女王の顔を覗き込んだ。
王配が領主を務める中央領の端の方では、隣国から来た王配が何かを企んでいるのではないかと疑われている。
国を持てない次男坊が、隣国の元王都だった中央領の領主になった。
それだけで暇人の恰好の餌食になる。
同じ中央領でも王都に繋がる街道沿いの住民は、王配が妻思いなのを知っている。
毎月急いでやって来て、急いで帰るのを目撃しているからだ。
それもご機嫌そうに帰って行く姿を。
「水質や土壌に関してはどうだろうか。降灰量により土壌が酸性化する可能性があるのなら、河川や湖沼はどうだろう」
中央領には大きな湖があり、当然河川もある。
王配はそれを気にしているようだ。
「数日は取水しない方がいいでしょうかね」
「飲料用水の水を溜めて蓋をしておくのを推奨しましょう」
宰相と内務大臣は眉間に皺を寄せている。
「…そうね。そうしましょう。家畜にも飲ませないように。飼料にも気を付けさせないと」
「分かりました」
農務大臣が言った。
「厩舎の増設は出来ているのか?」
「はい、一部地域では開始したそうです」
「人間と同じように病気になるだろうからな。獣医は人間の医者よりも少ないし、動物は大人しく診察させてくれないだろ?」
王配は愛馬が獣医に反抗的な態度をしていたのを窘めた経験がある。
ケレース王国に来てからは割と言うことを聞くようになったが、若い頃は複数人で取り押さえていた。
「山は土石流にばかり気を取られていましたが、樹木はどうなりますかね」
宰相の言うとおり、人の手が届かない山で降灰により倒木や枯死する可能性がある。
「家畜以外の生き物も気がかりです。害虫が増えるかもしれません。益虫は駆除しないようにとしていますが、混乱時に正常な判断が出来るかどうか」
法務大臣が言った。
益虫や花粉媒介者は駆除しないように呼びかけている。
「違法販売者への対策はどうなった?」
「ええ。個人の大量購入の禁止と、古典的ですが割符制に決定いたしました」
王配はマクシムから言われて法務大臣に頼んでいた内容を尋ねた。
女王は割符を合わせるのに手間がかかりそうだとぼんやり思っていた。
「後は、正規の商店からしか買わないように国民に呼びかけるしかないですね」
法務大臣はため息をついた。
あれこれ対策を練ったのか疲れてた顔をしていた。
「前はいないのに道で売ってたり、かしら?」
「店舗以外での販売も禁止するか?」
「農家が余った野菜を販売するのも禁止になってしまいます」
ああ、と王配以外からも声が漏れた。
「配給も視野に入れるしかないか?利権がどうのと言われたくないので、出来れば避けたいのだが」
「食べ物を手に入れられないのは問題よね…」
「この際仕方ないか。飢え死にさせるわけにもいかないからな」
そもそも買い占める輩がいるから食糧が不足するのだ。
「大量購入した人を捕まえられたらいいのに…。お店に協力してもらって大量入荷の偽情報を流して、おびき出すのよ」
「…小説みたいにそんな簡単にいくか?」
「…そうよね人員を割けないものね。ちょっと言ってみただけよ」
女王の表情からして本気で言っていたなと王配は思った。
女王は推理小説も読んでいたので思いついたのだろう。
「大量購入者は捕まえられるかもしれませんが、人を複数雇って少量ずつ買われた場合の罪状は何にいたしますか?」
「親切な人達がくれただけですってか?腹が立つってだけじゃ駄目か?」
「個人の所有数を制限しても意味がなさそうだものね…。雇った人にそのまま売らせて元締めに売上金を渡せばいいのだものね」
王配は女王の口から元締めという言葉が出て来て驚いた。
何人かの大臣も驚いている。
「そうなんですよ…」
法務大臣の顔色がさらに悪くなったように見えた。
「あ、宰相が言った樹木や法務大臣が言った害虫はどうするんだ?」
「山間部の木よね?登り慣れた人でも木についた火山灰を払いに行くのは危険だわ」
「…この国だと何十cmも降灰しないでしょうから、そこまで心配しなくても大丈夫ではないでしょうか。やはり直接被害が出るのは農産、畜産、漁業です。樹木へは林業が盛んな地域だけに絞って対策するのがいいと思います」
農務大臣も疲れが見える。
「そうね。全部を気にしていたら全滅するかもしれないもの。どこかを切り捨てる…とまでは言わなくても、どこに力を入れるかを見極めないといけないわ」
保護する樹木は果樹など実が成るもの、蚕の餌になる桑の木を中心に行う事になった。
「害虫は…蝗害はどうなっている?」
「実は数年前から大陸の西方国で小規模ですが被害が出ているようです」
外務大臣が眉間に皺を寄せて言った。
「ええ、ですが滅多にケレースまで来ません。というのも高い山々に囲まれているからです。来ても生き物達が捕食するので大事にはならないのです。…しかし」
農務大臣は疲れてきているのか、生気がなくなってきた。
「虫を食べてくれる生き物が減っているな」
「そうです…」
農務大臣はため息を漏らした。
「犬鷲はバッタを食べるかなぁ…」
「イワン殿に頼むの?」
王配の叔父のイワンは犬鷲を使役している。
「万が一、大群が来たら数羽じゃ無理だけどな」
「そもそも、火山活動で蝗害が増えるのかしら?羽に火山灰がついたら遠くまで飛べないのではないかしら?」
「確かに…」
王配は顎に手を当てて下を向いた。
もし、飛来したら燃やせばいいかと考えた。
「虫害もですが、獣害もあるでしょうね。食べ物がなくなれば人がいる所まで来るでしょうし、草食動物は樹皮を剥いだりするでしょう」
「補償や駆除はすぐに動けるようにするしかないな」
「そうね。用意しておきましょう」
虫は好かぬ…。
気が向いたら評価とブクマをよろしくお願いいたします。
更新の励みになります。




