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12.朝になった


 夜が明けて朝になった。

 宰相は朝食を済ませて、大会議室に行った。

 大臣達は席に着いており、遅れて王配が入室したが、一緒に来るはずの陛下がいなかった。



「王配殿下…陛下は……」



 宰相は恐る恐る聞いてみた。

 まさか、陛下は一晩中寝ていて朝になっても起きられずに眠り続けているのだろうか。

 それとも単純に具合が悪いのだろうか。



「…すまない。俺のせいだ……」



 王配は両肘を机につき、自身の額に指を組んだ手を当てている。

 表情は見えないが声からしてかなり追い詰めているらしい。



「…と、おっしゃいますのは?」

「寝室に戻ったら陛下は起きていた。俺は報告して、陛下と話し指示を受けた」

「ええ、はい…。それで陛下は…」



 宰相は陛下はどうしたのかと聞いているのに明瞭な答えが返されないのに困ってしまった。



「最初に謝っただろう。さっきと同じ理由だ」



 王配は清々しい顔をしていた。

 さっきとは真夜中の大会議室での件だろう。


 宰相は頭が痛くなった。

 若いから仕方ないのだろうか。

 それとも王配に節操がないのか。

 仲が良いのは良いことだが、時と場合を考えて欲しいと思った。



「そう言えば使者と調査員もいないな」



 王配は大会議室を見渡して言った。



「まだ休んで頂いております」



 彼らは疲労困憊の様子だったので、部屋を用意して休んでもらっている。

 北領から出た調査員がオーケアノス王国で地震について聞きに行った際に、オーケアノス王国に報告に来たウルカヌス国の使者に会い、そのまま一緒に帰国したらしい。



「そうか。では、陛下からの指示は石灰を用意せよ。との事だ。土壌が酸性化したら石灰で中和するんだ」

「ええ。降灰があったら、次に種を植える前に土壌の酸性度を調べてから石灰を使うか否かを判断しましょう」



 そう言ったのは農務大臣だ。



「次は作物を覆う布だな。全ての作物を覆うは無理だろうが、用意した方がいいだろう。後は人体を保護するためのマスクと手袋だな。あとはゴーグルも必要だろう」

「はい。火山灰が体内に入ってしまったら目は痛みや痒み、充血が起こるでしょう。最悪結膜炎になるかもしれません。鼻や口に入ってしまったら咳の増加があるでしょう。炎症もあり得ますね。元から呼吸器に疾患がある人は気を付けないといけません」



 医務官が言った。



「ああ、そうだ。子どもを避難させる場所はどうしようか。各領に任せて平気だろうか」

「自宅に待機ではいけないのですか?」

「陛下は火山灰の清掃作業が終わるまで避難させておくべきとの判断だ。子どもだけだと何をするか分かったもんじゃないだろ?なら、子どもをまとめて大人何人かで見ておくのがいいだろう」



 大臣が何人か同意するように頷いた。

 確かに子どもはするなと言われたらするだろう。

 ならば屋内で子ども達を集めて遊ばせるなり、勉強させるなりしておいた方がいいのかもしれない。



「ええ、子どもは大人と比べると抵抗力が弱いですから、ごく少量の火山灰でも危険です。清掃の作業は手伝わせない方がいいでしょう」



 医務官は真剣な顔で王配を見ながら言った。



「何歳までを子どもとするんだ?」

「十五歳ですね」

「結構大きいですね…」



 内務大臣が驚いたように言った。

 どんなに身体は大きくても内臓などはまだ成長段階なのだ。



「俺ばかりが発言してすまない。ああそうだ。最初に陛下が言ったのは、食糧支援の打ち切りをこちらから申し出るとのことだった」

「しかし、それでは…」



 内務大臣がたじろいだ。

 何人かの大臣達も同じ考えのようだ。



「そうですね…ウルカヌス国も食糧を支援してくれていますね。イグニス島から一番近い国ですので、当然、被害も大きくなるでしょう。ウルカヌス国内で流通させる量を確保したいでしょうね」

「他の北西側の国々もそうでしょうね…」



 ため息が大会議室中に広がっていった。

 どんどん雰囲気と大臣達の表情が暗くなっていった。



「なぁに、セマルグルとモコシュはうちの国を支援してくれるだろう。そんなに悲観しないでくれ」



 王配は笑顔で言った。

 宰相は王配といえど、若者に気を遣わせてしまったと悔いた。

 宰相も他の大臣達と比べたら若い方だが、自分よりもずっと若い王配が場を和ませようとしてくれた。


 セマルグル王国は王配の生まれた国、モコシュ大公国は現大公と王配ははとこ同士だ。

 おそらくどちらの国も支援してくれるだろうが、この二つの国の負担が大きくなるのは望ましくない。



「実は小さい地震が多発していた時点で、父に手紙が届くようにはしていたんだ。また、新たに手紙を出すかな。…モコシュからは食糧ではなく布類を支援して貰おう」



 布類とは作物を覆う布やマスクと手袋だろう。

 モコシュ大公国は農業国家ではないのであまり食糧を輸出していないが、劇団の衣装や小道具に関する物には強いのだ。

 その中に当然ながら布類がある。



「予め、医薬品も用意したいですね」



 この発言は当然ながら医務官だ。

 彼が先ほど言った症状の治療薬の他に、持病を持っている人用の常用薬の備蓄も呼びかけた方がいいだろう。

 しかし薬によっては使用期限が短い薬もあるので注意が必要だ。

 他の国でも同じ考えをするだろうから、食糧だけでなく医薬品も高騰しそうだ。



「食糧の節約を通達しないといけませんが、今でも節約を呼びかけておりますので、さらにとなると反発が起こりそうですね」

「参考になるかは分からないが、陛下が即位した時に反乱が起こりそうになった地域は地図に落としてある」



 これは王配の父方の叔父のイワンが作成した物だ。

 正確にはイワンの部下なのだが。

 イワンは王配の帰国後に司令官を務めた。

 彼は全領に足を運び、国民だけでなく連合国軍の兵士の様子を見てまわったそうだ。



「いえ、反乱分子予備軍が分かるのは悪い事ではありませんよ」



 将軍が言った。



「そんな呼び方はしたくないが、他の国民が傷つくのを黙って見ているわけにはいかないからな」

「また午後に会議を開きましょう。それでは全領に第一報を伝えましょう」




 会議は終わったが、宰相は王配の執務室行き過去の被害の報告をした。

 これは後で他の部署にも書面で報告する。

 

 応接用の机を挟んで向かい合って座り、王配の前に資料を渡した。



「こちらは過去の記録です。五十年前は季節は冬だったので南から風が吹いており、降灰は北領と北西領でごく僅かに見られただけでした。これは中規模の噴火だったからとも言えるでしょう」

「その前は?」



 宰相が資料の紙をめくり、次の頁を見せる。



「今から百十五年前です。こちらは大規模噴火です。季節は春でした。火山灰は全域で積もりましたが、東領や南東領では他の領より少量だったようです。しかし日照不足による不作でケレースだけでなく大陸中に多数の死者が出ています」

「やはり、食糧不足か…」



 王配は唸るように言った。



「はい」



 国民の体力が回復してきたとはいえ、他国民に比べるとまだ痩せている。

 前回は食糧の需要と供給が安定していての大噴火だったので、今回の状態で食糧不足になるのはかなりまずい。

 この健康状態で復興作業が順調に進んだのは運が良かったとしか言えない。

 陛下がきちんと休息を取るようにと言っていたのもあるのだろうか。

 もちろん連合国軍の指導や医師団の助力も大きい。



「火山灰による健康被害の死者数は分かるか?」

「記載されておりませんね…。いたとは書いてありますが、詳しい数は書いてありません」

「そうか…」


 これもまずい。

 各領に避難場所を設けるさせるが子どもや老人、健康不安がある人の対応を考えねばならない。



「二百十四年前にも大噴火が起きております。こちらは真冬の時期だったので、季節風によりほとんどこちらの大陸には降灰しておりませんでした」

「五十年、六十五年、九十九年の間隔か…」

「五十年前は中規模ですので、大規模だけだと百十五年、九十九年ですね」

「ああ、そうか。中規模を含めた記録はあるか?」

「この国にはないですね。というのも火山灰が到達していないからです」

「じゃあ、考えなくてもいいか」



 宰相はええ、と言った。



「何ヶ月後か分かればなぁ…。農閑期ならまだマシなのにと思ってしまう。いや、寒い中で掃除するのは嫌だがな」

「ええ、同意見です」



 王配は長めのため息をついた。



「報告感謝する」

「はい…。あの、王配殿下…」

「どうしたんだ。怖い顔をして…」



 なかなか繊細な話なので怖い顔にもなってしまう、と宰相は思った。



「陛下についてなのですが…」

「ん…俺が悪かったんだ。陛下は何も悪くない」



 王配の顔色が変わった。



「ええ、そうでしょうね。緊急事態時に陛下のお姿が見えなかったら皆が不安に思います。どうか、陛下のご負担になるような行為は控えていただきたいのです」

「うっ!」



 王配の顔色はより悪くなった。



「王配殿下も陛下が悪く言われるのはお嫌ですよね?」

「分かった。善処しよう…」



 王配の目から光が消えた。



「ええ、何卒お願いいたします」

「…一年以上我慢していたからさ、一緒にいられるのが嬉しくて……」



 宰相は用事が済んだので退室しようと席を立とう思ったが、王配が遠い目をしながら話を続けたので退室は叶わなかった。



「ええ…」



 宰相は相槌を打った。



「抑えているつもりなんだが…」

「ええ…」

「そう、抑えているんだ。これでも…」

「ええ…」



 宰相は王配の嘆きを聞かされた。

 宰相はこれ以上長くならないでくれと願った。

 他にもまだ多くの作業が残っているのだ。



「はぁ……。すまない。終わりがなさそうだから戻っていい」

「では、私はこれで失礼いたします」

「ああ」



 王配は察してくれたようで、宰相は解放された。




 アレクセイは元気が有り余っているようです。

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