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13.女王目覚める

 連続投稿は明日までです。


 女王が目を覚ますと窓から入る光はかなり明るかった。

 もう昼にはなっているだろう。



「!!」



 寝台から飛び起きようとしたが、体中がとてもだるくてそれは出来なかった。



(一体何が…)



 女王の顔から血の気が引いていった。

 一生懸命に昨日の、もとい今日の未明の出来事を思い出そうとした。



(夜に目覚めたらアレクセイが隣にいなくてびっくりして…少ししたらアレクセイが帰ってきて……あっ!!)



 全て思い出した。

 北領の調査員とウルカヌス国から使者が来たのだ。

 王配からイグニス島に噴火の兆候が見られると聞いたのだ。



(起きなきゃ!)



 女王はゆっくりと上体を起こし、足元にあった寝間着を着た。

 何故こんなに全身が痛いのか思い出さない方がいいだろう。

 万が一思い出したら、恥ずかしくて全身から火が出るだろう。



(これから大変な事になるになんでこんな…昼まで寝ているなんて…)



 女王は情けなくなり泣きそうになったが、ぐっと堪えた。



(駄目、泣いている暇なんてないわ!侍女を呼んで着替えて食事しなくちゃ!)



 寝台からゆっくり降りて戸に向かった。

 走れないが、なんとか歩けた。



(いくら広い寝室だからって、戸までこんなに遠かったかしら…?)



 全身筋肉痛のようになっている。

 初めて乗馬をした時のようだと思った。

 女王は痛みに堪えながら一歩ずつゆっくりと歩を進めた。



(また、景色を見に行きたいわね…)



 王配と共に王都の端まで行った日を思い出して、女王の口角が少し上がった。

 ふと足元を見ると室内履きを履いた自身の足が見えた。

 相変わらず青白く見える。

 随分と健康になったと思ったが、王配の相手を満足に出来ていないので、まだまだなのだろう。

 女王は足元を見たままため息をつくと、聞き慣れた足音がした。

 王配だ。

 女王が顔を上げて戸が開くのを見ていると、王配が寝室に入ってきた。



「エレオノーラ、起きていたのか」

「ええ、つい今さっき…」



 満面の笑みを浮かべた王配は、一歩だけ女王に近づいたが、何故かそのまま固まった。

 そしてくるりと方向転換をし、戸に向かって一歩を歩き、少しだけ戸を開けた。



「陛下がお目覚めになった。侍女を呼んで来てくれ」



 兵士は小走りで侍女を呼びに行った。

 すぐ近くの部屋で待機しているだろうから直に来るだろう。



「その…大丈夫か?」

「ええ、もちろん大丈夫よ」

「そうか…」



 女王はいつもの王配なら抱きついてくるのに変だなと思い、首をかしげた。



「アレクセイは何かあったの?」

「ん…、いや…何でもない……」

「本当に?…あの、私が会議に参加しなくて大丈夫だったかしら?」

「俺がきちんと伝えておいたから平気だ」

「そう…」



 女王は俯き、自身がいなくても問題なく会議は進むのだと思った。

 自分はいてもいなくても同じなのではないかととも。



「座って待っていよう。さあ」



 女王は王配に促されて長椅子に腰掛けた。

 ただ座るだけなのに全身が痛み、座りきるまでに時間がかかってしまった。

 女王が座ったのを確認して王配も隣に座った。



「…すまない」

「どうしたの?」



 王配の眉尻は下がっていた。本当に申し訳なさそうな顔になっている。



「エレオノーラの負担になるような、自分本位な行動をすべきじゃなかった」

「そんな、まだまだ私の体力がないから……」

「…多分、いや、確実に俺が張り切りすぎたからだ」



 女王は王配に抱きしめられて背を大きな手で撫でられた。

 何往復めかの時に侍女達が険しい顔で寝室に入ってきた。

 侍女長のダニエラと侍女次長のアンナ、それにカロリーナだ。

 カロリーナは将軍ジョヴァンニの妻である。



「陛下、お召し替えが済みましたらこちらに昼食を持って参ります。王配殿下の昼食は食堂に用意してございます」

「……わかった」



 王配は女王と食事をしたかったが、侍女達の表情から怒りがひしひしと伝わってきたので大人しく食堂に向かった。



「陛下、どこか傷む箇所はございますか?」



 侍女達はあっという間に女王の寝間着を脱がし、全身の確認をしだした。



「筋肉痛なだけよ」

「痣や切り傷、擦り傷は…なさそうですね」

「ですが、目の下の隈が酷いですね。後でリンダ達に化粧を頼みましょう」



 女王はあまり化粧をしない。

 化粧をするのは祭典や客が来た時ぐらいだ。

 今回は目の下の隈の他にも顔色があまり良くないので、化粧をして諸官に心配かけないようにする。



「体を拭きますね」

「ええ…」



 三人の侍女達はせっせと女王の体を拭いた。

 丁寧に拭いた。

 毎朝しているが、彼女達の顔はいつもより険しかった。



「怒っているの?」

「…陛下にではなく王配殿下に怒っているのですよ。結婚当初は仕方ないと思っておりましたが、ここまで無体なことをなさるなんて悲しく思います」



 ダニエラが悲しみと怒りを込めて言った。



「ええ。これほどまでとは…」



 アンナが声を震わせている。



「お若いですし武人ですから体力が有り余っているでしょうね。仕方ないとは思いますけど、陛下が朝起きられなくなる程の事をなさるとは…」



 カロリーナの体験も入っているのだろうと思う。



「私の体力がないのもいけないのよ」

「いいえ、そこも配慮していただかねば!」



 アンナが力強く言うと他の二人の侍女も頷いた。

 彼女達は怒りながらも女王にドレスを着せた。

 とても手際がよかった。

 今日のドレスはデザイナーの作品ではなく、この国の仕立屋が制作した伝統的なデザインのドレスだ。



「髪を結う前に先に食事にしましょう」

「ええ、お願いするわね」



 少ししたら別の侍女達が、昼食を運んで来た。

 ショートパスタのペンネにミートソースがかかっている。女王の好きなトマトが使用されている料理だ。



「良い香りね…」



 匂いを嗅いだら自然と笑顔になった。

 女王は朝食を食べていなかったので、彼女比であっという間に食べてしまった。

 口元を拭いて、少し冷ましてからお茶を飲んだ。



(アレクセイも昼食がまだだったようね。午後から頑張って仕事をしないと)



 女王が決心したところで、また別の侍女達が来た。

 彼女達は化粧や髪結いの担当をしている、リンダとクラリッサとジャンナだ。

 リンダは女王が塔に幽閉されていた時からの担当で、侍女長達からの信頼も篤い。

 今は結婚したので平日の昼間にしかいない。

 クラリッサは髪結いが得意で、ジャンナはクラリッサの弟子を名乗っている。



「ではこちらで目元を温めてください。血行が良くなりますよ」

「ええ、ありがとう」



 女王はお湯で温められた布を目元に当てた。

 その間に髪を結うようで、二人がかりで長い金の髪を梳かし始めた。

 商人のサンジェイが言ったように絹糸のような髪だった。




 同じ頃、王配は広い食堂内でぽつんと一人で昼食を食べていた。

 反省しつつも、これからどうしたらいいのか考えていた。

 夜、隣で妻が寝ていたら何かしたくなるだろう。

 それをどうやって抑えるかを昼食を口に運びながら考えていた。



(運動するか…。それとも別室で寝るか…。エレオノーラに体力をつけてもらうとか?最近ダンスの練習をしていないから、それとなく誘ってみるか。いや、しかしなぁ…国が大変な事態になりそうな時期に悠長にダンスなどして何か言われないだろうか)



 王配が真剣な顔つきで食べているので、給仕は怯えていた。

 今の王配の顔は人によっては怒っているように見えるのだろう。



(あんなに可愛いのだから手を出さない方がおかしいだろう!)



 王配の眉間に皺が寄ったので、給仕はさらに怯えた。

 王配は食べ終わったが、物足りなかったので追加で女王に出した残りのペンネを貰った。

 女王は相変わらず食が細いので、一人前の量より少し減らすのだ。



「ああ、ありがとう」



 王配は笑顔だったので、給仕は安心した。

 食事が口に合わなかった訳でも、給仕が何かしてしまった訳でもなかったと理解したようだ。

 王配はすぐに食べ終わった。

 女王に良く噛んで食べろと言われたのを忘れているようだ。



「王配殿下」



 王配が振り返るとそこには将軍が立っていた。



「お願いがございます」

「な、なんだ?」



 王配は先ほど宰相からの注意を思い出して固まってしまったが、将軍は知らないので王配の反応を不思議に思った。



「どうされました?」

「何でもない。続けてくれ」



 将軍が何を言い出すのかと王配はドキドキしながら身構えていた。



「はい。軍の訓練に参加して頂きたいのですが、お時間はございますでしょうか?」

「ある。もちろんある」



 若い王配は自然に運動が出来ると思った。

 運動すれば多少は発散されるだろうと。



「それはよかったです。それでは時間になったら迎えをやります」




「今日は王配殿下に訓練を見ていただく!王配殿下は国際大会で数々の優勝や入賞経験がおありだ。心してかかるように!」



 将軍自らが訓練を仕切るなんてなかなか珍しい光景だ。



「はい!」



 木剣で実戦形式での訓練のようだ。

 まずは一対一の対戦をするらしい。



「王配殿下に手本を見せていただく!」



 兵士達の期待の視線を浴びながら、王配は対戦相手と対峙した。

 王配より年下の若い兵士だった。

 まだ入ったばかりなのだろう。



「よろしくお願いいたしますっ!」

「ああ、よろしく」



 相手がどれくらいの技量なのか見た方が良いのか、それとも一撃で決めて良いのか考えていた。

 しかし、わざわざ実戦形式なのだから本気を出すべきなのだろうと思った。



「はじめっ!」



 将軍のかけ声と同時に、大きく踏み込んで相手の木剣をはじき飛ばした。

 そして兵士の首元に木剣の先をつけた。



「おおー!」



 周囲の兵士達から小さく歓声が上がった。



「あ、ありがとうございました!」

「ああ、こちらこそありがとう」

「…うーん、もう少し手応えがありそうな兵士じゃないと駄目ですね」



 この言い方からすると将軍はやらなさそうだ。



「ああ、対戦人数を増やせばいいですかね」



 将軍は笑顔だった。

 王配は増やすとしても二、三人かと思っていたが、一気に十人に増えた。

 しかも王配にどうやって勝とうかと兵士達は相談している。



「…一気に増えすぎじゃないか?」

「その方がよい運動になるでしょう」

「ええ、まぁそうだが……。最初の陣形はどうする?いきなり囲まれるのはちょっとな…」

「意外と切り抜けられるものですよ」



 将軍は爽やかに笑っていた。

 王配はその笑顔に経験の数の違いを感じさせられた。



「相談は終わったか?それでは位置につけ!」



 兵士達は王配が思ったとおり、ぐるりと取り囲んだ。



「はじめ!」



 開始の合図と共に、王配から見て三時の方向の兵士が走って向かってきた。

 しかしこれは囮だろうと判断し、王配は軽く躱して次に向かってくる兵士に備える。

 すぐに真後ろにいた兵士が斬りかかってきたが、これも想定済みだ。

 打ち込まれたのを木剣で受け流して、体勢を整える。

 しかし、すぐに次の攻撃があった。



(俺の視界にいる奴が囮で、背後にまわった奴が本気で斬り込んでくるな…)



 囮は一人ではなく二人になった。

 常に背後に気を配りながら応戦する。



(単調になってきたところで…)



 目の前にいた兵士が思いっきり飛びかかってきた。



(やはりな!)



 予想していたので、すぐに懐に入り込み木剣の先を兵士の顎につけた。



「う…」

「殿下にやられた者は抜けていけ」



 一人退場したが、残りはまだ九人もいる。

 王配は最初の兵士も躱すのではなく斬っておけばよかったと思った。

 受け流した兵士に対しても同様に思った。

 兵士達は王配と距離を取り出した。

 どうやら先ほどの作戦で勝てると思っていたらしい。



「随分と舐められたものだな!」



 王配は挑発してみた。

 将軍が笑いそうになっているのを王配は見逃さなかった。



(笑わなくても…くそっ、もっとズバズバ斬ってやろうか?)



 一人が飛びかかってきた。

 悪くない剣筋だが、王配は難なく受け止めてはじき返し、木剣で斬りつけた。

 残りは八人になった。

 一息つく間もなく、今度は三人で向かってきたので順番に斬ったり突いたりした。

 これで残りは五人になった。



「なんだ?怖じ気づいたのか?!」



 また挑発してみた。

 しかし彼らは挑発に乗らなかった。

 かなり慎重に隙を見て攻撃しようとしている。

 王配はわざと隙を作り、彼らがどうするか反応をみてみた。



(のらないか…。ならば俺から行くまでだ)



 王配は一番隙のない構えをしていた兵士に斬り込んだ。

 慎重な兵士達なので、わざと下手な構えをして油断させようとしている者がいるかもしれないからだ。

 彼は王配の攻撃を受け止められたが、力負けしてよろめいた。

 王配はすぐさま彼の背後にまわって喉元に木剣を当てた。

 そうすると、王配の攻撃時に出来る隙に斬り込もうとしていた残り四人の兵士が動きを止めた。



(思っていたより上手く立ちまわられるな。腕が鈍ってらっしゃるかと思ったが、どうやら杞憂のようだ)



 将軍は感心しきりだった。

 王配は捕らえた兵士の喉を斬る仕草をした後にそのまま別の兵士にその兵士を押しつけ、体勢が崩れたところで突いた。

 残りは三人だ。

 三人は王配の威圧感に負けてじりじりと後退していった。



「どうした?後ろがなくなるぞ?」



 兵士達はゆっくりと広がって三人で王配を囲んだ。



「そう来ないとな…」



 王配はニヤリと笑った。

 完全に悪役がする顔である。

 冷や汗を流した兵士達は一瞬の間に斬られてしまった。




 侍女達はお怒りのようです。

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