11.使者来る
会話が多いです。
それは真夜中だった。
王配は女王と戯れた後、眠りについていた。
当然女王もぐっすりと眠っている。
「陛下!殿下!夜分に申し訳ございません!至急大会議室までお越しください!北領から出た調査員が戻りました!」
寝室の戸を激しく叩く音と、役人の大声で王配は目を覚ました。
王配は軍人だったので、眠りについていても何かあったらだいたい目覚められる。
素っ裸で戸を開けるわけにもいかず、返事をした後、王配は急いで寝間着を着た。
そして戸まで大股で行き、少しだけ戸を開け声の主に話かけた。
「何があった」
「王配殿下!調査員と共に他国の…ウルカヌス国からの使者も王城に到着しております」
「分かった。すぐに大会議室に行く」
王配は早足で寝台に戻り、女王を起こそうとした。
「エレオノーラ、起きてくれ」
白い肩を揺すってみたが彼女は起きない。
依然としてすぅすぅと寝息を立てて寝ている。
「だよなぁ。起きないよなぁ…」
と言いつつも、彼女の鎖骨を叩いてみた。
身体に響いて目覚めるかと試してみたがやはり起きなかった。
(時間の無駄だな。一人で行こう)
女王は何をしても朝まで起きないだろう。
決して何かした事があるわけではないが、朝まで起きないだろう。
それほど疲れているのだ。
「あの、殿下…陛下は……」
王配が大会議室に到着すると宰相から言われた。
大臣達はすでに席に着いている。
皆も王配と同じく着替える間がなかったのか寝間着のままだ。
「陛下は疲れておられるから朝まで起きないだろう。すまない。俺が張り切ったせいだ…」
王配が正直に言うと、大臣達は困惑したり、女王を憐れんだりした。
筋肉隆々の王配の相手をするなんて大変だろう。
大臣達は女王が塔から出たばかりの弱々しい姿を知っているので気の毒に思った。
「…陛下には後ほど報告いたしましょう。それでは我らだけで始めましょう。お願いします」
「はい。私はウルカヌス国より参りました」
北領の調査員と共に王城に来た使者が言った。
二人ともかなり疲労が溜まっているようで、目の下に隈ができている。
彼らは夜中もずっと移動していたからか、まだ汗も引いていない。
ウルカヌス国は一ヶ月前にデザイナーがいた大陸の北西にある国の名前だ。
そう、役人が慌てていた国だ。
「何が起きた。いや、何が起こるのか、か?」
「結論から言いますと、イグニス島で大噴火の兆候が見られます。最大規模と予測されます」
大会議場に落胆のため息が漏れた。
イグニス島は北の大陸から見たら南西、南の大陸から見たら北西にある火山島である。
「うちの国で観測された小さい地震は、その兆候によるものか?」
王配が一段と厳しい表情をして言った。
大会議場内でこの視線に耐えられるのは将軍ぐらいだろう。
ウルカヌスの使者は冷や汗をかき、唾を飲み込んで答えた。
「はい。火山性地震です。実はもう、ごく小規模の噴火は起きています。そのため現地の調査員はもう島の脱出を開始しております。おそらく今頃は全員が避難完了しているでしょう」
イグニス島には火山の研究や島の生態系の調査などで研究員や調査員が滞在していたのだ。
「流石にこの国までは火砕流は流れて来ませんよね」
宰相が問うと使者は頷いた。
「ええ、もちろんです。ケレース王国には溶岩流も火山弾も到達しませんが…」
「火山灰ですね」
宰相は王配ほどではないが厳しい顔つきになった。
「ええ…」
大臣達から小さく火山灰と復唱する声が聞こえてきた。
「過去にどれだけの範囲と量が降灰したのか、噴火から到達までの期間は分かりますか?」
宰相は冷静に質問する。それを見て何人かの大臣達も冷静さを取り戻してきたようだ。
「到達は噴火から最低でも数日かかると予想されます。範囲と量は分かりませんが、ケレース王国は大陸の東側ですので積もっても数cmだと思われます」
「範囲と量は過去の記録を調べさせます」
「頼む」
ここで寝ぼけ眼の侍従達がお茶を運んで来た。
彼らは一応着替えてきたが、寝癖がついている者がいる。
王配がお茶に口をつけると、皆も飲み出した。
「一つ尋ねてもいいだろうか」
王配が長めに息を吐いてから口を開いた。
「はい」
使者は先ほどの王配の厳しい表情を思い出し、何を言われるのかと身構えた。
「貴方の国で一ヶ月前に役人が慌てていたのを見かけた人がいるのだが、火山の噴火についてだったのか?」
「…私は役人が慌てていたのかは存じませんが、確かに火山活動の活発化が見られたのは一ヶ月前です」
「一ヶ月間何をしていたんだ?他国への連絡が遅くはないだろうか」
使者は自分よりもかなり若いのに、こんな厳しい表情をする人間がいるのかと思った。
「ごもっともな指摘でございます。実は当初はあり得ないと言われておりました。と言いますのも、記録では五十年前にも大噴火が起きているとされてたのです。イグニス島は記録を見る限り、だいたい七十年から百年に一度大噴火をするとされてきました」
「記録は間違えだったと?」
「はい。調査し直した結果、五十年前の噴火は中規模だったと過小修正されました。たびたび小規模の噴火は起きておりまして、それと比較してしまったために起きた間違えでした」
「それで、連絡が遅れたのか。きつい聞き方をしてすまない」
「いえ、こちらこそ遅くなってしまい申し訳ございません」
王配の鋭い目つきが和らいだので、使者の表情もやや穏やかになった。
「本題ですが、噴火はいつ頃になりますか?」
宰相の声はいつもと変わらない。
「この数ヶ月のうちにとしか…すみません」
「んー、ちょうど収穫の時期と重なるのか…」
「季節で風向きもどうなりますかね…」
大会議場内はしんと静まり返った。
この静寂のせいで、どんどんと不安が押し寄せてくる。
「火山と言えば有毒ガスはどうなるでしょうか。人や生き物に被害が起きたり、植物にも影響は考えられますよね?」
言ったのは農務大臣だ。
「いえ、ケレース王国までは届かないでしょう…。しかし収穫の前に空が火山灰で覆われますと日照不足になります。それに、作物に火山灰が付着するとそこから傷んでしまいます」
「育たない、売り物にならない…」
農務大臣は下を向いて呟くように言った。
彼の顔は血色が悪くなっているようだ。
農務大臣以外の他の大臣達の表情も暗くなっていった。
「待て、悪い考えしか出てこないなら一旦休もう。最悪の状況を考えてそこから対策を練るのもいいが、今は休むべきだ。対策は朝になってからにしよう。通常通りの時間で会議を再開しよう」
「と言うわけだ」
二人は長椅子に座り、王配は女王にあらましを説明した。
「火山?噴火?…そんな……」
女王の顔から血の気がなくなっていった。
目も虚ろになり、俯いてしまった。
「うちの国に来るのは火山灰だけだ」
王配は女王の細い肩に手を乗せて、顔を覗き込んだ。
覗き込んだが表情は分からなかった。
「農業被害が出るわね…」
「これから対策をすれば最小限に抑えられる」
女王の肩に手を置いたまま話した。
王配は女王の落ち込みようを見て慰めたかったが、大丈夫だとは断言出来なかった。
「生活にも影響が出るわ…」
「そりゃそうだが、こちらも対策をとれば――」
「食糧支援の打ち切りはこちらから言わないと、あちらからだと言い出しにくいもの…」
女王は俯いていた顔を少し上げた。
そして顎に手をやり、考えながら言った。
目はもう虚ろではなく、もう次を見ていた。
農業被害云々は食糧支援をしてくれている国に対してだったようだ。
「あ、ああ…」
女王が予想外の言動をしたので、王配は呆気に取られていた。
落ち込み悲嘆に暮れていると思っていたのだ。
「火山灰が降ったら土壌は酸性化するんだったかしら?確か石灰で中和出来たはず…」
「お、おう…」
女王はすでに対策を考え始めていた。
「日照時間は仕方ないとして、作物に触れさせないようにするには布を掛けるしかないのかしら?早めに収穫する?いつ噴火するのか分からないのにそれは難しいかしら?いえ、火山灰が到達するまで日数があるから平気かしら?…もし収穫が間に合わなかったら、火山灰を取り除くにはどうしたらいいのかしら?アリョーシャ何か知ってる?」
女王は言い終わると、じっと王配を見つめた。
また呆気に取られていた王配は反応が遅れた。
「んあっ?ああ、火山灰は擦ると傷がつくから直接触ってはいけないらしい。作物も人間も傷がつくからな」
「人間が吸い込んでも大変だものね。人間はもちろんだけど、家畜も屋外に出したままだったら駄目よね」
「ああ、病気になるだろうな」
「せっかく、動物も増えたと聞いたのに…」
女王は再び俯いてしまった。
荒れ果てた大地に少しずつ緑が戻り、他国から買ったり譲り受けた動物達に子どもが産まれ、少しずつだが元の姿に戻りつつあった。
なのに再び困難が降り注ごうとしている。
そう思うと俯くしかなかった。
「…急いで厩舎の増築をしないとな。降灰後の掃除にも時間がかかるだろうから家畜にもストレスがたまる。喧嘩でもして怪我をされたら困るし…」
「避難させるのはいけないかしら…。ああ、お金と時間がかかるから無理よね」
王配はどこに避難させるのかと思ったが、王配の母方の伯父が領主をしている領地なら可能だった。
伯父の領はセマルグル王国一の広大な農牧地帯なのだ。
「うーん…距離があるから無理だろうな」
「そうよね…」
王配は女王を抱き寄せた。
女王は王配の分厚い胸板に顔をつける。
「まずは石灰の用意をさせないとな」
「ええ」
王配が女王の背中を撫でると、彼女の背中はひんやりとしていた。
「作物を覆う布かぁ…。これも用意させないとな」
「マスクや手袋も必要ね。吸ったり直接触ったら危険だもの。目はどうしたらいいのかしら?」
女王の背中を、身体を暖めようと王配は何度も優しく背中をさすった。
それは同時に王配自身の心も落ち着かせようとしている。
「保護眼鏡…ゴーグルがあればいいかな」
「…子どもは清掃作業をさせない方がいいのよね?」
「ああ、降灰時もだが、屋内にいさせるべきだろう。まとめて避難させるといいだろうか」
「各領でどの建物に避難するのか検討してもらいましょう。その建物には食糧も置いておかないと…。それとも子どもに避難時に持たせる荷物を用意させておくとか?」
「備えあれば憂いなし、準備しすぎるに越したことはないだろう」
「ええ…。過去の被害は調べてくれているのでしょう?」
「宰相が指示を出して調べさせているだろう」
「…季節風で降灰範囲も変わるわよね」
「ん?ああ、冬に近づいて南から風が吹くと国の南側にはあまり飛んでこないだろう。となると北と北西領に重点的に支援をしないとだな」
「ええ。南西、南、南東の被害は大きくならない。いえ、南西領は分からないわね。南から風が入るのは南東領、東領…。ああっ、いくつか想定しないと…」
女王は話をする事で自身を落ち着かせようとしているようだった。
王配は女王を落ち着かせるために彼女の背中をさすり続けた。




