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10.連絡


 女王の執務室に王配と宰相、将軍がやって来ていた。

 応接用の机を挟んで向かい合って置かれた長椅子に女王と王配、宰相と将軍に分かれて座っている。



「北領から出た調査員は戻って来ておりませんが、全領の領主には知らせを出しておきました。各領主から返事も得ております」



 宰相が全領に出した手紙の原版と、各領主の返事を見せた。



「私からも各領の兵達に倒壊しそうな建造物がないか、崩落しそうな崖がないかなど見回りのお願いも付け加えて出してあります。私からは命令は出来ませんので、出来るのはこれくらいです。それに加え、災害が発生した場合に火事場泥棒のような者への警戒を怠るなと言ってあります」



 将軍が言った。

 領兵は領主に仕えているので王でも命令出来ない。



「ええ、ありがとう。国民に伝えるのは調査員が戻るのを待つのね。迅速に情報を伝えられる方法はないかしら…」

「大昔は遠くの人と話が出来たってやつか?」



 あったらとても便利だが、原理が不明なので再現は無理だろう。



「それは置いておいて、他にいい方法がないかと思ったの」

「狼煙とかか?今ならちょうど狼がいるから糞の調達も楽だな」



 王配は茶色い毛玉こと子狼を思い出し冗談を言った。



「狼煙は雨の日だと見えにくいですね。そうすると他の視認する系の通信手段もも同様の心配がありますね」

「では信号ラッパも雨音で分かりにくいかしら?参考までに信号ラッパや手旗信号?旗振り通信?が出来る人はどれくらいいるの?」

「おりませんね。以前は少なからずいたのですが…。機を見て育成せねばとは思っておりました」



 十年間の悪政は指揮系統にまでおよんだ。

 ほぼ壊滅だった。

 だがそのおかげで連合国軍が入国、簒奪者とその家族を誅伐出来たのだった。



「鳩だとちゃんと届くのか分からないし、途中で国民が手に入れて暗号を解読され混乱が起きたら困るな。今まで通り伝令を走らせるしかないのか…」



 女王は暗号が解読可能なほどの優秀な人なら王城に招きたいと思った。



「暗号…ああ、そうだわ。若年層で識字率が低下している件だけど、各領での対策はどうなったの?仕事をしながらでも学べるように夕刻からにしたのよね」



 対象者は女王と同じくらいの年齢、十代後半から二十代前半までだ。

 学べなかったのは子どもが働かないと食べ物を買えなかったり、教員の死亡等でいなくなったり、校舎が壊れて直せずにそのまま閉校したりなど様々な理由だ。



「ええ、好評ですよ。簡単な食事が出るのもいいようですが…」

「が?」

「読み書きが出来るのに食事を目当てにして年齢を詐称する者がいるようです。それと食事の時にだけ来ている人もいるそうです。そういう人が増えたら国費では賄いきれません」



 宰相が険しい顔で言ったので数人ではないのだろう。



「仕事がないわけじゃないのでしょう?溢れるほど仕事があるのだから、稼ぐのに苦労しないはずよ?食物が足りないの?高騰しているとか?」

「いや、楽して食い物を得たいだけだろう」

「え…そんなの真面目にやっている人に失礼じゃない」

「真面目な奴は損するんだよ。要領が良い奴が得をする。常識だ」

「…アレクセイはどっち?」

「…臨機応変かな」


 王配はあまりにも女王が真剣に見てくるので戸惑った。

 女王は王配の目が泳いでいるのを見逃さなかった。



「宰相は…」

「え?私ですか?私も臨機応変に、柔軟に物事を捉えて生きてきました」



 宰相はにっこりと笑ってみたが、引きつっているように見えなくもない。

 女王の視線に耐えられなかったのだ。



「聞かれる前に言いますと、私は真面目ですかね」

「ええ、そうよね。真面目だから、とても若くして将軍になったのだものね」



 女王は真面目が好きなようで満足げに頷いた。



「真面目でも婚前交渉するのですね」



 すると女王と将軍の会話に王配が横から入った。



「殿下、私はあの時は三十だったのですから、する事はするに決まっているでしょう」

「俺は我慢しましたよ。すぐ側にいるのに」

「ならば真面目だとおっしゃればいいでしょう」



 女王の怪訝そうな顔と宰相の呆れた顔に気付いた二人は言い争いを止めた。



「…年齢詐称について王配殿は意見ある?」

「お、王はっ!」



 女王から名前で呼ばれなかったので王配は衝撃を受けている。

 魚のように口をパクパクとさせている王配の代わりに宰相が答えた。



「…学生証はいかがでしょうか?今はより多くの人の参加を呼びかけているので、ほぼ出入り自由になっています。開始から数ヶ月経ち、学びたい人は固定されてきているようですので、学生証を作ってもいいのではないでしょうか?授業開始時に出席を取って食事の時に学生証を見せれば問題ないでしょう」

「…学生証を作る時点で嘘をつかれたら意味ないわよね。戸籍もかなり曖昧なようだし。出席を取っても、その後に抜けて食事の時だけ来るとかもあるでしょうしね」



 女王の顔は険しい。



「なんでしたら、食事の配布を建物の出入口付近で行い、後からのこのこやって来た人を捕らえるとかどうでしょう。すぐに警戒されるでしょうけど、それで詐称する人が減るのなら良いと思います」



 そう言ったのは将軍だ。

 校舎の奥にある食堂より出入り口付近だったら、のこのこやって来た人が帰るときに捕まえやすいかもしれない。



「王配殿は何かあるの?」

「…何も浮かばない」



 王配は落ち込んでいるようだった。

 大きな体が小さくなったように見える。



「学生証も作るけど、そちらは見せかけね。色々試してみましょう」




 王配は寝室に行っても落ち込んでいた。

 椅子に座り肩を落としている。

 夕食時もいつもは元気よく食べているのに、今日は少しずつ食べていた。

 料理長は口に合わなかったのかと慌てていたが、女王が説明すると納得したようだ。



「結婚したときに皆に王配と呼んでくれって言っていたそうじゃない」



 女王は落ち込む王配の隣に座った。

 王配は指を組んで下を向いたままだった。

 女王は普段あまり見られない王配のつむじを見た。



「ああ、そうだ。だが、エレオノーラにそう呼んで欲しかったわけじゃない」

「ふぅん」



 王配が顔を上げたのでつむじは見えなくなった。



「っなんだ、その含みのある言い方は…」



 王配はここで漸く女王を見た。



「そうなんだって思っただけよ」



 事実、女王は名前を呼んで欲しいだけだと思っている。



「俺もエレオノーラを女王陛下って呼ぶがそれで良いのか?」

「私は女王なんだからいいわよ」

「夫婦だぞ?名前で呼び合うものだろう」



 あまりに淡泊な女王の反応に、王配は驚くしかなかった。



「…そうなの?」



 女王は両親がどう呼び合っていたか覚えていないのだ。

 仲が良かったのだけは覚えている。



「そうだ。互いの存在を確認しあうんだ。女王や王配は称号だろう?」

「そうね。他にも女王や王配はいるものね。…ではどうして王配って呼んでくれって言っていたの?」

「この大陸で女王はエレオノーラ一人だけで、当然王配も一人だけだ。即ちこの大陸で王配と言ったら俺だ。そう、ケレース国女王のエレオノーラの夫であると示している」



 それはとても真剣な顔だった。

 王配の形の良い眉毛がより凜々しくなった。



「ちょっと何を言っているのか分からないわね。私の夫であるのは周知の事実なのに…」

「うん。まぁそうだが、俺の新たな決意でもあるんだ。王配として女王を支え、この国の国民のために働くというな!」



 今のは完全に思いつきである。



「王子から王配になるのは、そんなに重い決断だったのね!」

「ん?ああ、そうだ。そうなんだ」

「大国から小国に来るのも決心がいるわよね。生活水準がかなり違うし、そもそも国が違えば生活様式や文化も違うし…」

「ああ、知っているつもりでも実際に暮らすと違うからな」



 王配は女王が微妙に勘違いしているのに乗ったようだ。



「アレクセイ、この国に来てくれてありがとう」

「エレオノーラ…こちらこそ向かい入れてくれて感謝する」



 二人はきつく抱きしめ合い口吸いを何度か行い、そのまま寝台に向かった。




 女王はまだ外が暗い時間に目覚めた。

 目覚めたと言ってもまだ寝ぼけている。

 夢の中でも王配と抱きしめ合っていたので、女王は目を瞑ったまま王配を探した。

 何回も腕を伸ばして王配がいるはずの場所を確認したが、王配に触れられなかった。

 まだ眠いがしぶしぶ目を開けて実際に確認すると、王配は寝台にいなかった。



「!!」



 女王は驚きすぎて心臓が口から飛び出そうになりながら上体を起こした。

 寝室内を目をこらして見渡してみたが王配はいなかった。先日のように椅子に座り、資料を見ているのでもなかった。



「一体どこへ…」



 女王は寝台を触ってみたが、王配のぬくもりはなかった。

 急いで足元に置いてあった寝間着を着て、寝台から降りて灯りをつけた。

 もしかしたら部屋の隅の方に隠れているのではと思い、寝室内を探してみたが王配はいなかった。



「嘘…」



 女王の顔はどんどん真っ白になっていった。

 不安から落ち着きをなくして何度も寝室中を確認してしまった。

 寝室にいないのなら別の場所に行ったのだろうと思った。

 戸の外にいる不寝番の兵士達に行き先を聞こうと戸に近づくと王配の声が聞こえてきた。

 他にも複数人の声がする。



(よかった…。遠くへ行ってしまったのではなかったのね…)



 女王が安堵していると、戸が開いて王配が寝室に帰ってきた。

 寝間着に近い格好だが、きちんとローブは着ていた。

 ちょっと寝室の外に出たわけではなさそうだった。



「エレオノーラ、起きていたのか」



 王配は目を丸くしていた。



「ええ、ついさっき。…アレクセイ何があったの?」



 王配は駆け寄ってきた女王を受け止めた。

 不安そうな彼女の顔についた金色の髪を払いながら、王配は言った。



「北領から出ていた調査員が帰ってきた」




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