9.楽団と劇団
とある部屋に楽団員が集められた。
昨日、商人のサンジェイが持って来た蓄音機で音楽を聴くためだ。
録音出来る機械も貰ったので、近いうちに楽団員達の演奏の録音が計画されている。
楽団員は蓄音機の前に演奏時と同じように弧を描くように椅子が並べられている。
違うのは楽器を持っていないのと、かなり密集して座っている事だろう。
「これが蓄音機よ」
女王が言った後、侍女が蓄音機にかけられてた布を外した。
何故、女王自ら説明しているのかというと、教育・芸術部門の長だからだ。
単純に人がいなかったので女王が引き受けたのと、箔をつかせるためでもある。
「おおー」
楽団員から小さな歓声があがり、小さく拍手もおきた。
このケレース王国は先代の王により十年も国境封鎖されていたので新しい物が入ってこなかった。
自国で生産する余力もなかったので、新しい物に飢えているのだ。
実際に王配の生国では別の形の蓄音機が流通していたので、王配は別の形になったのか程度にしか思わなかった。
「この円盤に音楽が記録されているの。それでこの針を使って読み取るのよ」
「補足させて頂きますと、円盤には音の振動が記録されているので、その音の振動の振幅を針で読み取るのです」
楽団員の中には納得した人と、頭上に疑問符が出てきた人がいた。
実は女王も人に説明出来るほど理解していなかったりする。
「…まぁ、とにかく聞いてみましょう。商人の国の曲よ」
侍女達が蓄音機の準備をし、回る円盤の上に針を落とした。
すると音楽が鳴り出した。
見た事がない機械から遠い国の音楽が流れ出したので楽団員達にはとても神秘的に感じられた。
「おおー!」
先ほどより大きな歓声が聞こえたが、すぐに静かになった。
皆、異国の音楽を聴きたいのだ。
楽団員の様子は純粋に聞き入っている者、拍子をとっている者、何か書き付けている者など様々だった。
使用している楽器も違うのだろう。
聞いた事がない楽器の音がする。
どんな形状の楽器なのだろうか、どうやって演奏するのだろうかと想像力をかき立てられた。
曲が終わると、皆興奮したような表情だった。
「この円盤には十分間ほど録音出来るそうよ」
サンジェイは熱く語っていた。
とても苦労して十分にまで伸ばせたのだと言っていた。
再現出来た当初は三分ほどだったらしい。
「では十分以内の曲を作るか、編曲するかですね」
打楽器奏者のダリオが言った。
彼は書き付けながら音楽を聴いていた。
「別に何枚かに分ければいいのではないですか?」
歌手のトスカが片手を挙げて言った。
彼女は女王の侍女もしているが、本業は歌手だ。
「途中で途切れたら嫌じゃないですか?ああ、楽章ごとに分けるとかでしょうか?」
コントラバス奏者のニコロが首を傾げて言った。
彼は拍子を取りながら聴いていた。
「今の音楽だと小編成でしたよね。あまり多くの音は録音出来ないのでしょうか?」
指揮者のクラウディオが尋ねた。
楽団を実際にまとめている人物だ。
「ええ、おそらく大勢での録音は大変だと思うの。それに、このままの編成だと音が弱くなってしまうのではないかしら?歌や弦楽器、管楽器、打楽器の音の鳴り方と響き方が違うでしょう?録音しやすい音とそうでない音があるのではないかしら?」
「では曲の長さだけではなく、それぞれの楽器の役割も見直さないといけませんね。まず録音するなら小編成や独奏などから録音するのが良さそうですね」
「そうなるわね。ああ、そうだわ。この円盤は両面に録音されているの。裏には歌が入っているのよ」
楽団員から驚きの声が聞こえた。
女王がサンジェイから教えて貰ったときもほぼ同じ反応をしていた。
侍女達が準備し終え、再び音楽が鳴り出した。
当然ながらこの曲も異国の、サンジェイの国のものだ。
若い女性が歌っているのは分かるが、なんと言っているのか分からなかったし、発声方法が違うのも分かる。
ただとても上手なのは歌唱について詳しくなくても分かるだろう。
「今のは恋の歌だそうよ。翻訳はここにあるから気になる人は後で見てね」
「翻訳した歌詞で歌うのもいいでしょうね」
楽団員にはかなり刺激になったようだ。
それと同時に不安に思った者もいた。
「我らの仕事が減ったりしないでしょうか…」
「生で聴くのとではかなり違うから平気じゃないかしらね?私は皆の素敵な音楽を色んな人に聴いて欲しいと思うの。慰問とかには行っているけど、まだ聴けていない人がいるでしょう?その人達にも楽しんで欲しいのよ」
そう女王が言ってもまだ不安そうな顔をする人はいた。
「なに、どんどん新しい曲を作ればいいさ!」
それもそうだと誰かが言うと皆の顔が明るくなっていった。
「もっと馴染みやすい曲…民謡とかもいいですね」
楽団員はわいわいと子どものように話だした。
表情も子どもの頃に戻ったように無邪気そうになっていた。
次は劇団員に蓄音機で音楽を聴かせる。
女王は先ほどと同じように説明し、皆に音楽を聴かせた。
同じ部屋なので、椅子の配置はそのままだ。
「へぇ…これがあったら練習の時にわざわざ楽団に来て貰わなくてもいいですね」
長めの髪を後ろで結んでいる俳優が言った。
楽団員には彼らが演奏する劇中曲と劇団員の演技を合わせるために、練習の合間を縫って来て貰っている。
楽団員は他の曲の練習や各地で復興作業をしている所への慰問もせねばならないので大変なのだ。
人数がいれば劇団専属の楽団を作ればいいが、人が足りないのでそうもいかない。
十年間、娯楽が禁止されていたため、職を失い各地に散った楽団員や劇団員が戻るまでは合同で活動していた。
人が戻った後は合同でやるには多すぎるので、別々の元の体勢でやる事になったが、どちらも少々頼りない人数になってしまった。
「こんな便利な機械があったなんて…」
別の俳優が蓄音機を不思議そうに覗いた。
「音楽だけじゃなくて朗読劇とかもよさそうですね」
劇団員達の反応は楽団員達よりも大人しかったが、色々と思いを巡らすのは同じようだ。
「ええ、目が不自由な人にも物語を届けられるわよね。朗読だったら地の文も読むから自然に状況を説明出来るから良いと思うの」
「効果音も入れたりするとより迫力が出て良さそうですね」
「なんなら一人じゃなくて何人かで分けるとかどうでしょう」
劇団員もわいわいと楽しそうに話しだした。
「んー、紙芝居と一緒にするのはどうでしょう。人形劇だと練習が大変ですけど、紙芝居ならめくるのをちょっと工夫すればいいぐらいですし」
「へぇ、面白そうね。色んな発想が浮かんでくるのね」
楽団員と劇団員で異なる発想が出るのが面白いと女王は思った。
他の役人達にも聴かせるので彼らからも何か新しい案が出てくるのだろうか。
「短編集の中から十分以内、あるいは前後編で二十分以内に収められそうな作品を集めてみましょう」
脚本家兼演出家のディエゴが何か紙に書きながら言った。
もういくつも案があるようで、紙が黒くなっている。
「あ!数分で終わる怖い話をいくつか集めるとかは?私叫ぶの得意ですよ!」
「嫌よ!呪われそうだわ!」
一人が怖がると他にも怖がる人が出てきた。
言い出した本人はやる気満々だった。
「え…わざわざ怖い話を聞くの?」
驚いた女王は近くにいた侍女に尋ねた。
女王は多くの物語を読んだが、恐怖を題材にした作品は読んでいなかった。
「どれも噂話や昔話の類いですよ。祖父母から聞いた話とか友人の知り合いが体験したとかそんな話です」
侍女のリンダは苦笑した。
「目的が分からないわ…。降霊術かしら…?」
「かもしれませんね…」
リンダは降霊術がよく分からなかったので、それっぽく返事をしておいた。
「まずは誰でも楽しめそうな話にしないといけませんね。陛下、円盤とやらもそんなにないのですよね?」
「ええ、そうね。材料や作り方は教えて貰っているけど、作れるかどうかは別よ。他の国にも教えたそうだから、そちらに製作を任せた方がいいと思うわ。そこにお金をかける余裕は残念ながらないもの」
現在は簒奪者が王城の装飾に使った金や銀と宝飾品を売却したお金と各国からの寄付などで賄っている。
しかし十年もの間、国の管轄の建造物は放置されていたのでそれらを修理するだけでもかなりの金額を使った。
制作に成功するかも分からない物にお金はかけられないのだ。
「他の国ですか?」
「モコシュ大公国の港に入港したと聞いたから、少なくともモコシュには教えたでしょうね」
大公の性格を考えると必ず作らせるだろう。
なんなら、より高性能な物を作りそうだ。
「モコシュですか。ならやり遂げそうですね。しかし、完成がいつになるか分からないのであまり無駄に出来ないのには変わりないですね。となると定番物がいいですかね?」
「ゆくゆくはこの国を題材にした作品をやりたいですよね!」
「?……うちの国を題材にした作品があるの?昔話とかかしら?ああ、建国のお話とか?」
首を傾げて女王は考えながら言った。
「あ…、そのうち作りたいなと思っております!」
俳優は王配から口止めされていたのを忘れていた。
彼らも大陸中で流行っている作品の噂は耳にしているのだ。
侍女も含めて皆がハラハラしていたが、正直何故隠したいのだろうと思っている。
誰かが恥ずかしいだけなのではと言ったが、それはあながち間違えではない。
「そうよね。何か素敵なお話が出来るといいわよね!」
女王はにっこりと笑顔で言った。
流石役者と言うべきか、皆は女王に自然な笑顔を返した。
「音がしなくなったみたいだな」
猫師匠と子狼が不思議そうな顔をしなくなった。
そのうち慣れるかと思ったがまだ慣れていないらしい。
「そのようですね。我々も蓄音機とやらで早く音楽を聴きたいですよね」
「次は高官だろうな。次は他の役人達か」
獣医達は書類をまとめながら話をする。
そのほとんどが馬や牛達の体調を記した表だ。
「んで、俺たち兵士は一番最後ですよ」
ひょっこりと若い兵士が顔を出した。
彼は厩舎担当なのでよく獣医達の部屋に来る。
彼はどすんと荷物を床に降ろした。
音からして壊れ物じゃないのは分かったが、何が入っているのか分からないので止めてくれと獣医は思った。
「王城内勤務の侍女や侍従、兵士達は戸の前に立ってこっそり聴けてるらしいですよ。厨房担当はまだらしいですけど」
「そのうち飽きるほど聴けるようになるさ」
「いやいや、新しい物はいち早く体感したいんです!」
獣医は若者だものなと思ったが、そうすると自分が年寄りという事になってしまうので顔をしかめた。
「お前達も早く聴きたいだろう?」
兵士は猫師匠と子狼を見た。
二匹は気にせず遊んでいる。
というか、猫師匠が子狼の遊び相手になってあげている。
「いやぁ、すでに聞こえているようですよ」
「そうなんですか?いいなぁ。耳がいいって」
「いいのか?聴きたくないものも聞こえてしまうぞ」
「それは…嫌ですね…」
獣医は女王はどうなのだろうと思った。
常人よりもはるかに聴力がいいそうだ。
「ですけど、元から耳が良いのなら気にしないのではないでしょうかね」
「それも、そうだな…」
元から聞こえるなら気にしないのだろうか。
動物ならそれでいいが、人間の場合ヒソヒソと話している声が聞こえたら嫌だろう。
実際に獣医は何故人間の医者にならなかったと嫌味を言われた経験が多々ある。
言っている本人達は聞こえないと思っていても結構聞こえているのだ。
耳のいい人なら尚更だろう。
「あーあ、早く順番まわってこないかなぁ…」
「おい、荷物運ぶのにいつまでかかってんだ!」
若い兵士の上司がわざわざ注意しに来た。
「すみません、すぐに戻ります!…と言うわけで、失礼します」
兵士は慌てて出て行った。
ただ愚痴を言いに来ただけらしい。
「この荷物が何なのか言ってくれませんでしたね。何か届く予定はなかったですよね?」
若い獣医が身を屈めて蓋を開けると、わざわざ運んで来てくれなくてもいい物が入っていた。
「誰かと蓄音機の話がしたくてわざわざ荷物を作ったんじゃ…」
子狼は猫師匠に懐いたようです。
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