↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『記憶を喰らう暗殺者の冷徹な復讐劇』  作者: beck2026
第4章:【アスター領復興と、国境の防諜戦 編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/104

第90話 泥流の終焉と、鋼鉄の獅子の記憶

霜降り峡谷を埋め尽くしていた数百万トンの白濁した奔流が、重力に従って谷底の窪地へと引いていく。

 あとに残されたのは、泥濘と巨岩、そしてへし折れた樹木が織りなす圧倒的な静寂であった。

 二万五千を数えた帝国の威容は跡形もなく消え失せ、白銀の雪原は黒々とした土砂の海へと塗り替えられていた。


 その泥濘のただ中から、ギリ、と軋むような金属音が響いた。

 泥にまみれた装甲板を押し退け、血反吐を吐き散らしながら這い出してきたのは、【鋼鉄の獅子】レオポルト中将であった。


 一般兵の着用する鋳造装甲と異なり、彼が纏うのは帝都工廠特注の最高純度魔導合金甲冑。

 水塊が直撃した瞬間、甲冑に組み込まれた自動衝撃緩和結界が奇跡的に作動し、肉体の圧殺だけは免れていた。

 だが、その代償は甚大であった。

 埋め込まれていた高純度魔力結晶はすべて過負荷で焼き切れて砕け散り、装甲板は水圧でひしゃげ、右足の骨は完全に粉砕されていた。


「が、はっ……! お、のれ……謀ったな……! アスターの、亡霊めが……!」

 金色の獅子の兜を泥まみれにして這う猛将の眼前に、音もなく二つの黒い靴が立ち止まった。


 耐寒魔導外套の裾を夜風に揺らしながら見下ろすのは、ノア・アスター。

 その背後には、抜き身の短剣を構えたリアとアッシュ、そして防壁から馬を駆って合流したヴェルナーの姿があった。


「謀ったのではない。貴様が熱力学と流体力学の必然に敗北しただけだ」

 ノアの瞳は、絶対零度の静寂を湛えて冷酷にレオポルトを映していた。


「ば、化け物め……! 我が軍の二万五千を……一兵も交えず呑み込むなど……許されるはずが――」

「許すか否かを決めるのは貴様ではない」


 ノアは冷然と言い放ち、泥濘の上に片膝をついて右手をレオポルトの額へと伸ばした。

「貴様の頭脳に刻まれた帝国北部軍の全機構、軍事暗号、兵站網、そして帝都枢密院の動員計画……すべて私の演算の一部として接収する」


「や、やめろ……! 帝国の至高の機密を……下賤な辺境貴族に――」

 レオポルトが折れた腕を振り上げようとしたが、リアの投擲した細針がその右肩の神経節を正確に貫き、無力化させた。


 ノアの掌がレオポルトの額を覆う。

「【記憶捕食】(メモリ・イーター)――全層展開」


 ズズズズズッ……!

 心臓のアスター・コアが激しく脈動し、蒼氷の光条がレオポルトの頭蓋へと浸透していく。

 流れ込んでくるのは、歴戦の猛将が半生をかけて蓄積した膨大な情報群であった。


 ――アイゼンガルド要塞陥落後の帝国北部防衛線の空白域。

 ――帝都枢密院における主戦派と講和派の激しい権力闘争と、次なる第二次侵攻軍の編成に必要な最短準備期間(推計で百二十日以上)。

 ――そして、かつてアスター家から強奪され、帝都の最深部地下迷宮に厳重に封印されている古代兵器の心臓部――【始原の氷核】の設計図面と防壁暗号。


「……完全解析」

 ノアが静かに手を離すと、レオポルトは白目を剥き、泥濘の中へと力なく崩れ落ちた。

 自我と記憶を完全に引き抜かれ、もはや呼吸を繰り返すだけの肉塊へと変わり果てていた。


「ノア様、この男の処遇はいかがいたしますか」

 アッシュが冷ややかに問う。


「息の根を止める必要はない。国境の残骸に縛り付けて放置しろ。二万五千の全滅と、廃人と化した猛将の姿を目の当たりにすれば、帝国中央は恐怖と猜疑心で内部監査に追われ、向こう半年は国境へ兵を向けることすら叶わなくなる」

 心理戦による帝国の機能停止。それこそがノアの真の狙いであった。


 ゴゴゴ……と、ノアの胸元でアスター・コアが微細な高音を立てて収束していった。

 数百万トンの水塊の熱量を制御し切ったコアは、限界突破を経て新たな『第4段階』へと同期を果たし、体内の魔力循環は驚異的な安定を見せていた。

「ヴェルナー」

「はっ!」

 ヴェルナーが泥濘の上に膝をつき、最敬礼を捧げる。


「手元金庫の五万七千枚の金貨と、備蓄食糧を用い、峡谷の土砂崩落防止工事と国境監視網の再編を急げ。これよりアスター領は、王国内部からも帝国からも干渉を許さぬ『完全自給の絶対領国』となる」

「命に代えましても、この鉄壁の地を守り抜いてみせます!」


 山嶺の向こうから、冷たい朝陽が昇り始めていた。

 泥濘を覆うように、静かに粉雪が舞い落ち、戦場を白銀の世界へと戻していく。

 傍らに控えるリアが、ノアの外套に付着した泥をそっと払い、静かに息を呑んだ。


「……終わりましたね、ノア様」

「いや、防衛が終わったに過ぎん」


 ノアは雪の舞う北の空――その遥か彼方、帝都の方向を見据えた。

「次は、奪われたすべてを奪い返す番だ」


 アスター領復興と国境防衛の戦いは、完全なる勝利をもって幕を閉じた。

 そして冷酷なる復讐の刃は、大陸全土を揺るがす次なる謀略の深淵へと向けられていく。


お読みいただきありがとうございます!

ノアの冷徹な知略や復讐のロジック、物語の展開を楽しんでいただけましたら、

画面下部にある【★評価】や【ブックマーク追加】、いいねをポチッと押して応援していただけると非常に励みになります!

(読者の皆様の評価や応援が、執筆と毎日の更新モチベーションに直結しております…!)

「面白かった!」「スカッとした」「ここが好き」といった一言感想やレビューもお待ちしております。

次回もどうぞよろしくお願いいたします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。