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『記憶を喰らう暗殺者の冷徹な復讐劇』  作者: beck2026
第4章:【アスター領復興と、国境の防諜戦 編】

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第80話 無血の開城と、北方の覇権

 吹雪に煙る黎明の光が、カルステン子爵邸の前庭を白く染め上げていた。


 広場に集められたのは、武装を解かれ、槍や剣を雪の上に投げ捨てた百五十名の私兵たちである。

 彼らは動揺と恐怖に身を震わせながら、邸宅のテラスを見上げていた。


 テラスの中央には、王都貴族院査察官バルトロメウス男爵の署名と公印が押された【討伐令状】を掲げたアッシュが立っていた。

 その隣で、青銀の耐寒魔導外套を静かに揺らしながら、ノア・アスターが冷徹な視線を兵たちへ落としている。


「――重ねて通告する」


 アッシュの澄んだ声が、凍てつく朝の大気に響き渡った。


「前領主カルステン子爵は、帝国のアイゼンガルド要塞と密約を交わし、王国を背後から売ろうとした国家反逆の現行犯により処刑された。王都貴族院の正式令状に基づき、カルステン領の統治権および全軍事資産は、アスター侯爵家正統後継者ノア・アスター卿へ移譲された」


 兵たちの間に、ざわりと動揺の波が広がる。

 だが、暴動を起こそうとする気配はどこにもなかった。

 親衛隊長カイルが鉱山で音もなく消え去り、子爵本人が自慢の屋敷の最上階で誰一人気づかれぬまま捕縛・処分されたのだ。

 指揮官不在の彼らに、反抗の術は残されていなかった。


 ノアが一歩前へ歩み出た。

 その冷ややかな声音が、広場全体を物理的に威圧するように通り抜ける。


「貴様らの中に、子爵の売国行為に自発的に加担し、私腹を肥やしていた者がいることは計算済みだ。……前列左の小隊長、および後列右の倉庫番。前に出ろ」


 ノアの指名に、二人の男が顔色を白くして息を呑んだ。


「心拍数の急激な上昇、微細な発汗、視線の動揺。……カイルの記憶から照合した裏帳簿の横領記録と完全に一致する。貴様ら二名は地下牢へ収監、財産を没収とする」


 二人の男が逃げ出そうとした瞬間、雪煙の中から音もなく滑り出たリアの短剣が、二人の足元を正確に貫いた。

 間髪を入れず夜鴉の少年たちが取り押さえ、引きずり出していく。


「残る百四十八名に通告する」


 ノアは感情を挟まず、明確な条件を提示した。


「命令に従っていただけの末端の兵に、反逆罪を問う気はない。武装解除と忠誠の誓約を受け入れる者には、これまで通りの給与を保障し、家族分の食糧配給を確約する。……仕える主が変わるだけで、貴様らの生活が脅かされることはない」


 兵たちの顔に、一気に安堵の光が広がった。

 処刑されるどころか、この極寒の冬に給与と食糧を保障されるのだ。


「お、俺たちは従います! ノア・アスター卿に忠誠を誓います!」


 一人が雪の上に跪くと、雪崩を打つように百四十八名全員が膝をついた。

 敵の私兵部隊百五十名を、一滴の味方の血も流すことなく完全掌握した瞬間だった。



        ◇



 カルステン子爵邸の地下深く。

 厳重な三重の鉄扉の奥にあったのは、帝国との密貿易によって蓄積された巨万の富だった。


「報告いたします、ノア様」


 アッシュが検分帳簿を手に駆け寄ってきた。


「子爵の記憶の通り、隠し金庫から金貨二万枚を全額無傷で回収。さらに武器庫からは、帝国製最新式魔導弓五十張、および高純度火薬樽百個の接収を完了しました。……加えて、食糧庫には小麦四千俵、乾燥肉二万食分が保管されています」

「十分すぎる軍資金と兵站だ」


 ノアは冷ややかに頷いた。


「金貨二万枚のうち、五千枚を即座に王都のルナへ送金しろ。子爵邸の書斎から押収した『クロムウェル公爵への賄賂台帳原本』も同封する」

「王都への追加配当ですね。ルナ様はますます中央の権力基盤を固められるでしょう」

「そうだ。残る金貨一万五千枚と食糧は、アスター本領とこのカルステン領の統合インフラ構築に充てる。……春までに二つの領地を分断する山岳街道を完全除雪し、要塞化された一つの防衛圏として完成させる」


 そこへ、アスター公館から伝令の高速馬車が滑り込んできた。

 降り立ったのは、正規兵を率いて駆けつけたヴェルナーである。

 子爵邸の前に翻るアスター侯爵家の旗と、整然と整列した旧敵兵たちを見たヴェルナーは、武者震いに全身を震わせた。


「ノア様……! 本当に、一兵の損害もなく隣領を落とされたのですね……!」

「騒ぐな、ヴェルナー。計算通りの結果に過ぎん」


 ノアはヴェルナーへ歩み寄り、羊皮紙の束を手渡した。


「貴様をこのカルステン領の臨時軍政官に任命する。接収した私兵百四十八名と正規兵を再編し、カルステン領の治安維持と街道警備を敷け。不服従分子の監視はアッシュ班の四名に当たらせる」

「ははっ! このヴェルナー、命に代えましてもアスター侯爵家の領土を守り抜いてみせます!」


 ヴェルナーが感激の面持ちで右拳を胸に当て、深く一礼した。


 ノアは子爵邸の見張り台へと登り、北の地平線を見据えた。

 冷たい風が青銀の外套を激しく煽る。


 その視線の先には、高くそびえ立つ白銀の山脈と、その向こう側に座す帝国の巨大要塞【アイゼンガルド】があった。


 アスター領の冬越しは完全に確定し、兵力と財力は二倍以上に膨れ上がった。

 王都のクロムウェル公爵の喉元には確実な破滅のナイフを突きつけ、春に押し寄せる帝国の大軍を迎え撃つ盤面は、着実に整いつつあった。


「待っていろ、帝国軍」


 ノアの蒼氷の瞳に、氷雪よりも冷徹な光が宿った。


「貴様らが春に踏み込んでくるその瞬間が、貴様らの軍事的破滅の始まりだ」


 極寒の北方において、冷酷なる復讐者の支配領域は揺るぎない城塞へと変貌を遂げていた。


お読みいただきありがとうございます!

カルステン子爵邸を完全制圧し、残された私兵150名も損害ゼロで無血開城・再編を完遂したノア!

地下金庫の金貨2万枚や最新鋭魔導兵器、豊富な食糧をすべて手中に収めました。

さらに王都のルナへは追加配当5,000枚とともに「クロムウェル公爵への賄賂台帳原本」を送り、王都の政局でも完全な優位を確立。

忠臣ヴェルナーを臨時軍政官に据え、アスター領とカルステン領を結ぶ一大北方防衛圏が動き出します。

物語の展開やノアの冷徹なロジックを楽しんでいただけましたら、

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次回、第81話もどうぞよろしくお願いいたします!

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