↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『記憶を喰らう暗殺者の冷徹な復讐劇』  作者: beck2026
第4章:【アスター領復興と、国境の防諜戦 編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/104

第78話 第十二工区の氷罠と、隣領の記憶

 新雪を裂く蹄の音が、風鳴りの合間に微かに混じり合っていた。


 アスター領旧鉱山街道、第十二工区。

 未だ工事の足場が組まれたままの、厚さ二メートルの複合防壁の切れ目――そのわずかな死角を縫うように、漆黒の毛皮を纏った八騎の騎兵が雪上を進んでいた。

 その後ろには、幌で覆われた二台の雪上馬車が静かに続いている。


「……おい、本当にこの道で合っているのか? さっきから公館方面の見張りや正規兵の姿が一人も見当たらんぞ」


 先頭を走る騎兵が、馬の手綱を引きながら小声で振り返った。

 その胸元には、北東の隣領『カルステン子爵家』の紋章が刻まれた銀の留め具が光っている。


「怯むな。白鴉殿からの定期通信が途絶えてすでに数日だ。代官ボルドーの馬鹿がアスターのガキに寝首を掻かれたという噂もある。……我らの任務は、第四鉱山の残存氷晶石を確保し、白鴉殿の生死を確認することだ」


 部隊を率いる男――カルステン子爵家親衛隊長カイルは、雪に反射する鋭い眼光で周囲の岩壁を睨みつけた。


「それに、あの追放された若造が公館を奪ったところで、動かせる兵など老兵が十数名程度と聞いている。この吹雪の中、鉱山街道まで哨戒の手が回るはずもない」


 カイルがせせら笑い、馬を進めようとしたその瞬間だった。


 カチ、と。


 足元の雪の下から、微小な金属の噛み合う音が響いた。


「止まれ――っ!」


 カイルが叫ぶより早く、左右の氷壁の影から不可視の魔力反応が立ち上がった。


 ヒュバッ――!


 空気を切り裂く重低音とともに、防壁の上から放たれたのは一本の黒塗りの太矢。

 ノアが心臓のアスター・コアから超低温魔力を刻み込んだ試作兵器――【局所冷凍弩】(フロスト・バリスタ)の矢だ。


 ドスゥッ!


 矢は最後尾の雪上馬車の車軸を正確無比に貫いた。

 次の瞬間、破砕音も爆発音も起きなかった。

 矢が突き刺さった地点から、絶対零度の極低温パルスが一瞬で車体全体へと波及したのだ。


 パリ、パリ、パリィンッ!


 分厚い樫木と鉄の補強材が、瞬時にマイナス百八十度へと叩き落とされ、分子構造を破壊されて砂糖菓子のように崩れ落ちた。

 馬車が音もなく粉砕され、積まれていた物資が雪の上へ滑り落ちる。


「なっ……魔導兵器だと!? 伏せ――」


 カイルが叫び、腰のサーベルを抜こうとした。

 だが、伏せるべき相手の姿は雪原のどこにも存在しなかった。


 ザッ。


 猛吹雪の白煙を突き抜け、上空から舞い降りたのは四つの濃灰色の影。

 アッシュ率いる【夜鴉】の精鋭たちだ。


「敵襲! 斬り捨て――ぐあっ!?」


 前列の騎兵三名が馬首を巡らせようとした瞬間、アッシュの短剣が馬の脚腱を無駄のない軌道で断ち切った。

 バランスを崩して落馬した兵士たちの喉元へ、リアの極細ワイヤーが影から伸びて巻き付く。


 ギチリ、と締め上げられた瞬間、頸椎が音もなく脱臼し、兵士たちは悲鳴を上げる暇すらなく雪へ沈んだ。

 さらに、残る護衛たちへ対しても、夜鴉の少年たちが死角から跳躍し、ミリ単位の狂いもなく急所を穿っていく。


 肉を断つ鈍い音と、雪が擦れる微かな衣擦れの音だけ。

 わずか十秒足らずで、八名の騎兵のうち七名が息絶え、雪原には赤黒い血煙すら広がらなかった。

 傷口ごと超低温で凍結され、出血すら防がれていたからだ。


「ひ、化物どもめ……っ!」


 唯一生き残った指揮官カイルは、恐怖に腰を抜かしながら雪の上を這いずり、懐から火炎属性の魔導通信弾を引き抜こうとした。

 カルステン本領へ、この異常事態を警報として打ち上げるために。


 だが、その指先が信管に触れることはなかった。


「発熱反応の起動を検知。……熱伝導を遮断する」


 頭上から降ってきたのは、氷そのもののように透き通った冷淡な声音。


 カチィンッ!


 不可視の冷気圧が男の右手を直撃した。

 信管を握っていたカイルの五指が、一瞬で青白い氷塊へと変貌し、カランと音を立てて雪の上に凍りついた。

 痛覚すら麻痺させるほどの超低温。


「ぎ、あ……あぁ……っ!?」


 カイルが見上げた先には、青銀の耐寒魔導外套を静かに翻す少年――ノア・アスターが立っていた。

 その背後には、抜き身の刃を手にしたアッシュとリアが、影のように控えている。


「貴様が……アスター侯爵家の……ノア……!?」

「カルステン子爵家親衛隊長カイル。……貴様らの行動ルート、進入時刻、および戦力規模はすべて予測の範囲内だ」


 ノアはカイルの前に静かに屈み込んだ。


「白鴉が消えたことで、カルステン子爵が自らの密輸ラインの保全に焦り、私兵を派遣することは当然の帰結だ。……口を割らせるための尋問は行わない。貴様の脳内から直接データを回収する」

「な、何を言って――やめろ、来るな! 我らは王国の正規貴族だぞ! こんな真似をしてタダで済むと――」


 カイルの絶叫を遮り、ノアの冷たい右手が男の額へと押し当てられた。


 ドクン――!


 ノアの胸元、臨界突破を遂げた【アスター・コア】が蒼光を放ち、高速の演算式が起動する。


「【記憶捕食】(メモリ・イーター)――解析開始」


 ズゥゥゥンッ!


 カイルの瞳孔が開き、男の全記憶がノアの意識の中へ雪崩れ込んできた。


 ――北東に広がるカルステン子爵領の防衛拠点と、駐留する私兵百五十名の配置図。

 ――帝国商館から毎年支払われていた、特殊氷晶石横流しの見返りである金貨二万枚の隠し金庫。

 ――そして、春の帝国侵攻において、アスター領を挟み撃ちにする密約を交わしていた帝国軍使官の署名入り親書。


「……なるほど。代官ボルドー以上の売国奴だな」


 ノアが淡々と呟き、額から手を離した。


「あ……あ……ぅ……」


 記憶の中枢を完全に喰い尽くされたカイルは、白目を剥いて脱力し、雪の上へ崩れ落ちた。

 二度と正気を取り戻すことのない、ただの生きた屍。


「ノア様、収穫はいかがでしたか」


 アッシュが進み出て問う。


「極めて有用な資産だ」


 ノアは立ち上がり、凍てついた手袋を払った。


「第一に、カルステン子爵領の全防衛線の構造的欠陥の把握。第二に、子爵邸の地下に眠る金貨二万枚と帝国魔導兵器の備蓄。……そして第三に、奴らが帝国と交わしていた『国家反逆の物証』の保管場所だ」

「ということは……」


 リアの瞳に、獲物を狙う冷徹な光が宿る。


「春を待つ必要はない。……王都から滞在している査察官バルトロメウスを利用する」


 ノアは冷酷に口角を上げた。


「バルトロメウスの名義で、『カルステン子爵による国家反逆の現行証拠を確認、即時討伐を命ず』という貴族院の緊急討伐令状を発行させる。……我が軍は王国の大義名分を背負い、合法的に隣領を併合する」

「敵の私兵百五十名に対し、こちらは正規兵二十七名と夜鴉十六名。……兵力差は三倍以上ですが」


 アッシュの懸念に対し、ノアは迷いなく告げた。


「防衛線の死角、指揮系統の断絶ポイント、地下侵入ルートはすべてこの頭の中にある。……損害ゼロで城主の首を落とし、全領地と資産を無傷で接収する演算はすでに完了している」


 雪原の死体を片付けさせながら、ノアは北東の山並みを静かに見据えた。


 アスター領の冬越しを確実なものとし、春の帝国大侵攻に備えるための領地拡張――。

 冷徹なる暗殺者の復讐劇は、隣領カルステン子爵の完全解体へと駒を進めた。


お読みいただきありがとうございます!

試作兵器【局所冷凍弩】の実戦投入と、夜鴉の精鋭による神速の無音制圧!

潜入してきたカルステン子爵の斥候隊を一瞬で壊滅させ、指揮官の記憶から隣領の防衛データ、隠し金貨二万枚、そして帝国との反逆密約書を完全に掌握しました。

さらに、手駒化した王都査察官バルトロメウスを使い、「貴族院の緊急討伐令状」を合法的に発行させて隣領併合へと打って出るノア。

兵力差3倍の敵を損害ゼロで解体する電撃戦が、いよいよ幕を開けます。

物語の展開やノアの冷徹なロジックを楽しんでいただけましたら、

下にある【★評価】や【ブックマーク追加】、いいねをポチッと押して応援していただけると非常に励みになります!

次回、第79話もどうぞよろしくお願いいたします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。