↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『記憶を喰らう暗殺者の冷徹な復讐劇』  作者: beck2026
第4章:【アスター領復興と、国境の防諜戦 編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/104

第76話 王都査察使と、暴かれた密約書

 氷点下二十度の寒波を切り裂き、巨大な氷と岩石の防壁が地を這う竜のようにそびえ立っていた。


 公館を取り囲む外郭ライン。

 ノアが心臓のアスター・コアから放つ超低温魔力によって、掘り起こされた岩石と氷雪が分子レベルで圧縮焼結され、厚さ二メートル、高さ六メートルの堅牢な城壁へと次々に変貌を遂げていく。

 領民たちが木型に砕石を流し込み、正規兵が周囲の警戒線を維持する。

 作業に従事する者たちには温かい麦粥と塩漬け肉、そして日当が確実に支給され、領内には五年前の停滞と恐怖を吹き飛ばす活気が満ちていた。


「信じられん……。魔法で成形した氷壁が、ツルハシを打ち込んでも火花を散らすだけで傷一つ付かないとは」


 作業を監督していたヴェルナーが、防壁の表面を撫でながら感嘆の声を漏らす。

 その隣で、ノアは額に薄く汗を浮かべることもなく、淡々と魔力回路の出力を調整していた。


「単なる凍結ではない。岩盤の隙間に浸透させた水分を急激に圧縮冷却し、多結晶構造を均一化させている。工期は当初の試算通り、残り十四日で全周の外郭が完成する」

「はっ! これならば、春に帝国の本隊が押し寄せてきたとしても、容易には突破できません!」


 その時、街道の哨戒を担当していた正規兵の一名が、雪煙を上げて駆け戻ってきた。


「報告! 王都方面より、正規の貴族院護衛兵を従えた馬車が二台、公館の第一検問所へ接近中! 査察使を名乗る使節団です!」

「……予定より三時間早い到着だな」


 ノアは息一つ乱さず、青銀の耐寒外套の襟を整えた。


「予定通りの手順で迎え入れる。ヴェルナー、正規兵を整列させろ。アッシュ、リア、私室の裏へ配置につけ」

「「御意」」


 影が溶けるように二人の気配が消失し、公館の大広間に冷徹な歓迎の準備が整えられた。



        ◇



 公館の大扉が乱暴に押し開けられた。


「ここがアスター侯爵公館か! なんと寒々しく野蛮な土地だ!」


 豪華な毛皮を幾重にも羽織り、丸々と太った貴族風の男が、十数名の武装護衛を従えて大広間へと踏み込んできた。

 王都貴族院査察官、バルトロメウス男爵。

 その後ろには、前軍務卿の派閥であるクロムウェル公爵家の紋章を刻んだ騎士たちが、威圧的な視線を広場に向けていた。


「貴様が追放者の身でありながら、正規の手続きを経ずに公館を不法占拠したノア・アスターか」


 バルトロメウスは手にした羊皮紙を広げ、玉座の前に立つノアへ尊大に言い放った。


「貴族院の決議に基づき査察を執行する! 正統なる代官ボルドー卿を不法に拘束した罪、ならびに王都への反逆容疑により、身柄を拘束する! 抵抗すればその場で逆賊として処刑するぞ!」


 護衛の騎士たちが一斉に抜刀し、広間に鋭い金属音が響き渡る。

 だが、ノアは眉一つ動かさず、冷ややかな瞳で男を見据えていた。


「代官ボルドーは、帝国と内通し特殊氷晶石を密輸していた国家反逆罪の現行犯だ。身柄は公館の地下牢に拘束済み。正統後継者による領地奪還と反逆者の処置は、王国法第七条に基づき完全に合法だ」

「黙れ、追放者が口を開くな!」


 バルトロメウスは唾を飛ばしながら嘲笑した。


「地方のガキが何をほざくか! 中央のクロムウェル公爵閣下が『不当な私兵蜂起』と判断されたのだ! 貴様の領地統治権など認められるはずがない! おい、その生意気な首を落として――」


 バルトロメウスが騎士たちへ合図を送ろうとした瞬間。


「貴様の胸ポケットの内側。……薄緑色の革手帳が入っているな」


 ノアの低く透き通るような声が、広間の空気を凍りつかせた。


「な、何だと……?」

「帝国商館の密貿易船『黒百合号』から、王都のクロムウェル公爵邸へ送金された裏金台帳の写しだ。金貨八万枚の受領印、および貴様自身がクロムウェル公爵から受け取った『口止め料』金貨千枚の小切手ナンバー」

「な……な、ぜ……それを……!?」


 バルトロメウスの顔から、一瞬で血の気が引いた。

 それは、王都でも限られた側近しか知り得ない極秘情報のはずだった。


「白鴉――アルブレヒトの脳細胞から、貴様たちの資金フローはすべて吸い上げた」


 ノアは一歩、冷ややかに前へ進み出た。


「貴様が今ここで私を処刑したところで、その裏金の詳細帳簿の原本は、すでにローゼンバーグ商会を通じて王室騎士団総長、および近衛査問会へ送付される手筈になっている」

「ひっ……!?」

「選択肢は二つだ、バルトロメウス男爵」


 ノアの瞳が、蒼氷の光を宿して男の網膜を射抜いた。


「第一の選択肢。ここで私の正規兵と交戦し、全員が処分された上で、王都の貴様の一族が反逆罪の連座で処刑されること」

「う、あ……」

「第二の選択肢。貴様がこの査察結果を『代官ボルドーの反逆を確認し、正統後継者ノア・アスターによる領地統治の回復を承認した』と貴族院へ正式報告すること。その場合、貴様の裏金の証拠は保留とし、相応の利益分配を約束する」


 息の詰まる沈黙。

 バルトロメウスは膝を震わせ、手にした羊皮紙を取り落とした。

 完全なる詰将棋。

 この冷徹な少年の前では、大貴族の権威も武装した私兵も、何一つ意味を成さなかった。


「わ、分かった……! 言う通りにする! ボルドーの反逆と、貴殿の正当性を証明する報告書を書く……! だから、あの帳簿だけは……!」

「交渉成立だ」


 ノアは背後のヴェルナーへ視線を向けた。


「男爵一行を客室へ案内しろ。温かいスープと寝床を提供しろ。……ただし、外部との通信はすべて夜鴉が検閲する」

「ははっ!」


 腰を抜かした査察官が引きずられるように退室していくのを見届け、ノアは執務机へ戻った。

 背後の影から、リアとアッシュが静かに姿を現す。


「王都のクロムウェル公爵は、これで完全にこちらの動きを把握できなくなりましたね」


 アッシュの言葉に、ノアは静かに首を振った。


「把握させないだけでは足りん。バルトロメウスを経由し、クロムウェルへ偽の情報を流し込む。……帝国と繋がる中央の巨悪を、盤面の中央へ誘い出す」


 極寒のアスター領は、もはや単なる地方の寒村ではなかった。

 王都を揺るがし、帝国を迎え撃つための、冷徹なる復讐者の牙城がここに完成しつつあった。


お読みいただきありがとうございます!

アスター領の要塞化を急速に進めるノアの元へ、王都から大貴族の威光を笠に着た査察使が乗り込んできました。

しかし、白鴉の記憶から得ていた裏金や密約の証拠を一突きされ、査察官バルトロメウスは手も足も出ずに完全屈服。

ただ排除するのではなく、王都への二重スパイ(情報攪乱役)として手駒化するノアの冷徹な交渉術が光る回となりました。

物語の展開やノアの冷徹なロジックを楽しんでいただけましたら、

下にある【★評価】や【ブックマーク追加】、いいねをポチッと押して応援していただけると非常に励みになります!

次回、第77話もどうぞよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。