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『記憶を喰らう暗殺者の冷徹な復讐劇』  作者: beck2026
第3章:【白銀の帰還と、零度の心臓 編】

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【第64話:「白亜の法廷と、失脚の計算式」】

翌朝、午前十時。 王都の中心にそびえる白亜の議事堂――貴族院大評議場。 豪奢な大理石の円形演壇を取り囲むように、王国の高位貴族、法務官、そして各省庁の重鎮百名以上が、緊張感を漂わせながら指定席を埋め尽くしていた。


その議場の中央、最高席に腰掛けていたのは、軍務省の頂点に君臨する男――軍務卿アルブレヒト侯爵だった。 仕立ての良い軍礼服に身を包み、胸元には数々の勲章を誇らしげに光らせている。 男の唇には、周囲の不穏な空気をせせら笑うかのような、隠しきれない優越の笑みが張り付いていた。


(……ふん、愚かな小娘めが)


軍務卿は懐の時計をちらりと確認し、心の中で冷笑した。 昨夜、クライン男爵が拘束された凶報を受けた直後、軍務卿は教会のザカリー枢機卿派閥と連携し、手持ちの最精鋭である軍部処刑班と教会の特務部隊を公爵邸へ差し向けたのだ。


目的は、押収された密約書の灰燼への帰還と、ローゼンバーグ家の若き当主代理――ルナの完全なる口封じ。 いまごろ公爵邸の地下は血の海となり、生意気な小娘は冷たい骸となって転がっているはずだった。 証拠さえ燃え尽きてしまえば、クライン男爵の自白などいくらでも「脅迫による虚偽の供述」として揉み消せる。


「静粛に! これより、貴族院監査部より提出された『旧アスター領魔導鉱石密輸事案』に関する緊急審議を開廷する!」


議長の木槌が、カンカンと甲高い音を立てて鳴り響いた。


「監査側の告発人代理、ローゼンバーグ公爵家――登壇を!」


議長が告発席へ視線を向ける。 だが、その席はもぬけの殻だった。 議場にさざ波のようなざわめきが広がる。


「どうした? 告発人が不在なのか?」 「もしや、証拠が揃わずに逃げ出したのでは……」


貴族たちの囁き声を聞き、軍務卿は芝居がかったため息をつきながら立ち上がった。


「議長、茶番はここまでにしていただきたい。……我が配下のクライン男爵が不当に拘束されたと聞き及んで駆けつけたが、告発人たるルナ嬢が姿を現さぬとは。証拠の捏造が露見することを恐れて遁走したと見るのが妥当でしょう。根拠なき疑妄で軍部の名誉を傷つけた罪、公爵家といえど厳罰に処すべきです」


堂々たる口調。 周囲の軍部派閥の貴族たちから、同調する拍手と野次が上がった。 勝利を確信した軍務卿が、勝ち誇った視線で議長を見据えた――まさにその瞬間。


ドォォォォンッ!


大評議場の重厚な正面大扉が、外側から力強く開け放たれた。


「――どなたが遁走したとおっしゃいましたの? 軍務卿閣下」


冷徹にして、鈴を転がすような涼やかな美声が、静まり返った議場の隅々まで染み渡った。


青ざめる貴族たちの視線が集まる中、白銀の光条を浴びて歩み入ってきたのは、深紅の正装ドレスを纏った一人の麗人。 肩には一片の乱れもない漆黒のストール。 紫紺の瞳を冷ややかに細めたルナ・ローゼンバーグが、背後に王都近衛騎士団の抜剣隊を従え、凛然たる足音を響かせて演壇へと歩み寄ってきた。


「な……貴様……!? なぜ、生きて……ッ!?」


軍務卿の喉から、みっともない上擦った声が漏れ出た。 昨夜の精鋭部隊が全滅したなど、男の頭の理解の範疇を完全に超えていた。


「ごきげんよう、軍務卿閣下。昨夜はお心のこもった『ご挨拶』を頂戴いたしましたわ。……手練れの刺客二十余名、公爵邸の敷居を汚してくださったこと、後ほど清掃費用をご請求させていただきます」


「な……な、何をデタラメを――!」


「デタラメかどうかは、こちらの記録が証明いたしますわ」


ルナが軽く指を鳴らすと、近衛騎士たちが演壇の中央へ、幾つかの木箱と分厚い書類の束を積み上げた。


「まずはこちら。昨夜、クライン男爵邸の地下金庫にて押収された、帝国との直通密輸契約書の原本です。……帝国宰相補佐バルツァーの直筆署名と魔力印章、そして何より――軍務省の極秘予算コードが寸分の狂いもなく刻まれております」


「そ、そんなものは偽造だ! 我が軍部を陥れるための罠に決まっておる!」


「あら、見苦しい言い逃れを。……契約書だけではございませんわ」


ルナは冷酷な笑みを浮かべ、二つ目の証拠箱を開かせた。 中から現れたのは、真っ白な霜に覆われた複数の法衣と、砕け散った真鍮の身分標。


「昨夜、証拠隠滅のために我が公爵邸を襲撃した暗殺部隊の遺留品です。……その身元照会は、王都警備隊と近衛騎士団の立会人のもと、すでに完了しております。全員が軍務省特務監査室の名簿に記載された公式の構成員。さらに――」


ルナの視線が、傍聴席の一角に座る白い法衣の司教たちへと突き刺さった。


「その半数は、光の教会・ザカリー枢機卿が直轄する異端審問特務部隊の所属でした。……軍務省と教会の枢機卿派閥が手を結び、私兵を用いて他国の公爵邸を夜間急襲するなど、明白な『国家反逆および内乱罪』に他なりませんわ」


議場が、轟音のようなパニックに包まれた。


「ば、馬鹿な! 教会まで関与しているというのか!?」 「軍務省の特務班が公爵邸を襲撃しただと……!?」


「黙れ! 黙れェッ!」


軍務卿は血走った目で叫び、演壇を叩いた。


「証拠が何だ! 所詮は紙切れと死体ではないか! この私が、王国に骨を埋めてきたこのアルブレヒトが、帝国と内通などするはずがないだろうがッ!」


「ええ、ですから――最後のピースをご用意いたしましたわ」


ルナが冷ややかに議場の入口を指差した。 近衛兵に両脇を抱えられ、足を引きずりながら引きずり出されてきたのは、両膝を凍結破砕され、青白い顔で震え上がるクライン男爵だった。


「ひ……ヒィィッ……! ア、アルブレヒト閣下……す、すまない……! もう、誤魔化しきれない……! 五年前のアスター領の件も、鉱山の横領も、全部貴方の指示だと……全て証言した……!」


「ク、クライン……貴様ァッ!!」


男爵の自白という決定打が突きつけられた瞬間、軍務卿の膝から力が抜け落ちた。 議事堂の天秤は、完全に傾いていた。 もはや、いかなる権力も、いかなる言い逃れも通用しない。


「――国家反逆罪、敵国通謀罪、ならびに要人暗殺未遂の現行犯」


議長が震える手で木槌を振り下ろした。


「軍務卿アルブレヒト侯爵の爵位を即時剥奪! 身柄を特務牢へ収監し、一族の全財産を差し押さえとする!」


「お、のれ……おのれ、ローゼンバーグの小娘がァァァッ!!」


錯乱したアルブレヒトが懐から隠し持っていた魔導短銃を抜き、ルナへと向けようとした。 騎士たちが叫び、身構える。


――だが。 引き金に指がかかるよりも早く。


キィィィィン……。


議場全体の気温が、一瞬にして数度下がるような、肌を刺す極冷の気配が走った。 アルブレヒトの手首に、不可視の氷結晶針が寸分の狂いもなく深々と突き刺さる。 神経を凍結され、短銃がカランと無力な音を立てて床へ転がり落ちた。


「ぎゃ……あ……ッ!?」


近衛兵たちが一斉に飛びかかり、アルブレヒトの巨体を床へとねじ伏せて手錠を打ち込んだ。


騒然とする議場。 誰も気づいていなかった。 評議場の吹き抜け天井、遥か高みの暗がり――梁の影に、漆黒の外套を纏った十歳の少年が静かに佇んでいたことを。


(……決算、完了)


梁の上から冷徹な視線で見下ろすノアの胸の奥で、【アスター・コア】が青白く、静かに脈動していた。 五年前、父を孤立させ、アスター領を奪い去った王都側の元凶が、いま完全に社会的生命を絶たれたのだ。




閉廷から一時間後。 喧騒の去った議事堂の裏手、人気のない渡り廊下。 秋の冷たい木枯らしが吹き抜ける柱の影で、ルナは歩みを止めた。


「……いつまで隠れていらっしゃいますの、私の死神様」


少女の澄んだ声に応えるように、空間の歪みから音もなく漆黒の影が姿を現した。 ノアは音もなく石畳へ降り立ち、ルナの前に立つ。


「見事な法廷劇だったな、ルナ」


「当然ですわ。……貴方が完璧に証拠を保全し、昨夜の害虫をすべて排除してくださったのですから。負ける要素など、計算のどこにもありませんでした」


ルナはふっと柔らかく、しかしどこか誇らしげに唇を綻ばせた。 そして、ノアの胸元へとそっと視線を落とす。 かつて微かに漏れ出ていた不整脈の歪な魔力配分は跡形もなく消え去り、そこには澄み渡るような絶対零度の完全循環が確立されていた。


「身体の具合は……本当に問題ありませんのね?」


「ああ。【星霊石】との同調率は百パーセント。……魔力の欠損も、器官の破綻も、すべて解消された」


ノアは自らの掌を握り締め、淡々と答えた。 病弱な身体に怯え、他者の魔力を喰らって生き延びる日々は、完全に過去のものとなったのだ。


「なら、よろしくてよ。……ですが、休む暇はございませんわ」


ルナは懐から、先ほどアルブレヒトの私物から回収された、一通の羊皮紙を取り出した。 そこに押されていたのは、光の教会――最高権力者たる『特務枢機卿』の血塗られた蝋印。


「軍務卿の背後にいた教会の首謀者……ザカリー枢機卿。あの方、すでにアルブレヒトを切り捨て、王都の地下水路に眠る古代魔導ラインを強奪するための準備に入っているようですわ」


「知っている」


ノアの瞳の奥で、冷徹な幾何学模様が再び静かに回転を始めた。


「五年前、父上を反逆罪に仕立て上げ、帝国を手引きした教会の黒幕。……軍務省の次は、神の皮を被ったネズミどもだ」


「ええ。……神罰などという生温いものではなく、私たちの冷徹な決算を叩きつけて差し上げましょう」


二人の視線が交錯し、冷たい微笑みが重なる。 王都の腐敗を切り裂く復讐のチェス盤は、いまや軍部を越え、光の教会の深奥へとその刃を向けていた。


いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

貴族院大評議場での軍務卿公開断罪と、王都暗闘編の結着を描いた第64話でした。

勝ち誇る軍務卿に対し、証拠の山とクライン男爵の自白を突きつけて完全に社会的息の根を止めるルナ、そして天井の梁から冷徹に短銃を無力化するノア。二人の表裏一体の連携が完璧に決まった瞬間でした。

心臓の欠損を克服したノアと、王都の実権を握りつつあるルナ。いよいよ物語は第2部――父を陥れたもう一つの元凶「光の教会・ザカリー枢機卿」との全面対決へ突入します!

少しでも楽しんでいただけましたら、ブクマ登録や下部の【☆☆☆☆☆】から応援の評価をいただけますと大きな励みになります! 次回もどうぞお楽しみに!

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