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『記憶を喰らう暗殺者の冷徹な復讐劇』  作者: beck2026
第3章:【白銀の帰還と、零度の心臓 編】

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【第61話:「王都凱旋と、共犯者の蜜月」】

白銀の吹雪が支配していた北方の山嶺から、馬車を乗り継ぐこと丸一日。

ノアの瞳に映る景色は、氷雪の白から、ガス灯の暖色に揺れる王都の石畳へと移り変わっていた。


同時刻、王都から遠く離れたローゼンバーグ公爵領――緑豊かな保護区の領主屋敷。

大きな暖炉の前で、元厨房長のマルタをはじめとする七十名の旧アスター領民たちが、湯気を立てる焼きたてのパンとシチューを口に運んでいた。


「本当に……夢じゃないんだねぇ……」


擦り切れたボロ布の代わりに与えられた、柔らかい羊毛の服。

凍傷を負った足には、公爵専属の治癒魔導士が丁寧に薬を塗り、温かい包帯を巻いてくれている。

何よりも、背後から鉱山警備兵の罵声や鞭の音が飛んでこない。

ただそれだけのことに、子供たちはスープを飲みながら声を上げて泣き、老人たちは組んだ手を離そうとしなかった。


伯爵に連行された数百人もの住民のうち、過酷な強制労働と極寒の環境で命を落とした者は少なくなかった。地獄のような採掘場を最後まで生き延び、アスター家ゆかりの者を中心として無事に脱出を果たせたのは、この七十名だけだったのだ。


「全部、あの子が……ノア坊ちゃんが、私たちを逃がすために命を張ってくださったんだ」


マルタは暖炉の炎を見つめ、胸の前で強く拳を握りしめた。


「アスター家は、滅びてなんかいなかった。若君が生きて、私たちを地獄から連れ出してくださったんだよ……!」


領民たちの瞳に宿ったのは、恐怖への怯えではなかった。

五年の暗闇を切り裂いて光を与えてくれた、小さな主君に対する――絶対的な忠誠と崇拝の念だった。


---


深夜の王都、ローゼンバーグ公爵邸。

最上階に位置するルナの私室の窓ガラスが、音もなくスライドした。

漆黒の外套を纏った小柄な影が、夜風と共に絨毯の上へと音もなく降り立つ。


「――おかえりなさいませ、私の死神様」


カチリ、と上質な陶器のティーカップをソーサーに置く音が響いた。

執務机の奥、豪奢なベルベットの長椅子に腰掛けたルナ・ローゼンバーグが、美しい白磁の顔に極上の笑みを浮かべていた。


部屋の隅に転がされていた継母イザベラは、もはや影すら見当たらない。

公爵家の不正告発書類にすべての実印を押印させられた後、すでに公爵家の厳重な地下離宮へと幽閉された後だった。


「ただいま戻った、ルナ」


ノアはフードを下ろし、冷え切った息を微かに吐き出した。

ルナは自ら椅子を立ち、湯気を立てる琥珀色の紅茶を注いだカップを、ノアの小さな手へと手渡す。

指先が触れ合った瞬間、ルナの瞳が微かに細められた。


「怪我は……本当になさそうですわね。帝国正規軍百二十名を相手に単身で乗り込んで、服の裾一つ焦がさずに戻られるとは。……少しは私を心配させてくださってもよろしくてよ?」


「危険な賭けは最初からしていない。すべての事象は、計算の範疇だった」


ノアは熱い紅茶に口をつけ、喉を潤すと、懐の内ポケットから二つの包みを取り出し、執務机の上へと置いた。


一つは、カルディスで回収した三枚の設計図。

そしてもう一つは――青白く清冽な魔力光を放ち、室内全体の空気を一瞬で引き締める、純白の宝球。


「これは……」


ルナの吸い込まれそうな紫紺の瞳が、わずかに揺らめいた。


「アスター家の至宝、【星霊石(アスター・コアの核)】だ。黒嶺鉱山の古代管制炉より回収した」


「見事ですわ、ノア。……これで、貴方の心臓を満たすためのすべてのパーツが揃いましたのね」


「理論上はな。だが、換装の実行はまだ先だ」


ノアは淡々と続けた。


「父の設計図を解析した結果、他者から奪い取って心臓に継ぎ接ぎした不純な回路をすべて破棄し、この【星霊石】を恒久魔力核として定着させるには、最低でも丸三日間の絶対安静と完全な隔離術式が必要になる。……術式の最中、僕は一切の自衛行動が取れない」


「ええ、重々承知しておりますわ」


ルナは紅茶を口に含み、冷徹な貴族の微笑へと表情を戻した。


「そんな無防備な賭け、私たちが許容するはずがありませんものね。……周囲の害虫をすべてすり潰し、王都に完全な絶対安全圏を確立してからですわ」


「ああ。そのための手土産も、持ち帰ってきた」


ノアの瞳の奥で、幾何学の演算格子が冷たく光った。


「五年前、僕の父を謀殺した帝国特務執行官ガレリアス。……奴の魂から【記憶捕食】で吸い上げた、王国内通者リストの全貌だ」


少年の脳蓋内で、点と点が一本の冷徹な線となって結びつく。


「五年前、アスター家を反逆罪に仕立て上げて孤立させたのは、王都の魔力網を狙った教会のザカリー枢機卿だった。そしてその混乱に乗じ、父を惨殺して心臓魔導技術を強奪する実動部隊となったのが帝国のガレリアスだ。……教会の腐敗と帝国の侵略は、五年前から水面下で結託していた」


ノアが淡々と紡ぎ出す名前と事実。

それは、バルトアンデルス伯爵の背後にいた、王国貴族院の上層部に巣食う売国貴族たちの正確なデータだった。


「帝国内部でアスターの技術略奪を指示していた黒幕は、帝国宰相補佐バルツァー。そして王国貴族院で彼らと通じ、黒嶺鉱山の違法占拠とアスター家襲撃を手引きした筆頭は――王都の防衛物資調達を一手に牛耳る、軍務卿派閥の重鎮、クライン男爵だ」


「クライン男爵……」


ルナの唇が、酷薄な弧を描いた。


「なるほど、辻褄が合いましたわ。先ほど監査部から入った情報でも、クライン男爵はバルトアンデルス伯爵の失脚と帝国軍の敗聞を知り、極度の錯乱状態に陥っているとのことでした。……自らの関与を示す密輸帳簿と裏通信の暗号記録を隠滅するため、王都の闇ギルドへ多額の報奨金をばら撒き、証拠隠滅の暗殺部隊を編成させているようですわ」


「愚かな行動だ」


ノアは冷たく短剣の柄に触れた。


「隠蔽のために動けば動くほど、痕跡という名の計算式は外へ漏れ出す」


「その通りですわ、私の死神様。……クライン男爵は今夜、自邸の地下金庫に保管してある帝国との密書を焼却処分するため、私兵と闇暗殺者を招集しております。彼らは自分たちが証拠を消し去る側だと信じ込んで疑っておりません」


ルナは机の引き出しから、王都警備隊の深夜立ち入り捜査令状を取り出し、印を捺した。


「外堀の法的な檻は、私が用意いたしました。……あとは、自ら罠の真ん中へ飛び込んできた獲物を、貴方が解体する番ですわ」


「了解した。……五年前の未払金、王都側の帳簿も残らず回収する」


避難民七十名を公爵領へ無事に送り届けたシオンとリアの実動班は、すでに王都へ先行潜入し、クライン男爵邸の外周監視網を完了させている。

十歳の暗殺者は、窓の外の暗闇へと再びその身を翻した。

冷たい夜風が、王都の腐敗を切り裂く刃の切っ先を研ぎ澄ませていた。


いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

黒嶺鉱山からの凱旋、そして共犯者ルナとの再会が描かれた第61話でした。

救い出された領民70名が温かい食事に涙し、ノアへの絶対的な忠誠を誓う姿には胸が熱くなりました。そして王都では、互いを完璧に信頼し合うルナとノアの冷徹な密談――。至宝【星霊石】の換装を安全に行うためにも、王都に巣食う害虫を徹底的に掃除する方針が固まりました。

次なる標的は、証拠隠滅に焦る売国貴族筆頭・クライン男爵! 法と刃の両面から追い詰める、王都断罪劇の開幕です。

「ルナ様とのバディ感がたまらない!」「クライン男爵へのざまぁが楽しみ!」と思っていただけましたら、ブックマーク登録や下部の【☆☆☆☆☆】から応援のポイント評価をいただけますと執筆の大きな励みになります!

次回、クライン男爵邸急襲と証拠奪回。どうぞお楽しみに!

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