【第60話:「五年の決算と、真紅の断罪」】
地下第六層――古代中央管制室。 環状魔導炉の中央で青白く脈動する【星霊石】の光が、氷結した石壁を冷たく照らし出していた。
「野郎ども、構うな! ガキ一匹だ、囲んで蜂の巣にしろォッ!」
ガレリアスの狂乱じみた絶叫に呼応し、残存していた重装魔導兵二十名が一斉にライフルを構えて前進した。 極寒の行軍で疲弊しきった兵士たちにとって、目の前の少年を肉塊に変えることだけが生還への唯一の道だった。
だが、ノアは視線すら動かさない。 少年は右足の踵で、足元の幾何学文様が刻まれた古代床盤を一度だけ軽く踏み込んだ。
(管制中枢プロトコル、防衛グリッド励起。……局所指向性氷結)
キィィィィンッ!
甲高い共鳴音が室内に響き渡る。 次の瞬間、突進してきた二十名の兵士たちの足元から、鋭利な氷の結晶槍が無数に突き上がった。 装甲の隙間、足首、膝関節を正確に貫いて縫い止める絶対零度の氷柱。
「ぐ、あぁぁぁッ!? 足が……氷が装甲に食い込んで動けないッ!?」 「通信機、ライフルの弾倉が……凍結破砕していく……!?」
「騒がしい」
ノアの身体がブレた。 【星霊石】と完全に同期したノアの神経伝達速度は、すでに人間の肉体スペックの限界を超越している。 残像すら置き去りにする超高速の踏み込み。
――ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ。
氷晶短剣による三度の連続閃撃。 足止めされた兵士たちの頸動脈、頚椎、心臓部を、ノアはまるで事務作業のように淡々と、ミリ単位の無駄もなく切り裂いていく。 噴き出した血液は空中で一瞬にして赤い氷の結晶へと変わり、床に落ちて涼やかな音を立てた。
わずか十数秒。 帝国の精鋭重装兵二十名は、誰一人として引き金すら引けぬまま、青白い氷像となって全滅した。
「ひ……っ!?」
ガレリアスの喉から、引きつった悲鳴が漏れた。 かつて数々の戦場を血で染め、帝国の特務執行官として畏怖された男の足が、生まれて初めて後ろへと退いた。 目の前に立つのは、血の一滴すら浴びていない十歳の少年。 その瞳は、怒りや憎悪に燃えているのではない。 ただただ、淡々と数式を処理し終えた後のような、底知れぬ無機質な闇を湛えていた。
「な、なぜだ……! なぜ五歳の時、心臓の魔力核すら持たずに震えていた病弱なガキが……こんな化け物に……ッ!?」
「化け物を作ったのは、貴様ら帝国だ」
ノアは一歩、歩みを進めた。
「父の魔力回路を継ぎ接ぎし、奪った命で心臓を動かし続けてきた。……貴様らの都合で殺された者たちの時間が、僕をここまで連れてきたに過ぎない」
「ふ、ふざけるなァッ!!」
恐怖を塗り潰すように、ガレリアスが背中の鞘から一本の長槍を引き抜いた。 刀身に古代ルーンが刻まれた、真紅の魔導槍。 超高熱の魔力蒸気を噴き出しながら、赤黒い光が空洞を焼き焦がす。
「死ねェッ! あの役立たずの父親と同じようになァッ!!」
ガレリアスが跳躍した。 五年前、アスター卿の胸を貫き、命を奪った時と寸分違わぬ刺突の軌道。 音速を超えて繰り出された真紅の穂先が、ノアの心臓めがけて一直線に穿たれる。
だが――。 ノアの瞳の奥で、幾何学の演算格子が静かに収束した。
(刺突角度、マイナス十四度。到達予想時間、零点二秒。……五年前の記憶データと完全一致)
ノアはわずかに上体を半歩捻った。 真紅の槍先が、ノアの外套の襟元をわずかに掠めて虚空を突き抜ける。
「な……躱した、だと――!?」
「五年間、父の胸を貫いたその軌道を、僕が何千万回脳内で再生したと思っている」
空振りし体勢の崩れたガレリアスの槍の刀身へ、ノアの左手の氷晶短剣がそっと添えられた。 千五百度を超える超高熱を宿す真紅の魔導槍。 そこへ、ノアの心臓から直結した絶対零度の魔力が流し込まれる。
――ピキィィィィンッ!!
熱衝撃脆化。 凄まじい甲音と共に、帝国の至宝と謳われた魔導槍が、まるで飴細工のように粉々に砕け散った。
「ぐ、あぁぁッ!?」
衝撃波で吹き飛ぶガレリアス。 だが、ノアは追撃の手を緩めない。 氷の短剣が反転し、跪こうとしたガレリアスの両肩の腱、そして両足の膝蓋骨を寸分の狂いもなく刺し貫いた。
ゴキッ、メキメキッ!
「ぎゃああああああっ!!」
四肢の自由を完全に奪われ、ガレリアスは自らの血だまりの上に四つん這いで崩れ落ちた。 傷口は瞬時に凍結され、出血死すら許されない。 激痛と極冷の責め苦に喘ぎながら、執行官は脂汗を流して見上げた。
ノアが静かに歩み寄り、ガレリアスの頭上へ氷の切っ先を突きつけた。
「た、助けてくれ……! 頼む、金ならいくらでもやる! 帝国の爵位も、領地も手配してやる! 私を殺せば、帝国軍が総力を挙げて貴様を追撃するぞ……ッ!」
見苦しく命乞いを繰り返す仇敵を見下ろし、ノアは淡々と告げた。
「五年前、命乞いをする屋敷の使用人たちを前に、貴様は笑いながらこう言ったな」
ノアの声は、冷酷なまでに平坦だった。
「――“弱者は強者の糧となるのが世界の理だ”。……覚えているか?」
「ひっ……!?」
「ならば、貴様が僕の糧になることもまた、貴様の信じる理のはずだ。……これより、五年前の損害に関する決算を執行する」
ノアの冷たい左手が、ガレリアスの頭頂部を鷲掴みにした。
「【記憶捕食】」
ドチュゥゥッ!
生体魔力と神経パルスを強引に吸い上げる異音が響く。 ガレリアスの身体が弓なりに反り上がり、白目を剥いて痙攣した。
ノアの脳蓋内へ、帝国特務機関の最重要機密が奔流となって流れ込んでいく。
(……帝国内部でアスターの技術回収を指示した黒幕。帝国宰相補佐、バルツァー卿) (……バルトアンデルスと共謀していた王国貴族院の売国貴族リスト。筆頭、軍務卿派閥の三名) (……そして、帝国の新型魔導要塞計画の全貌)
五年分の因縁の記憶、帝国中枢を揺るがす特級機密のすべてを、ノアはその深淵の頭脳へと完全に納め終えた。
「回収、完了」
ノアが手を離すと同時に、生体魔力を一滴残らず吸い尽くされたガレリアスの肉体は青白く凍りつき、微かな風に吹かれてサラサラと白い氷の塵へと風化し、完全に消滅した。
静寂が、地下第六層を満たしていた。 立ち並ぶ氷像と、静かに明滅する古代の魔導炉。 ノアは胸元に手を当て、深く息を吐いた。
五年前、奪われたすべて。 父の命、故郷の誇り、奪われた領民の自由。 その第一段階の復讐が、今この瞬間、完璧な計算のもとに清算されたのだ。
「……終わりました、父上」
ノアの微かな呟きが、誰もいない大空洞に吸い込まれていく。 その時、管制卓の上に置かれていた青い通信水晶が、微かな光を帯びて震動した。
『――聞こえますこと、ノア?』
透き通るような、ルナ・ローゼンバーグの涼やかな美声だった。
『南麓より急報が入りましたわ。避難民七十名、全員が無傷で公爵領の保護区へ到着。……さらに貴方の手引き通り、貴族院監査部と帝国大使館へ突きつけた告発状が正式に受理されました』
通信の向こうで、ルナが満足げに微笑む気配が伝わってきた。
『帝国正規軍の独断越境と不法占拠は国際問題となり、王都の売国貴族どもは今や蜘蛛の子を散らすようにパニックに陥っておりますわ。……外堀はすべて埋め尽くしました。貴方の席を用意して待っておりますわよ、私の死神様』
ノアの唇の端が、ほんの微かに緩んだ。
「了解した。……これより黒嶺鉱山を完全封鎖し、王都へ帰還する」
ノアは中央管制炉の台座へ歩み寄り、青白く脈動する【星霊石】へとそっと手を伸ばした。 カチリ、とロックが外れる微小な音と共に、純白の宝球を台座から取り外し、内ポケットへと静かに収める。 鉱山を満たしていた蒼い光がふっと落ち着き、古代の防衛機構が静かな休眠状態へと移行していった。
少年は二振りの氷晶短剣を鞘へと収め、沈黙した中央管制室へ背を向けた。 復讐のチェス盤は、いまや極寒の雪嶺を離れ、謀略渦巻く王都の中枢へとその舞台を移そうとしていた。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
五年前の仇敵・特務執行官ガレリアスとの最終決着、そして父の仇の完全断罪が描かれた第60話でした。
かつて父を貫いた真紅の槍を冷徹に見切り、熱衝撃脆化で粉砕するノア。ガレリアス自身の傲慢な言葉をそのまま突き返して【記憶捕食】で消滅させるシーンは、執筆していて最も熱が入ったカタルシスポイントです。
至宝【星霊石】を取り戻し、領民70名も救出完了。これにて黒嶺山脈を巡る奪還戦は完全決着となります! 次回からは、奪い取った機密を手に、王都の売国貴族どもを締め上げる新たな復讐の舞台が幕を開けます。
「ガレリアスへの仕返しが最高にスカッとした!」「ルナ様との連携に痺れた!」と思っていただけましたら、ブックマーク登録や下部の【☆☆☆☆☆】から応援のポイント評価をいただけますと執筆の大きな励みになります!
次回、王都凱旋と新たな獲物。どうぞお楽しみに!




