【第24話:「泥棒のロジックと、極まる捕食」】
ヒュガッ、と空気を切り裂くような鋭い音が鳴る。
ノアの顔の横わずか数ミリを、白木の杖が通り過ぎた。打撃の軌道に乗せて無詠唱で放たれた光の散弾が、ノアの背後の石壁をハチの巣のように穿ち、パラパラと石の粉塵が降り注ぐ。
「……チッ」
ノアは舌打ちとともに身を低く沈め、暗殺者のステップで斜め後方へ跳躍した。
だが、その着地点を正確に予測していたかのように、筆頭執行官は滑るような足運びで肉薄し、杖の石突でノアの心臓を的確に突いてくる。
「どうしました、子羊よ。逃げてばかりでは、神の奇跡に触れることはできませんよ」
穏やかで慈愛に満ちた笑みを崩さず、執行官は息を吐くように極大のレーザーを放つ。
ノアは両手に生成した極厚の氷の盾でそれを受けるが、数万度に圧縮された光の熱量は瞬く間に氷を蒸発させ、ノアの身体を後方へと弾き飛ばした。
ズザーッ、と靴底を滑らせて体勢を立て直すノアの息が、わずかに上がる。
強い。純粋に、一切の無駄がない。
【冥界神の捕食】で聖騎士から光の魔法を奪ったとはいえ、ノアがその力を手にしてからまだ数日しか経っていない。対して目の前の執行官は、数十年にわたり光の魔法と体術だけを極め抜いてきた本物の達人だ。
正面からの撃ち合いや、純粋な魔法の錬度で勝負すれば、いずれジリ貧になって押し負けるのはノアの方だった。
「諦めなさい。悪魔の泥棒が、神の光を極めた私に勝てる道理はありません」
執行官は杖を優雅に構え直し、トドメとばかりに周囲の空間に無数の光の球体を浮かび上がらせた。全方位からの無詠唱レーザーによる飽和攻撃。回避する隙間など、どこにもない。
だが。
追い詰められたはずのノアの深海の瞳には、焦りどころか、底知れぬほど冷たく、残酷な理知の光が宿っていた。
「……泥棒が、達人に勝てないだと?」
ノアは姿勢を低くしたまま、両手を地面の石畳へと叩きつけた。
「なら、泥棒らしい汚い使い方を見せてやるよ」
瞬間、ノアの掌から規格外の【氷結魔力】が爆発的に広がり、地下空間の空気中の水分を一気に凍結させた。
だがそれは、敵を攻撃するための氷の刃でも、防御のための壁でもなかった。
ノアが空間にばら撒いたのは、極限まで薄く、そして細かく砕かれた『無数の氷の粉塵』――すなわち、空中に漂う数万枚の【極小の鏡】である。
「無駄な足掻きを。そのような目眩ましなど、神の威光の前には――」
「光を撃つのは俺だ、三流」
執行官が放つ全方位レーザーよりもコンマ数秒早く。
ノアは、空中にばら撒いた氷の粉塵の『ど真ん中』に向けて、聖騎士から奪い取った【純白の光の魔力】を最大出力で『炸裂』させた。
カッ!!!!!!!
地下の閉鎖空間において、最大火力の光が、数万の氷の鏡に一斉に乱反射する。
それは攻撃を目的としない、純粋な『フラッシュバン(閃光弾)』だった。
太陽を直接眼球に押し付けられたかのような、絶対的な白。執行官の視界は一瞬にして完全に焼き切れ、彼が放とうとしていた全方位レーザーの狙いも魔力の制御も、激しい動揺によって霧散した。
「ぐっ、あああああッ!? 貴様、神の光を……ただの目眩ましに使うなど……ッ!!」
ずっと慈愛の笑みを張り付けていた執行官の顔が、怒りと屈辱で醜くグチャグチャに歪む。
神の奇跡である光の魔法を、ただの『物理的な目潰し』という泥臭い暗殺の道具として使う。そのあまりにも合理的で冒涜的な発想は、狂信者の常識を完全に破壊した。
「神聖視しすぎなんだよ、カルト野郎。魔力はただの『道具』だ」
視覚を奪われ、狂信の仮面が剥がれ落ちた達人の背後。
光の乱反射の中を、自らも目を閉じ『音と気配』だけで完全に透過するように回り込んだノアが、音もなくそこに立っていた。
右手に握られているのは、極寒の魔力を限界まで圧縮した氷の暗殺刃。
「――っ!? どこだ、どこにい――」
「地獄で神様に祈ってな」
閃刃。
ノアの氷の刃が、無防備な執行官の首の動脈を完璧な軌道で深く薙ぎ払った。
「が、は……ッ」
大量の血飛沫が純白の法衣を汚し、極め抜かれた達人は、自分が何をされたのかも完全に理解できないまま、その場にどさりと崩れ落ちた。
完全に事切れる直前。ノアはその金髪の頭を鷲掴みにし、深海の瞳を冷酷に光らせた。
「【冥界神の捕食】」
ズチャァッ、と黒い泥のような魔力が執行官の頭部を包み込む。
狂信者の脳内に蓄積されていた『無詠唱の技術』、『魔力圧縮のロジック』、そして『達人の体術』が、次々とノアの血肉として上書きされ、喰らい尽くされていく。
「……なるほど。無詠唱のコツは、魔力回路のショートカットか。悪くない手土産だ」
先ほどまでの強敵の骸をゴミのように蹴り捨て、ノアは奪い取ったばかりの無詠唱魔法で、自身の服に付いた血をパッと光炎で焼き払った。
圧倒的な格上の達人を、純粋な戦術と冒涜的な発想でハメ殺し、さらにその力を奪い取って限界突破を果たす。
これが、アスターの亡霊たる暗殺者の真骨頂だった。
「さて……表の掃除も順調なようだしな」
懐の通信機から、微かにルナの指示を飛ばす声と、東区を制圧していく夜鴉たちの歓声が聞こえる。
ノアは一つ深呼吸をすると、廃棄区画の奥深く、いよいよ暴走する【星天の羅針盤】が鎮座する最終制御室の重厚な扉へと、静かに手をかけた。
最強の共犯者たちによる復讐劇の第一幕。その真の標的である枢機卿ザカリーとの対峙が、目前に迫っていた。
お読みいただきありがとうございます!
今回は、無詠唱と体術を極めた「純粋な最強の人間」との決着戦でした。
真正面から撃ち合えば絶対に勝てない達人に対し、ノアが取った戦術は「氷の鏡と光の魔法を組み合わせたフラッシュバン(閃光弾)」。
神の奇跡を物理的な目潰しとして使うという、暗殺者ならではの泥臭くも合理的な戦い方を描かせていただきました。
狂信者の仮面が剥がれ落ちる瞬間と、一切の容赦なく敵の技術(無詠唱)を喰らい尽くすノアの冷徹さ。ダークヒーローとしての容赦のなさを楽しんでいただけていれば嬉しいです!
もし「フラッシュバンの発想好き!」「達人の技術までパクるの最高!」「ノアの暗殺者ムーブたまらん!」と少しでもワクワクしていただけましたら、
ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】から星を入れて応援していただけると、今後の執筆のめちゃくちゃ大きなモチベーションになります!
次はいよいよ第一幕のボス、枢機卿ザカリーとの対峙です。暴走する羅針盤の前で何が起こるのか。引き続きよろしくお願いいたします!




