第21話:「勝利の美酒と、狂信者の生贄」
王都東区の防衛戦から夜が更けた頃。
ローゼンバーグ公爵邸の私室にて、ルナは銀の燭台に灯された柔らかな光の中で、ガラスのグラスに深紅のワインを注いでいた。
「……お疲れ様、私の最強の共犯者」
ルナはグラスを一つ手に取り、静かに部屋の窓辺へ歩み寄る。
闇の中から音もなく滑り込んだノアは、濡れたような黒いスーツのまま、彼女から差し出されたグラスを受け取った。
「東区の教会の別働隊は、一匹残らず焼き払った。夜鴉たちも致命傷はない」
「よくやったわ。あなたが裏路地で教会の狗どもを蹂躙してくれたおかげで、私の『表の芝居』も完璧に成立したわよ」
ルナの唇に、艶やかで冷徹な笑みが浮かぶ。
大通りで国家騎士団を論理と権力で足止めし、裏ではノアが教会の戦力を物理的に粉砕する。これ以上ないほど美しく嚙み合った役割分担により、教会の先制攻撃は見事に完封されたのだ。
「これで、王宮の会議に出る大義名分ができたわ。『証拠もなく領地に軍隊を侵攻させた教会の越権行為』。これを糾弾すれば、枢機卿ザカリーを政治的に完全に追い詰めることができる。……ざまあみろって感じだわ」
ルナはグラスを軽く傾け、ノアのグラスへとカチンと当てた。
静かな室内に、美しいガラスの響きが広がる。
戦いの後の静寂。互いの目的のためにすべてを賭け、国家という巨大な敵を相手に互角以上に渡り合っているという実感が、二人の間の歪で強固な共依存関係(愛憎)をさらに深く満たしていく。
ノアは赤ワインを一口含むと、深海の瞳を細めてルナを見つめた。
「お前の政治的な一手で、奴らの首を締め上げてくれ。……残りの邪魔な肉は、すべて俺が喰らい尽くしてやる」
「ええ、任せてちょうだい。明日には、あの白豚どもの顔色を変えてみせるわ」
翌日。王宮の最高評議会。
重厚な大扉が開き、ルナ・ローゼンバーグが国家の重鎮たちが座る大広間へと足を踏み入れた。
そこには、教会の威光を背負った枢機卿ザカリーの姿もあった。
ザカリーは、東区の防衛戦で別働隊が全滅したという報告を受けながらも、その表情には微塵も動揺の色を見せず、むしろ不敵な笑みを浮かべていた。
「――よって、ローゼンバーグ公爵家に対する教会の武力行使は、明白な貴族法違反であり、王権への挑戦にほかなりません。枢機卿ザカリー、あなたに弁明の余地はありますか?」
ルナの凛とした声が、評議会の間に響き渡る。
彼女が提示した証拠と論理的な弾劾の前に、教会の息がかかった貴族たちも言葉を失い、ザカリーを冷ややかな目で見ていた。
王都の表社会において、完全にルナの『政治的勝利』が確定した瞬間だった。
だが。
「……お見事ですね、ローゼンバーグの小娘よ」
ザカリーは低い声で呟くと、ふっと不気味な笑みを浮かべた。
その瞳には、敗者の焦りなど微塵もなく、狂気に満ちた底知れぬ冷気が宿っていた。
「法と政治の場で私を追い詰めたつもりか? 愚かなことだ。……神の奇跡を舐めた代償がどういうものか、今夜、王都全体に教えてやろう」
「……なっ、何を――」
ルナが眉をひそめた瞬間、ザカリーは評議会の場を無視して、大股で扉の外へと去っていった。
その頃。光の教会、大聖堂の最下層。
聖域の奥深くに隠された、王都の魔力網の心臓部――【星天の羅針盤】の巨大な制御室。
政治的に追い詰められ、アスターの亡霊の存在に極限の恐怖と怒りを覚えたザカリーは、ついに一線を越えた。
「鍵がないだと? 人工的な魔力源が潰されただと? ……ならば、神の意志を顕現させるための『触媒』を生み出せばいいだけの話だ」
ザカリーの背後には、恐怖に顔を歪めた数十人の『下級異端審問官や信者たち』が、拘束された状態で転がされていた。
「ひ、枢機卿様……! なぜ私たちを……っ!?」
「光栄に思え。貴様らのその命は、我が教会の神聖なる支配を永遠のものとするための『生贄』なのだ」
ザカリーが冷酷に手を振り下ろすと、異端審問官たちが魔導陣へと次々と投げ入れられた。
「ぎゃああああああああっ!!!」
人間の肉体が溶け、その生命エネルギーと呪詛が、羅針盤の強制起動スイッチへと流れ込んでいく。
倫理も法も投げ捨てた、狂信者による最上品の人身御供。
ドォォォォンッ!!!
王都の地下深くから、世界を揺るがすような地響きが轟いた。
直後、王都の夜空へと向かって、禍々しいまでに眩い『巨大な光の魔法陣』が突き抜けるように展開された。
街全体の魔力が異常な数値で暴走し、空気そのものが震え出す。
勝利の美酒に酔っていたルナも、東区のアジトで異変を察知したノアも、同時におぞましい気配の方へと顔を向けた。
政治的勝利を嘲笑うかのように、教会が放った禁じ手。
王都全体を巻き込む、破滅のカウントダウンがいま動き始めた。
お読みいただきありがとうございます!
前半では、東区防衛戦の勝利を祝うノアとルナの「甘くて歪んだ祝杯(共依存の深化)」を描き、さらに翌日の王宮会議でルナがザカリーを政治的に追い詰めるという、最高のカタルシスをお届けしました。
しかし、それを余裕でひっくり返すのがダークファンタジーの黒幕。
追い詰められたザカリーは、部下を生贄にして【星天の羅針盤】を強制起動させるという最悪の自爆テロ(禁じ手)に踏み切りました。
王都の空に浮かぶ巨大な魔法陣の正体とは……!?
もし「ルナの政治無双気持ちいい!」「ザカリーのキレっぷりやばい!」「次回の展開が気になる!」と思っていただけましたら、
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次回、暴走する羅針盤を止めるため、ノアたちが再び動き出します。お楽しみに!




