第20話:「表の盾と、光を喰らう悪魔」
空が白み始めた王都東区のメインストリート。
普段ならば商人の荷馬車が行き交い、活気に満ち始めるはずのその大通りは、鼓膜を打つ重々しい金属音と、異様なほどの緊張感に支配されていた。
「――全軍、停止っ!」
怒声のような号令と共に、大通りを埋め尽くしていた数百の軍勢が歩みを止める。
純白の法衣に身を包んだ光の教会の異端審問官たちと、その要請によって動員された銀色の甲冑を鳴らす国家騎士団の合同軍。枢機卿ザカリーが発令した『大規模な異端狩り』という大義名分のもと、王都東区を物理的に制圧し、不穏な分子を根絶やしにするための一大軍事作戦である。
だが、その圧倒的な数の暴力は、東区の入り口に引かれた一本の境界線を前に、完全に足止めを食らっていた。
「……ここから先は、ローゼンバーグ公爵家の私有地よ。神の犬風情が、泥だらけの足で踏み入る気かしら?」
大通りの真ん中。
軍勢を迎え撃つように立ち塞がっていたのは、豪奢な漆黒のドレスを纏い、優雅に扇子を揺らす一人の少女だった。
ルナ・ローゼンバーグ。
彼女の背後には、ローゼンバーグ公爵家の紋章を掲げた私兵たちが、抜刀した状態で一歩も引かずに立ち並んでいる。
「公爵令嬢……! 我々はザカリー枢機卿猊下の命により、この東区に潜む異端者の捜索に参った! 教会の、ひいては神の意志である! 直ちに道を空けられよ!」
「神の意志? 笑わせないでちょうだい」
国家騎士団の部隊長が声を荒らげるが、ルナは扇子越しに氷のように冷たい視線を向け、鼻で嗤った。
「ここは我が公爵家が管理する経済特区よ。確たる証拠もなく、大軍を率いて貴族の領地に押し入るなど、明確な『ローゼンバーグ公爵家への武力侵略』とみなすわ。……もし一歩でもその足を踏み入れたら、国家への反逆者として、あなたたちの首を広場に晒すことになるけれど。覚悟はできていて?」
「なっ……! 貴様、教会を敵に回す気か!」
「法と秩序を守れと言っているのよ、愚鈍な犬」
絶対的な身分と、論理的な正論。
何より、ルナ自身から放たれる底知れぬ『悪逆令嬢』としての威圧感に気圧され、騎士団長は奥歯を噛み締めて立ち尽くすことしかできなかった。
ルナがここで彼らを足止めしている理由は一つ。
大通りに敵の目を釘付けにし、自分のたった一人の共犯者が、裏路地で『極上の狩り』を楽しむための時間を稼ぐためだ。
その頃。
ルナが睨み合いを続けている大通りの裏側。東区の入り組んだ路地裏や下水道を通って、密かに街の内部へと侵入しようとしていた教会の別働隊(およそ五十名の異端審問官)は、まさに地獄絵図の中にいた。
「ひぃぃっ! ば、化け物……っ!」
「どこだ!? どこから攻撃してきている!」
迷路のように入り組んだスラムの路地裏。
そこは、バルガス男爵から利権を奪い取ったノア直属の暗殺部隊【夜鴉】にとって、完全に構造を把握し尽くした彼らの『庭』だった。
「第三小隊、全滅! ま、魔法の詠唱が間に合いません!」
悲鳴が上がる。
教会の魔術師が光の炎を放とうと息を吸い込んだ瞬間、頭上の屋根から音もなく飛び降りてきた小柄な影――リアの短剣が、その喉笛を正確に切り裂いた。
別の兵士が剣を抜いて応戦しようとするが、死角の路地裏から飛び出してきた巨漢の少年――シオンの丸太のような蹴りが、兵士の膝の関節を無慈悲に粉砕する。
「慌てるな。確実に殺せ。魔法を使われる前に物理で潰せ」
路地裏の屋根の上から、リーダーであるアッシュが冷徹に指示を飛ばす。
二十四名の夜鴉たちは、一切の感情を交えず、ただノアから教わった『暗殺のロジック』を忠実に実行していた。地の利を活かした奇襲、連携、そして一撃離脱。
神の奇跡を過信し、正面からの戦闘しか知らない教会の兵士たちは、王都の闇に生きる子供たちのゲリラ戦術の前に、次々と血の海に沈んでいった。
「ええいっ、忌々しいドブネズミどもめ!!」
半数以上の部下を瞬く間に殺され、業を煮やした別働隊の指揮官が、怒り狂って叫び声を上げた。
「辺り一帯を聖なる炎で焼き払え! スラムのゴミ共ごと、一匹残らず消し炭にしてくれるわ!!」
生き残った数名の魔術師が一斉に杖を構え、周囲の空気が異常な熱を帯び始めた、その瞬間だった。
『――随分と物騒だな。神の代行者とやらが、ずいぶんと安っぽい炎を吐く』
虚空から、一切の感情を持たない冷たい声が響いた。
直後、空気を凍らせるような極寒の魔力が路地裏に満ち、魔術師たちの杖の先端に灯っていた熱が一瞬にして掻き消される。
「なっ……! 貴様、何者だ!?」
路地裏の中央。
いつの間にかそこに立っていたのは、漆黒のスーツを纏った深海の瞳の少年だった。
ノア・アスター。夜鴉たちにとっての絶対的な神であり、教会にとっての最悪の死神。
「死ね、闇の悪魔ァッ!!」
狂乱した指揮官が、隠し持っていた魔石を砕き、命と引き換えにするほどの巨大な『純白の光炎』をノアに向けて放った。
路地裏の石畳をドロドロに溶かしながら迫る、絶対的な神の浄化。
だが、ノアは微塵も動かない。
炎が彼を包み込もうとした瞬間、ノアはゆっくりと右手を前に突き出した。
「【冥界神の捕食】。――展開」
ノアの掌から放たれたのは、教会の放った炎と全く同じ、いや、それ以上に高密度で純粋な『純白の光炎』だった。
衝突した二つの光。だが、結果は火を見るより明らかだった。ノアの放った光炎が、指揮官の炎を容易く喰い破り、そのままの勢いで教会の兵士たちへと襲いかかる。
「ば、馬鹿な……ッ! なぜ異端の悪魔が、我らと同じ『神聖なる光の魔法』を……ギャアアアアアッ!?」
「……神の力は、使い勝手がいいな」
ノアは冷酷に嗤った。
数日前に首をへし折って喰らった【聖騎士】の記憶。そこから得た『光の魔力の運用技術』を、ノアはすでに完全に己の血肉としていたのだ。
神の力を奪い、その神の力をもって、神の信徒たちを焼き殺す。
これ以上ないほど残酷で、完璧な復讐のロジック。
「あ、あ、あああ……許して、くれ……っ」
「五年前、俺の親は許されなかったがな」
自分たちが信奉する絶対的な『光』によって焼かれ、絶望の中で這いつくばる教会の兵士たち。
ノアは一切の容赦なく、その深海の瞳で彼らを見下ろしながら、次々と純白の炎で断罪していく。
大通りでルナが表の権力を盾に軍勢を釘付けにし。
裏路地では、ノアと夜鴉たちが教会の別働隊を文字通り『塵一つ残さず』蹂躙していく。
最強の共犯者たちによる、完璧な防衛戦(殺戮)。
王都東区の市街戦は、光の教会にとって、過去に例を見ないほどの致命的な大敗北となって幕を開けたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
ついに第20話! 大規模な市街戦の幕開けです!
表の大通りではルナ様が「公爵家の権力」をフル活用して国家騎士団を足止めし、その裏でノアと夜鴉たちがゲリラ戦で敵をボコボコにするという、二人の完璧な役割分担を描きました。
そして最大のカタルシスは、ノアが「敵の魔法(光炎)を使って敵を焼き殺す」という皮肉すぎる蹂躙劇です!
聖騎士から記憶と一緒に戦闘技術まで奪い取っていたノア。まさに「過去を喰らう魔法」の真骨頂ですね。
もし「ルナ様の論破気持ちいい!」「敵の技で無双するノア最高!」「文字数多くて読み応えあった!」と思っていただけましたら、
ページ下部の【☆☆☆☆☆】から、星を入れて応援していただけると、今後の執筆のめちゃくちゃ大きな励みになります!
次回、この大敗北を知ったザカリー枢機卿はどう動くのか……!?
引き続きよろしくお願いいたします!




