第15話:「神の失敗作と、悪魔の契約」
王都の地下深く。
分厚い石造りの壁に囲まれた教会の隠し研究施設には、鼻をつく薬品の臭いと、むせ返るような血の匂いが充満していた。
「――第十三号の被検体、心肺停止。やはり、一度に三つの魔石を埋め込むのは耐えられないか」
「チッ、また失敗か。死体は焼却炉へ放り込んでおけ。次のモルモットを檻から出せ」
純白の法衣の上に、血に汚れた白衣を羽織った神官たちが、冷酷な声で指示を飛ばす。
部屋の奥に並べられた鉄格子の檻の中では、薄汚れたボロ布を纏った数十人の孤児たちが、次に解剖台へ乗せられるのが自分ではないかと、身を寄せ合ってガタガタと震えていた。
彼らは皆、孤児院から「神の御言葉を授ける」という名目で連れてこられた子供たちだ。
だがここで待っていたのは、生きたまま肉体を切り裂かれ、西の鉱山で採れた『魔石』を体に埋め込まれるという、地獄のような人体実験だった。
「……ん? おい、外の警備兵たちはどうした。さっきから妙に静かではないか?」
主任研究員である恰幅の良い神官が、ふと異常な静寂に気づき、眉をひそめた。
分厚い鉄扉の外には、常に数十人の武装した教兵が立ち、巡回しているはずだ。鎧の擦れる音も、足音一つ聞こえないのはおかしい。
神官の一人が不審に思い、分厚い鉄扉の覗き窓から外の通路を覗き込んだ。
「ひっ……!?」
神官は短い悲鳴を上げ、腰を抜かして尻餅をついた。
「どうした! 何があった!」
「こ、凍って……っ! 外の兵が全員、氷漬けに……っ!!」
主任研究員が舌打ちをし、自ら鉄扉の鍵を開けて外を確認しようとした、その時だった。
――バキンッ!!
分厚い魔力鋼で作られたはずの鉄扉が、まるで薄いガラスのように粉々に砕け散った。
「なっ!?」
粉塵と極寒の冷気が施設内に吹き込み、室内の気温が一瞬にして氷点下まで叩き落とされる。
舞い散る氷の結晶と闇の中から、静かな足音を立てて『それ』は現れた。
漆黒のスーツを纏った、十歳の少年。
返り血の一滴すら浴びていないノアは、部屋の惨状と解剖台の上の遺体を感情の読めない深海の瞳で見据え、静かに口を開いた。
「……ここが、神聖なるゴミ溜めか」
「き、貴様は何者だ! ここを教会の施設と知って――」
「死人に名乗る名前はない」
ノアが床を軽く蹴った瞬間、足元から凄まじい速度で【氷結の魔力】が走り抜けた。
悲鳴を上げる間もなく、手前にいた三人の神官たちの足から首元までが分厚い氷に包まれ、その命の活動を強制的に停止させられる。
「ひぃぃっ!! ば、化け物め! 『キメラ』を出せ! 侵入者を食い殺させろ!!」
パニックに陥った主任研究員が、部屋の最奥にある巨大なレバーを引いた。
ガランッ、と重々しい音を立てて、壁と一体化していた巨大な鋼鉄の檻が開く。
中から這い出してきたのは、もはや人間の原型を留めていない『異形の怪物』だった。
複数の孤児の死体と獣の肉を繋ぎ合わせ、その全身に異常な数の魔石を埋め込まれた失敗作。体長三メートルを超えるその怪物は、咆哮と共に天井を震わせ、巨腕を振り上げてノアへと襲いかかった。
「見よ! これこそが神の奇跡! 貴様など一瞬で肉塊に――」
主任研究員が狂ったように叫ぶが、ノアの瞳には微塵の恐怖もなかった。
「……これが奇跡だと? 虫唾が走る」
ノアは回避すらしない。
振り下ろされる丸太のような巨腕に向かって、ノアは真っ向から踏み込んだ。
かつて路地裏の暗殺者から簒奪した、魔力鋼すらへし折る【狂気的な筋力】。
ノアはキメラの巨腕を素手で真正面から受け止めると、ミシッ、と嫌な音を立ててその進行を完全に停止させた。
「ば、馬鹿な!? 力負けしているだと!?」
「こんな醜い肉塊に頼らなきゃ生きられないのが、お前たちの神様か」
ノアは冷酷に嗤うと、キメラの腕を掴んだまま、その巨大な胸板(魔石の核がある場所)へと強烈な掌底を叩き込んだ。
「【氷結破砕】」
掌から注入された絶対零度の魔力が、キメラの体内に埋め込まれた魔石と内臓を瞬時に凍結させる。
直後、ノアは一切の容赦なく、凍りついたキメラの胸部へ向けて渾身の回し蹴りを叩き込んだ。
ドゴォォォォンッ!!
爆音と共に、キメラの巨体が内側から弾け飛び、無数の氷の破片と化して研究室中に散らばった。
魔法と暴力を完璧なロジックで融合させた、絶対的な蹂躙。
それは戦闘ですらなく、ただの『解体作業』だった。
「あ、あ、あああ……っ」
唯一残された主任研究員が、恐怖に顔を歪め、後ずさりしながら床にへたり込む。
ノアは音もなく歩み寄ると、その顔面を無造作に掴み上げた。
「許し、て……私はただ、枢機卿ザカリー様の命令で……っ!」
「安心しろ。お前の雇い主も、すぐに同じ地獄へ送ってやる」
ボキッ、という乾いた音が響き、教会の非道な研究は、十歳の少年の手によって完全に終わりを告げた。
***
静寂を取り戻した研究施設。
ノアは血濡れた手袋を外し、部屋の奥で固まっている孤児たちの『檻』の前に立った。
子供たちは怯えていたが、その瞳の奥には、彼を「恐怖の対象」として見る色とは違う、ある種の「熱」が宿っていた。
自分たちを地獄の底へ突き落とした憎き神官たちと怪物を、たった一人で、一瞬にしてゴミのように粉砕した黒衣の少年。
彼らの目には、ノアの姿が『神よりも頼もしい、絶対的な力を持つ悪魔』として映っていたのだ。
ノアは檻の錠前を素手で掴み、力任せにねじ切って鉄格子を開け放った。
「……お前たちの神様は死んだ」
ノアは怯える子供たちを見下ろし、慰めの言葉も、優しい同情も一切かけなかった。
「ここはもうすぐ崩落する。ただ外に逃げても、お前たちは魔石の毒で死ぬか、再び教会に捕まって解剖されるだけだ」
事実だった。
彼らの体にはすでに実験の痕跡があり、真っ当な社会では生きていけない。
「ここで惨めに泣き喚いて死ぬか。……それとも、俺の手足(牙)となって、あいつらを殺しに行くか。今ここで選べ」
それは、あまりにも残酷で、冷徹な選択の強要。
だが、その言葉は、絶望の底にいた孤児たちの心に燻っていた『教会への底知れぬ憎悪』に、強烈な火をつけた。
数秒の沈黙の後。
一番年長と思われる、腕に魔石の痣がある傷だらけの少年が、ふらつく足で立ち上がり、ノアの前に歩み出た。
そして、躊躇うことなく、ノアの足元に深く跪いた。
それに続くように、次々と孤児たちが檻から這い出し、黒衣の少年の前に傅いていく。
「……いい目だ。その憎悪を忘れるな」
ノアは彼らを見下ろし、深海の瞳に昏い満足感を浮かべた。
教会にすべてを奪われた者たちによる、神への反逆。
この日、王都の地下深くの暗闇の中で、のちに国家の裏側を支配することになる最強の暗殺部隊――ノア直属の『影』が、静かに産声を上げたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
ノアの単独カチコミ回、いかがでしたでしょうか。
教会の生み出したキメラを、魔法と物理のロジックで粉砕するノア。彼はもはや暗殺者の枠を超え、理不尽なまでの「暴力の化身」となりつつあります。
そして、ついに結成されたノア直属の「影の部隊」。
優しい言葉で救うのではなく、圧倒的な力と「復讐という目的」で彼らを束ねるノアの姿は、ダークファンタジーの主人公としてのひとつの完成形かもしれません。
実験を生き抜いたこの子供たちが、ノアの指導でどのような暗殺者に育っていくのかも、今後の見どころです!
もし「キメラ瞬殺かっこいい!」「ボスとしてのノアのカリスマ最高!」「影の部隊の活躍が楽しみ!」と少しでも思っていただけましたら、
ページ下部の【☆☆☆☆☆】から、星を入れて応援していただけると、今後の執筆のめちゃくちゃ大きな力になります……!
次回、回収した子供たちを連れてルナの元へ凱旋します。お楽しみに!




