第13話:「白き処刑人と、冥界の捕食」
バルガス男爵から、王都東区の裏社会ネットワークと西の鉱山の利権を簒奪して数日後。
ローゼンバーグ公爵邸の執務室にて、ルナの元にさっそく一つの奇妙な報告が上がってきていた。
「……光の教会が、裏でスラムの孤児たちを買い集めている?」
ルナが報告書から目を上げると、ノアが静かに頷いた。
「ああ。東区の娼館の元締めからの情報だ。最近、純白の法衣を着た教会の人間が、西の鉱山から流れる特殊な魔石と、身寄りのない子供たちを法外な高値で買い漁っているらしい」
「表向きは清廉潔白な神の代行者が、裏社会で人身売買と魔石の密輸ね。吐き気がするわ」
ルナは扇子をパチンと閉じ、冷たい瞳で窓の外を見た。
「今日、深夜にスラムの廃屋で、その教会の末端と情報屋が接触する手筈になっている」
「罠の可能性は?」
「大いにある。俺たちがバルガスの利権を奪ったことは、裏社会ではすでに知れ渡っているからな。教会の連中が、新しい利権の持ち主である『俺たち』を誘き出すために、わざと情報を流したのかもしれない」
「なら、私が行くのは足手まといになるわね」
ルナは冷静に状況を分析し、ノアを見つめた。
「行ってちょうだい、私の最強の共犯者さん。……神様の尻尾、きっちり掴んでくるのよ」
「了解だ」
ノアは深く頷き、音もなく夜の闇へと溶けていった。
***
深夜。王都の最下層に広がるスラム街。
鼻をつく下水と腐敗の臭いが充満する裏路地を抜け、ノアは指定された廃屋へと足を踏み入れた。
闇に包まれた廃屋の中。
ノアは一歩踏み入れた瞬間に、ひどく焦げたような肉の臭いを感じ取った。
「……遅かったか」
月明かりが差し込む床の上。情報を流した裏社会の情報屋は、全身を真っ黒に炭化させられ、すでに息絶えていた。
ただの炎ではない。周囲に熱は残っていないのに、肉体だけが異常な高熱で焼き尽くされている。
「異端のネズミが、よくノコノコと現れたものだ」
不意に、廃屋の奥から声が響いた。
暗闇を割るように、まばゆく純白な光が灯る。
現れたのは、顔の下半分を白い布で覆い、神聖な十字の意匠が施された純白の法衣を纏った三人の男たちだった。
光の教会の裏の仕事を請け負う暗殺部隊、『異端審問官の処刑人』たちだ。
「バルガスが失脚したと聞いて様子を探ってみれば……公爵家の小娘と、得体の知れないガキが裏の利権を横取りしたと聞いてな。これ以上、我々の神聖な『仕入れ』の邪魔をされる前に、異端者として浄化してやる」
男の一人が冷酷に宣告すると同時、彼らの掌から、尋常ではない熱量を持った『純白の炎(光炎)』が立ち昇った。
ノアは無表情のまま、床を蹴って掌に【氷結の魔力】を展開する。
極寒の冷気が数本の鋭い氷の槍となり、処刑人たちへ向かって放たれた。
「無詠唱の氷結魔法……なるほど、バルガスの傭兵たちを瞬殺したのはその力か。だが!」
シュウゥゥゥッ!!
処刑人が純白の炎を壁のように展開すると、ノアの放った氷の槍は、対象に届く前に一瞬にして蒸発し、白い霧となって消え去ってしまった。
「無駄だ。我々の放つ神聖なる光の炎は、あらゆる魔力を浄化し、焼き尽くす。貴様の冷気など、神の御前ではただの水よ!」
魔法の相性としては最悪だった。
処刑人たちが勝ち誇ったように笑い、三方向からノアを焼き尽くそうと光の炎を放つ。
回避する隙間すらない、絶対的な死の炎。
だが、ノアの深海の瞳には、微塵の焦りもなかった。
冷徹なロジックが、瞬時に最適解を弾き出す。
(魔法の撃ち合いで勝てないなら、魔法を使わせる前に『物理的』に破壊すればいいだけだ)
ゴォォォッという爆音と共に、ノアが立っていた場所が純白の炎に飲み込まれ、床の石畳がドロドロに溶け落ちる。
「……ふん。他愛もない。炭すら残らなかったか」
処刑人が冷笑を浮かべた、その直後だった。
「どこを見ている」
「なっ!?」
処刑人の頭上。
炎が着弾する直前、ノアはかつて路地裏で簒奪した暗殺者の『驚異的な跳躍力』を用いて、廃屋の天井の梁へと音もなく飛び移っていたのだ。
「上だ! 撃ち落と――」
処刑人が炎を上空へ放とうとした瞬間、ノアは暗殺者の【無音の歩法】で梁を蹴り、一人の処刑人の懐へと弾丸のように落下した。
「が、はっ……!?」
ノアは処刑人の顔面を素手で鷲掴みにすると、そのままの勢いで、魔力鋼をもへし折る狂気的な筋力で、処刑人の後頭部を石畳の床に叩きつけた。
メチャッ、という乾いた音が響き、一人目の処刑人が即死する。
「き、貴様ぁっ! 魔法使いではなかったのか!?」
「ただの、復讐者だ」
混乱する残りの二人に、ノアは一切の容赦なく肉薄した。
魔法を詠唱する時間も、炎を展開する距離も与えない。
ノアは二人目の処刑人の腕を掴んで捻り折り、その悲鳴ごと喉仏を強烈な手刀で粉砕。最後の一人の腹部に重い蹴りを叩き込み、壁へと吹き飛ばした。
「がはっ……! ぁ、あ、ああ……っ」
壁に叩きつけられ、血を吐きながら痙攣する最後の処刑人。
ノアはその首ぐらを冷酷に掴み上げ、一切の感情を持たない瞳で見下ろした。
さあ、ここからが本番だ。
魔法や命を喰らうだけではない。この能力の真骨頂は、死にゆく者の『記憶』を簒奪できることにある。
「【冥界神の捕食】」
ノアの掌から、どす黒い闇の魔力が溢れ出し、処刑人の頭部を包み込んだ。
『光』を完全に飲み込む、絶対的な『死』の侵食。
処刑人が断末魔の叫びを上げる中、彼の脳内に刻まれた記憶が、濁流となってノアの意識へと流れ込んでくる。
――王都の最奥にそびえる、巨大な大聖堂の地下。
――檻の中に閉じ込められ、泣き叫ぶ無数の孤児たち。
――彼らの体に、西の鉱山の『魔石』を無理やり埋め込んでいる、白衣の神官たち。
――そして、そのおぞましい光景を、玉座の上から冷酷に見下ろしている、壮年の男。
『続けなさい。神の奇跡(魔法)を人工的に作り出すためには、あと数百匹のモルモットが必要だ』
(……枢機卿、ザカリー)
五年前。アスター家を反逆者に仕立て上げ、ノアの両親を異端審問で焼き殺した、すべての黒幕。
処刑人の記憶を喰らい尽くし、ノアは黒い塵となって崩れ落ちる亡骸を、無造作に床へと払い落とした。
「……なるほど。あのゴミどもは、孤児と魔石を使って『人工的な魔力源』を作ろうとしているのか。王都の地下水脈の鍵(羅針盤)を手に入れるまでの、時間稼ぎとして」
すべてが繋がった。
教会の底知れぬ狂気と、吐き気を催すほどの神聖なる腐敗。
月明かりの下。
廃屋にただ一人立ち尽くすノアの瞳の奥で、深海の底のようなドス黒い怒りが、青白い炎となって静かに、しかし激しく燃え盛っていた。
「待っていろ、ザカリー」
神を名乗る、最も醜悪な権力者。
必ず俺の手で、その玉座から引きずり下ろし、この世で最も残酷な絶望を与えて殺してやる。
王都の最下層から見上げる空の先、白亜の大聖堂に向かって。
ノアは、誰にも聞こえない神への死刑宣告を、静かに叩きつけた。
お読みいただきありがとうございます!
ついに教会の「光炎」とノアの能力が激突しました。
魔法の相性が悪くても、即座にロジックを切り替えて「物理で殴る(暗殺技術の行使)」という選択ができるのがノアの強みです。
そして、【冥界神の捕食】による記憶の簒奪。
ついに5年前の悲劇の真の黒幕である「枢機卿ザカリー」の名前と、教会が裏で行っているおぞましい人体実験の全貌が見えてきました。
ここから、ルナの政治力とノアの能力が、巨大な教会の闇へとどのように迫っていくのか……!
もし「魔法使いを物理で粉砕するノアがかっこいい!」「ついにボスの名前が出た!」「次なる一手が楽しみ!」と少しでも思っていただけましたら、
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次回も、王都の闇を喰らい尽くす二人の暗躍をお楽しみに!




