#9 Time――熟睡
その夜、ディジアは機関室の片隅で眠っているチクローポを見つけた。
しばらく物陰で観察していたが、なにかを思いついたのか、工具箱のところへ行くと生体信号検知器を持って戻ってきた。
(うまくいくといいけど……)
彼女は機関室にいるときは、腕に常時装着している発動機の動作検知器を取り外すと、持ってきた生体信号検知器を装着した。
見た目がそっくりなだけに、近目に見ても遠目に見ても、それは同じものにしか見えなかった。
それからディジアは、床にしゃがみ込んでじわじわとチクローポに、にじり寄っていった。
そのとき、暇を持て余していたパンタミーマが、発動機の振動でも愉しもうとしてか、機関室に入ってきた。
(あれ、ディジア、なにやってんだろ? 新しい整備法でも見つけたのか?……)
彼女の後から近づいたパンタミーマは悪戯心を起こしていた。
一方のディジアは、生体信号検知器のセンサーがチクローポの情報を捉えられる距離へと、物音ひとつ立てずに、慎重に近づいていた。
「生体信号を確認しました」
と検知器が機械音声で知らせたのと、パンタミーマが、
「わっ!」
とディジアの後から耳元で叫んで両肩を掴んだのは、ほぼ同時だった。
彼女は床から5センチほど飛び上がりながら、なんとか声を押し殺して振り向き、驚愕の原因がパンタミーマだと理解した。
「あのさ……」
ディジアはすかさず、マシンガントークをはじめそうなパンタミーマの鼻と口を手で塞いだ。
「もう、タミーびっくりしたじゃない……。悪戯がすぎるわよ。心臓が止まったかと思ったわよ」
と囁いた。
「いや、待て。こっちは息が止まる。手……手を離して……。死ぬ……」
パンタミーマはもごもごとした声で抗議した。
「ああ、ごめん。力、入れすぎちゃった」
そう囁き声でいったあと、ディジアは床にべったり尻をつけて足を伸ばし、壁に凭れて眠っているチクローポを指で指し示した。
そうしながらも、彼女は検知器の音声モードをオフにするのを忘れなかった。
「チッコリーノじゃん。あいつ、部品、取りに来るっていったから、こっちは部屋で待ってたのに来なかったんだ。――ちょっと説教してやる」
パンタミーマはそう呟くとチクローポに近づこうとした。
「待って、待って!」
慌てたディジアは彼女の手を掴み、それでも止められないと見ると、腰に両腕を回したり、両脇に腕を差し込んで必死に止めようとした。
「ディジア、やめて、ああ、そこ駄目、弱いんだってば! くすぐったいから、やめて……」
パンタミーマは反射的に出る笑いを封じられるために、ふたたび鼻と口を塞がれて、物陰に引っ張られていった。
そうして、ディジアは彼女を床に引き倒して、口の前で人差し指を立てて見せた。
「しっ、静かにして。お願いだから静かにしてくれない?」
「わかった……わかったから、手を離して。し、死ぬ……」
「ああ、ごめん、ごめん……」
「ほっそりしてんのに、どこにそんな力あったんだよ……」
パンタミーマは息切れしながらいった。
「あのね、タミー。ちょっと調べたいことがあるのよ、あの人の生理面なんだけどね」
「でも、あいつ男だぜ。生理とかこないだろ?」
「そうじゃないの」
呆れ顔をしながら、ディジアはしばらく時間をかけて、パンタミーに目的を説明した。
こうして二人は、ふたたびしゃがみながらチクローポに接近していった。
音もなく検知器の画面に文字情報やグラフが表示されたところで、二人は足を止めた。
「嘘でしょ? タミー、これを見て」
「数字の10だね」
「これね、一分間の心拍数なの。ありえない数字よ。ほかも大体は似たようなものね。これで生きてるなんてふつうじゃないわ……」
驚愕のあまりディジアの言葉が少なくなっていった。
「そりゃそうだろ、あいつ人間ぽくないからな」
「そういう問題じゃないでしょ、タミー」
「あれだよ、ディジア、冬眠みたいなもんだよ」
「冬眠? でもね、ここまで心拍数が低くなると、脳への血流が滞って失神するし、長い時間そういう状態だと脳死してもおかしくないのよ」
「だからか? あいつがまともに喋れないのは。――でも、ふつうに機械とか分解してるし、飯も食ってるからそうでもないか……。変な奴」
ようやくパンタミーマもチクローポの異常さに気づきはじめたようだった。
「あのね、タミー。彼ってこの機関と似てるのよ」
「どういうこと?」
二人はしゃがんだまま、顔を見合わせて、こそこそ声で質疑応答をはじめた。
「じゃあ、あいつとあいつの周りだけ、時間の流れが遅くなってるってこと !? それまじかよ、ディジア!」
「声が大きい」
「ごめん、興奮した」
「いい、これを見て。同じように見えるけど、こっちは機関の動作状態と時間場を測定できる機械なの。それでね――」
いいながらディジアは機器を作動させて、時間場の分布状況が表示された画面を指差しながら説明した。
「つまり、この緑の点で表示されてる部分は、時間の流れが比較的遅くなってるの。だからって完全に止まってる点を検出できたことは、いまのところ滅多に、というか一度もないんだけどね」
「でもさ、その点動いてるじゃん。けど、あいつあそこで寝たままだよ」
「そうなの、それこそが謎なのよ。だから、彼が寝てるときに調べるしかなかったというわけね」
ディジアはパンタミーマの意見が聞きたかったのか、その先をつづけた。
「それと、この機関と彼の撮影法も似てるの。彼は二つのカメラと片目で撮影するでしょ」
「そうらしいな。見たことないけど」
「でね、この機関もそんな感じなの。――つまり、二つの動力源があるんだけど、その二つが作り出した力が統合されて、それが各部の噴射口とか、機械設備に流されてるの。ふつう、発動機が二つある場合って、同じ型のものを使って均衡を取るとか、左右で違う型でありながら均衡をとるといった、ツインとかデュアルっていうのが普通なんだけど、この船の機関はそうじゃないのよ。どちらかっていうとツインに近いんだけど、力自体はその二つの本体から生まれるんじゃなくて、二つの発動機が第三の力を発生させてるって感じ」
パンタミーマはよくわからないようだったが、とりあえず最後まで耳を傾けていた。
「なるほどね。――あ、でも数字が上がってくよ」
彼女はディジアが手にしていた生体信号検知器を目で示した。
「じゃあ、そろそろ起きるんじゃないかな。隠れたほうがいいわね。あっちに行きましょう」
「了解」
すっかりスリルに取り憑かれたのか、パンタミーマは素直にディジアの言葉に従った。
二人が物陰に入ってしばらくすると、チクローポは目を擦ってから上体を起こして立ちあがり、ふらふらしながらどこかへ消えてしまった。
「ねえ、ディジア。あいつさ、たまにあたしの部屋に部品取りにきて、前よりだいぶ話すようになったんだけどさ、不思議なんだよね」
「どんな風に?」
「なんかさ、うまくいえないけど、ある瞬間に純真とか純粋になる感じっていうのかな? そうなるときがあるんだよ、あたしがね。もっとも、数秒もないんだと思うけどね」
「きっとそれよ。彼が探してるのは寝場所じゃなくて、そういう感覚になれる場なんだと思う。だから、彼がそうなったときに、タミーも共鳴したんじゃないかしら? もっとも、誰しもそういう感覚になることってあるんだろうけど、あまりにも瞬間的すぎて気がつかない場合がほとんどだろうけどね」
「まあ、どっちにしても変人だな」
「まあね」
「でもあいつ、ガニメデで船を降りるらしいよ。金に困って戦場カメラマンやるらしい」
「あら、そうなんだ……」
「けどさ、冬眠するような奴が戦場で生きていけるのかね?」
「そうね……」
パンタミーマの表情には色濃い心配があった。
もちろん、ディジアもなにも感じていなかったのではないが、そのあと二人は汚れて皺だらけになった服に気づいて笑いあったあと、それぞれの仕事に戻っていった。




