#8 Contract――取引き
(あいつ、ほんとにご熱心だな……)
パンタミーマは、チクローポが見える船内厨房から、いつものように座席客室にいる彼をこっそり眺めていた。
(なんか、いつも同じとこバラしていじくっては、また組み立ててるみたいだけど、無駄じゃないかな? 口と一緒で手も不器用そうだもんな)
パンタミーマはこんなこともあろうかと用意していたのか、ポケットからオペラグラスを取り出して、作業するチクローポの手元を凝視した。
(まさか、こんなもん持ってるとは思わんだろう)
彼女はにたにたしながら、しばらく観察していたが、なにかに気づいたのか、オペラグラスをポケットにしまうと、つかつかとチクローポに歩み寄っていって立ち止まると、
「おーい、変態野郎さん。あたし昔、国際宇宙機構にいたことがあってな、そんでカメラにもすこし凝ったことあんだけど。あのね、その部品てあれだろ? カラーフィルターとかイメージセンサーじゃないのか? ――つまりあれだ、変態野郎は撮れた映像の色が気にくわん。でもさ、あたしの知ってる限りじゃその辺の部品て消耗品じゃなかった? ――だから、修理しても無駄じゃない? どうなのよ?」
といった。
パンタミーマをよく知る人からすれば、彼女が長々と喋るときは返答を期待していないサインだと、すぐ気づいたのだろうが、チクローポはそうではなかったようで、作業しながらも耳を傾けていたようだった。
そして、彼をよく観察していた人なら、チクローポがどの語句に反応したかも、読めたはずだった。
「ねえ、聞いてたの? なんかいいなさいよ」
「……」
「あのさ、いまあんた集光部を磨いてるけど、こんなのじゃ無理だよ」
パンタミーマはそういって作業机にある研磨剤を手にとった。
「荒いね、荒すぎる。番手いくつだよ? それに仮に上手く磨けたとしても、磨いたとこすり減ってるから、そこに隙間できんじゃん。つまり、無駄。ましてや手作業じゃ現代の精密な研磨機に勝てるわけないじゃん」
「どうしろと?」
(お、反応しやがった)
パンタミーマは胸のなかでガッツポーズをしながらも、名案を思いついたようだった。
「じゃあさ、取引きしようぜ。――あんたはあたしに下品な渾名をつけた理由を話す。そしたらあたしはその部品を安く入手してやる。ただし、仲介手数料は頂くよ」
「しつこいな」
「しつこくねーだろ。あんただって同じじゃん。無駄なこと、ねちねちといつまでもやってるじゃん。小さなことに拘りすぎなんじゃない? ――イタリア語でいうなら、そうだね……チッコリーノって渾名がぴったりだよ」
突然、チクローポは強い口調でいった。
「それはやめろ!」
彼からすれば、無なる境地に近づくことは拘りを捨てることだったが、無論、彼女からすれば強い執着に見えたのだろう。
だからだろうか、パンタミーマはそれ見たことかといわんばかりに、突っ込んでいった。
「ほらみなよ。あんただっていわれて嫌な渾名とかあんじゃん。それと同じだってば」
チクローポは作業の手を止めて、彼女をちらちら見てから、訥々といった。
「パンティーが触れてるのは?」
「はあ? なにいってんだよ! レディーがそんなこと口にできるかよ。――まあ、あえていうなら、あそことかあれとかよ、そういうしかないだろ」
彼女はそういいながらも、まったく照れた様子はなかった。
「急所だ」
「ああ、そういえばそういういい方もあったな。で、それと渾名がどう関係するんだ? ただ覗きたかったんじゃないの? まあ、見せても減らないけどさ……」
「急所に触れすぎる」
チクローポはきっぱりといった。
「上手いこというね、あんた。でもさ、あのとき咄嗟に思いついたようには見えないんだよねえ……。だってあんた、あのとき寝ぼけてたろ?」
「そうでもない」
パンタミーマはそれを聞いて半分納得したような顔をした。
「オスの孔雀だ」
「これまた上手いこというじゃん。喋ると案外、面白いやつだな、あんたって」
「それで部品は?」
こうして二人は最初の契約を交わした。
だが、それが公平だったかといえば疑わしい。
チクローポは戦争で高騰した部品代や配送料を、それまでの三分の一以下にする利益を得たが、パンタミーマはより大きな利益を得たように見えた。
彼女はとっつぁんこと、掌貨物長のパルウスから密輸ルートをつかって部品を格安で入手し、チクローポから得た金を二人で山分けにした。
そして、物はパンタミーマが管理するために彼女の自室に保管されることになった。
チクローポは部品が必要になると、必然的に彼女の自室を訪ねるしかなかった。
だから取引きの場は、彼からすれば無駄話であり、彼女からすれば退屈しのぎになった。
こうして、二人の会話量は以前より、10%増量(当社比)ということになった。
とはいえ、パンタミーマはなにも気づいていなかった。
チクローポが国際宇宙機構という語句に敏感に反応したことを。
その彼は、彼女の畳み掛けるような口振りに翻弄されながらも、ルフトがどうして魅了ではなく幻惑されたのかに気づいていった。
(磨いても元に戻らない……)
こうして、チクローポはルフトがなぜ、残ったひとつの水晶を返したがらなかったのかを、理解したのだった。
ではあっても、彼は相変わらず座席客室に機材を持ち込んで、分解整備や組み立て作業をやめなかった。
その時間はチクローポにとって、黙想であり情報収集の場だったのかもしれない。




