#7 Vibration――笑い
「おーい、皆のものー! 戦争だー! 戦争だよー! 戦争がはじまったよー!」
《リヴァール号》の通路を歩きながら、パンタミーマが喚いていた。
「お逃げの方は、急いで下船してくださーい! 臆病だなんていいませーん!」
どこから見つけ出してきたのか、彼女はいまではほとんど目にすることのできない、真鍮のおたまを手にして、真鍮の鍋を叩きながら船内を闊歩していた。
《リヴァール号》は、もうすぐ中継地の小惑星ベスタから離床する予定になっていた。
「おうおう、皆のものー、戦争になったらこんなもんでは、すみませんよー!」
それは、南北両軍の戦争を見込んで避難民の一人となった彼女なりの反抗だった。
この宇宙時代、科学技術の進んだ船内であれば、マイク片手にアナウンスすれば済むといえたが、パンタミーマはそういうやり方を好まなかった。
船の気風もあるのだろうか、常連客たちは彼女の奇行を面白がりながらも、実用的に活かす人も少なくはなかった。
「号外、号外、戦争だー! 戦争だよー! 寝てる場合じゃないよー!」
「ちょっとタミー煩いです! 真夜中なんだからやめてちょうだい。せっかくの非番なのに……」
パンタミーマは自室から飛び出してきたディジアに、おたまを握った手を掴まれた。
「おうおう、これはこれは優秀な整備士さん。どうしたの? そんな怖い顔して」
ディジアは、耳について離れなくなった真鍮のぶつかりあう音を止められたからか、急に普段どおりの口吻に戻った。
「あなたの気持ちも仕事のやりかたにも文句をつけるつもりはないけど、寝てる人もいるんだからもう少し考えないと」
「それはそうなんだけどさ、どうせ船内アナウンスとかしても誰も聞いてないし。それにほら、ベスタの先は木星の衛星ガニメデだろ。まじでやばいだろ? だからみんなに知らせてやろうと思ってね」
「……」
ディジアには彼女のいい分が理解できた。
ましてや毎晩、戦場恐怖症のヴォロンターリオを看ているだけに、被害者が一人でも少なくなることを願っていたからだ。
だから、パンタミーマにどう説明すべきか苦慮していた。
「でもねタミー、そういう方法じゃないやり方もあると思いますよ?」
「たとえばどんなの?」
彼女の質問は常に直球であり、しかも屈託がなかった。
「そうね……」
名案が浮かばないでいたディジアの脳裏に、突然、機関室のある場所から見た光景がまざまざと浮かび上がっていた。
「タミー、ちょっと一緒に来て。鍋を叩いてる余裕があるなら、時間はあるわよね?」
「いいけど、どこいくの? あたし一応、仕事中だけど?」
「いいから来て。機関室にいいところがあるの?」
ディジアはむずがる子どもの手を取るようにして、パンタミーマを引っ張っていった。
「機関室ってさ、上から物とか落ちてくんだろ、じゃあこれ丁度いいな」
そういってパンタミーマはディジアの頭に鍋を被せた。
「ちょっと、ふざけすぎです。あなたお酒でも飲んでるの?」
「飲んでるわけないじゃん。これが地なの!」
笑いを堪えられなくなったディジアは吹き出しながらも、鍋を被ることを拒否せず、パンタミーマはといえば、自分がデザインした安全帽をディジアに被せられていた。
そんな二人は、そのまま機関室へと通じる隔壁扉をくぐっていった。
「おおー、これは驚いた! ボロ船だからさ、てっきり発動機も煙あげたり油漏れしてる印象あったけど、ピッカピカじゃん」
パンタミーマは機関室に入るなり目を大きく見開いて、足を止めてしまった。
「そうなのよ。これはこの船でも別格な場所なの。さあ、タミー着いてきて」
ディジアはとりあえず見学用の順路にそって歩きながら、発動機の形式や機能などをあれこれと説明していった。
「それでね、ちょっと足元が悪いんだけど、こっちはもっと凄いわよ」
「……」
パンタミーマはディジアの手を借りながら梯子を登っていった。
「ここから全景が見渡せるわ」
「それでこれ、戦争となんの関係があるの?」
「まだわからないかなあ……。じゃあこっち。こっちに来て、ここに座って見てご覧なさいよ」
パンタミーマは、いわれるがままにその場所に座って辺りを眺め回した。
彼女の目の色が変わり、キラキラと輝きはじめた。
「なんだこれ、なんかこう、うまくいえないけど、なにかを感じる。なんていえばいいんだこれ……」
そこから見える発動機はディジアにとっても、お気に入りであり、また、彼女自身もパンタミーマが口にした感覚に痺れる場だった。
「わたしもね、うまくいえないの。でも、これが戦争とかそういう悲惨なものを止める力になるんじゃないかって、そう感じるの」
「これは凄いや……しかもなんか動いてる……」
そこから見える光景は、ある意味でパンタミーマに似ていた。
金、銀、銅の三色をはじめとする貴金属や金属、あるいはまた、発動機に使われているあらゆる材料の彩りが、いい難い均衡を保ちつつ蠢いていたのだった。
「つまり、わたしがいいたかったのは、鍋を叩いて騒ぐやり方じゃない方法というのは、こういうことなの。言葉を失くした瞬間、憎しみが消えちゃうとでもいえばいいのかな。音はしてるけど、音楽じゃあない……」
「言葉ね……。でもそれだけじゃないだろ、こういうのって」
パンタミーマはディジアの手を掴みながら、先をつづけた。
「これわかる? 振動、伝わってくるの」
「もちろんわかるわ。――不思議なものよね。見たり聞いたりしてるのは、お互いに主観なんだけど、振動ってそれを超越するのよね。まあ、その点では鍋を叩く音も似てないとはいえないけど、慣れてしまうと、騒音だって意味づけがされるかもしれないわね」
「そうでもないだろ。いまどき真鍮の鍋とか超珍品だぜ。密輸の転売ネタでとっつぁんからもらったんだけど」
「じゃあなんでわたし、煩い、不快だって思ったんだろうね?……」
「さあな。――あれ、チクローポの口癖が感染ったわ」
二人は大笑いしたあと、しばらくそこからの光景を愉しんでから、機関室を出ていった。
ディジアの自室前に戻ってくると、二人は鍋と帽子をもとに戻して別れた。
それから一時間くらい、船内にはパンタミーマの喚き声と鍋を叩く音が響きつづけた。
ディジアはそれを自室のベッドで横になって聞きながら、心地よい眠りに落ちていった。
《リヴァール号》が小惑星ベスタを離床したとたんに、金属を叩くやかましい音はぴたりと止まった。
それはまるで、音のない宇宙そのもののようだった。




