#5 Working――金銭
数か月もすると、パンタミーマはすっかり《リヴァール号》での暮らしに溶け込んでいた。
自由勤務時間制で、気ままに船内を行き来できる環境や、いい加減とかルーズとかいえる船の気風もあったのだろうが、なにより彼女の明るい性格が功を奏したようだった。
だが、彼女はあることで悩んでいた。薄給だった。
「ああ、これやばい。欲しいもの買いすぎちゃった……。今月はひもじい貧乏生活だ……」
《リヴァール号》に乗り込んではじめて給料を手にした日から、彼女の財布の箍が外れた。
それまで、国際宇宙機構という堅苦しい組織にいたことや、両親や兄妹のことを気にかけなくてよくなったせいもあったのだろうが、窮屈な檻から抜け出したように、彼女は自由に金の翼をはためかせた。
ただ、その翼が羽ばたけば羽ばたくほど、お金が消えていった。
とはいえ、彼女はお金を自身のためにだけ使ったのではなかった。
客室乗務員の間で悪評の高かった制服は、彼女がデザインし直して、サイズも色も各種取り揃えられた。
機関室を訪れてディジアと親しくなり、整備士が被る帽子も安全性が向上し、洗練されたデザインに変更される、きっかけを作りをした。
そんな面もあってか、彼女はひとつの妙案を思いついて、貨物区画に足を運んだ。
「あれ? パルウスのとっつぁんはどこだ?」
「掌貨物長なら奥にいますぜ」
すぐに貨物区員の一人が教えてくれた。
「あんがと」
気さくにお礼をいうと、パンタミーマはすたすたと、いわれた方に歩いていった。
「見つけた」
「なんだいタミー。そんな嬉しそうな顔して」
「そうじゃないよ」
彼女は人に悟られまいと済ました顔をしていたが、内心びくびくしていた。
「いいから、ちょっとこっち来て」
そういうとパンタミーマは、パルウスの手を引いて人目につかない片隅に連れていった。
「貨物長に折り入って相談がある。――あのさ、この船、密輸品の転売とかやってんだろ?」
「はあ? まあ、ないとはいわんが、あるとはいえんぞ。立場上な」
パルウスはにやにやしながらそう答えた。
「んじゃさ、それで一儲けする方法ない? まじで貧乏でさ。来月の給料もらえるまで、お腹ぴーぴー鳴らすような生活なんだよ。貧乏がこんなに辛いなんてあたし知らなかったんだ……」
彼女はいまにも泣きそうな顔をしているように見えた。
だが、パンタミーマのわざとらしい演技はすぐに見破られた。
「タミーよ、悪いことはいわない。まともに生きろ」
とパルウスはいった。
「ちっ! バレてたか。いやだからそこをなんとか頼みたいんだよ」
「それで、どれくらいいるんだよ?」
「そうだなあ……」
パンタミーマは貨物室の天井を見ながら計算して金額をいった。
「まあ、それぐらいなら可愛いもんだな。けどな――」
といってパルウスは彼女の腕を掴んで、より人目につかない薄暗い場所に移動した。
「お前みたいのは一回やると癖になる。その辺わかっていってるのか? お調子者だからな。それによ、これはまじだけど、扱う物によっちゃあ命を落としかねない。それでもいいのかよ?」
パンタミーマは猫撫声でいった。
「だから、とっつぁんにこうして頼んでるんだよ。なんかあったら、あたしの一人くらいなんとかかんとか助けてくれるんじゃないか。あんたをそう見込んでの話なんだよ。ねえ、頼むよとっつぁん」
「仕方のねー奴だな。まあ大した額じゃねーから、いいけどよ。――だけど、欲かき過ぎんなよ。いままでそれで何人も酷え目に遭った奴を見てきた」
「だから、とっつぁんに頼んでるんじゃん」
「わあった、わあった。まあ、二週間もあればお前がいってた額くらいはすぐさ。とにかくよ、金が出来たら連絡するわ」
「あんがと、とっつぁん! 恩にきるよ」
そういってパンタミーマは顔の前で両手を合わせたあと、そそくさと貨物区画を去っていった。
こうして彼女はパルウスに手渡した、なけなしの元金が膨くれあがるのを、夜な夜な夢に見ながら過ごしていた。
ちょうど同じころ、チクローポもまた金に困りはじめていた。
もとより、彼は船内生活では金とは無縁だったが、南北両軍による開戦が近いことからか、撮影機材の予備部品や配送の代金が急騰したのが原因だった。
困窮したチクローポは二つの手を考え出した。
ひとつは、消耗の激しい部品に自分で手を加えて、消耗率を下げたり恒久的に使えるように改造すること。
もうひとつは、開戦された場合、戦場カメラマンとして、部品代などの稼ぎを得ることだった。
もちろん、チクローポが撮影しながら追い求めていたのは、宇宙にあるであろう外なる無だったから、戦争や戦場になどこれっぽちも興味がなかった。むしろ、彼にとって戦争は内なる無からも外なる無からも、最も遠い忌避すべきものだった。
また、《リヴァール号》が着床する中継地の探索をし尽くしてしまったこともあり、それゆえに戦場カメラマンという建前を考え出した面もあった。
なににせよ、彼もまた窮乏していたのだ。
こうしたことから、座席客室区画でチクローポが機材を分解しては手を入れ、組み立てる姿がよく見られるようになった。
当然、そうした彼の姿は客室乗務員のパンタミーマの目に触れるところとなった。
(あいつ最近ご熱心だな。でも、自室があるのになんでこんなとこでやってるんだ? まあいいか、まだお返しできてないから、ちょっとからかってみるか)
彼女はつかつかとチクローポに歩み寄ると、すぐ傍で立ち止まって話しかけた。
「ようよう、変態野郎さん。精が出ますね。機械いじりが趣味ですか?」
「……」
チクローポは顔も上げず手も止めなかった。
「おーいお兄さん、お耳はありますかー? あったら返事してー」
「……」
「あらこの人、顔に傷あるし、もしかして片目が見えてないのかな?」
そういってパンタミーマはチクローポの顔を覗き込んだ。
彼は表情ひとつ変えなかった。
「なんの用だ?」
「用事なんてないけどさ、ほら、あんたとはじめて会ったときに、あたしすっごい愛称を賜ったんだけど、あまりにも酷いやつだったから、なんでそんなことしたのかなー? って訊きたいの。それだけ」
「なんのこと?」
「えー! 憶えてないとかいうわけ! 信じられなーい! あんたあたしにパンティーって渾名つけたんだよ!」
パンタミーマの聞き逃がせないくらい大きな声で、そういわれたチクローポは、手を止めて彼女を見たあとまた作業に取りかかった。
「ちょっと、ちゃんと説明してくれたら、変態野郎の称号は取り下げてあげるから、事情を話しなってば」
「憶えてない」
「嘘いうな!」
阿吽の呼吸といいたくなうような二人の応酬だった。
「それにあんた、三色ともいった。――だから見なよ、あたしは髪を三色にしたんだよ。気に入ってるし、評判がいいからいいけど、もとはといえばあんたのせいだよ」
「パヴリーンだな」
「は? なにいってんの? もう全然会話になってないんだけど、あんた頭大丈夫?」
あまりの噛み合わなさに腹がたったのか呆れたのか、パンタミーマは声を荒げながら、しゃがみ込んで、テーブルに両腕を乗せると、顔をあげないチクローポをじっと見上げた。
「いってもわかるまい」
チクローポは訥々とした口調でいった。
「説明する気、ゼロなだけじゃん。――じゃあお兄さん訊きますけど、なんで最近、座席客室にばっかいて機械いじりに熱中してるの? ちゃんと説明してみなさいよ。――そうね、説明できたらご褒美あげるよ」
このときパンタミーマはなにをご褒美にするかなど、まるで考えていなかった。
「金がない」
「……」
割とまともな答えが返ってきたからか、意外な共通点に驚いたのか、彼女は押し黙ってしまった。
だが、気をとり直したように、またすぐに口を開いた。
「そんで、ご褒美はなにが欲しいの? ハグがいい? それとも、チューかい?」
「あっちいって」
パンタミーマは大きな溜息をつくと立上がって、
「はいはい、ばいばい。変態野郎」
といって彼女の仕事場の要である、船内厨房のある場所に戻っていった。
しかし、このときパンタミーマはチクローポのなかにある埋めがたい寂しさ感じ取り、それがまた自分のなかにもあるような気がしていた。
そして、チクローポはパンタミーマが去り際に口にした声に、奇妙な親近感を抱いたのだった。




