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#4 Speaking――三色姫

 パンタミーマは元国際宇宙機構の特級秘書だった。

 彼女が十二年かかって辿り着いた地位を捨てた主な理由は、機構内の派閥闘争の激化だった。

 ほかにも理由はあったが、それは彼女自身語りたがらない生い立ちにあった。

 とにかくも、激しい感情を持つ彼女は、戦争がはじまった場合の避難場所として、自立心を妨げられない場所を求めて、たまたま見かけた《リヴァール号》の客室乗務員の求人に応募したのだった。

「さあさあさあ、あたしの新しい門出の日だよ! 張り切っていかなくちゃ!」

 支給された制服を着たパンタミーマはにこにこしていたが、どこかしらに、これまでと異なる物足りなさを感じていた。

 そんなことからか、彼女は船内を把握するために、あちこちを歩き回っていた。

(つーかよ、この制服しょぼくない? あれだろこれ、最大手のラムダ航宙の制服のパクリだろ? それに――)

 と内心でぼやきながら、動きにくい制服を調節しようとして派手に身体を動かした。

(あ、いまなんかビリっていった !? あーあ、初日からこれかよ。尻んとこ破れた……)

 パンタミーマは慌てて客室乗務員用の控室に戻ると、すぐに別の制服に着替え直した。

「今度はだぶだぶだかよ。サイズすらまともに揃えてないってどういうこと? あ、スカートが下がってく……。まあ、仕方ないか……。試験もなんもなし。面接で『はいはい』っていってただけで採用されたくらいだからな。いい加減な会社なんだろうな」

 そういって、ふたたび船内を把握しようとして控屋を出た。

(あれ……通路で寝てる客いんじゃん。まじかよ、宇宙ってすげーな。というかこの船がおかしいのか?)

 パンタミーマはつかつかと、通路の床に座って足を伸ばしたまま寝ている、客らしき男に近づいていった。

 だが、その男がいる手前の角から現れた、整備作業服姿の女と危うくぶつかりそうになった。

「あら、ごめんなさい。急いでたもので」

 それはディジアだった。

「いや、大丈夫です。――わたし、今日からこの船で客室乗務員として働くことになった、パンタミーマっていいます」

 彼女は、特級秘書時代に培った営業口調でそういった。

「パンタミーマ……。変わった名前ですね。どの辺のご出身ですか?」

 ディジアの話しぶりに特に変わったところはなかったが、パンタミーマのなにかに触れたのか、突然口調が変わった。

「おうおうおう、なんだいなんだい。初対面でいきなり名前いじってくるとかどういうこと? つーか、あんただって相当変わってるじゃん。――女の整備士がいないわけじゃないけど、そんなお上品な顔と喋りしてさ。おまけによく見ても見なくても、案外いけてる顔してるし、スタイルもそう悪くない。なんでこんな船で整備士とかしてんの? ――つまり、あんたがあたしにさっきいったのは、そういう挨拶だってわかってんの?」

 パンタミーマはぷりぷりしながら食ってかかり、しだいにずり落ちてくるスカートを何度もたくし上げていた。

「え……そんなに怒ることなんですか?」

 ディジアはきょとんとした顔をしていた。

「ああそうなの、別に悪気はなかったみたいだね。すまないね。ちょっとさ、制服は破れるわサイズの合うのがないわで、苛ついてたのかも。すまんすまん」

「だったら、自分で作っちゃうといいかもしれませんね」

「え、なにそれ !? 滅茶苦茶自由な発想だな」

 パンタミーマはすぐにディジアに好感を抱いたようだった。

「ていうか、あのお客さん……」

 そういって彼女が通路の床に寝ている客を指し示すと、今度はディジアが驚きの声をあげた。

「あ! こんなところでも寝るんだ。まあ確かにいまは夜時間ですけど……」

「え?……。じゃあこのお客さん常連?」

「いや、そうじゃないんだけど、とても説明が難しいんです。居候とでもいえばいいのかな……」

 ディジアは困ったような面白がるような顔をした。

「ふーん……まあいいや。とりあえず叩き起さないと、どっちにしろ邪魔でしょ」

「それはそうだけど……」

 パンタミーマは床で寝ている男につかつかと歩み寄ってしゃがみ込むと、肩を揺さぶって男を起こそうとした。

「お客さーん、こんなとこで寝てると通行の邪魔なんです。あと風邪引くよ。早く起きてー!」

 彼女は気さくに声をかけつつ、激しく男の身体を揺さぶったが、男はまるで起きる気配がなかった。

「おーいこら! いい加減に起きないとお姉さん本気出すよ! 怒突くよ!」

「……」

 ディジアはその滑稽な光景を見ながら、そのさきどうなるかを見守りたくて、足が止まったままだった。

「おいこら! 起きろっての! いまは夜だけど朝だ! 起きろよ !!」

 パンタミーマのよく通る声と激しい揺さぶりのせいか、男は微かに瞼をあげたが、また目を閉じて床に倒れ込んでしまった。

「ちょっとあんた、変態? そうやってさ、寝た振りしてレディーのパンツ覗き見する気だろ? おい変態、起きろよ!」

 その大きな声と口振りのせいか、男はようやく目を開けて、眼前にいる女に向かっていった。

「誰だ?」

「あーうざったい、また自己紹介しないとなのかよ。あのね、あたしパンタミーマっていうの。この船の客室乗務員。服装でわからない?」

「パンタミーマ……」

「だからなんだよ」

「愛称をやる」

「なんだよ」

「パンティー」

「は! なにいってんだお前、寝ぼけてるからって承知しないぞ、こら!」

「じゃあ三色(トレ)

 それだけいうと、チクローポはむっくりと上体を起こした。

「あ、すみません。いつぞや気密室で話しかけたディジアです。よかったらお話しを」

「ディジア……」

 それだけいうと、チクローポは立ちあがったあと、ふらふらしながらどこかへ行ってしまった。

「なんだあいつ……」

 唖然としながらも、あまりにも馬鹿げた体験だったからか、そのあとパンタミーマは、ディジアが耳にしてきたチクローポの噂話を長々と聞くことになった。

「まあ、とにかくあの人のことを知りたかったら、一回機関室に遊びにくるといいわ。それじゃあまた。タミー」

「タミーね。悪くないね」

 パンタミーマは手を振って去っていった、ディジアの背中を見ながらそう呟いた。

 しかしそのとき、チクローポは外なる無を通路の一隅に見つけ出してそこに座り、胸に三つの水晶を抱きかかえて内なる無へと接近してゆく夢に、微睡んでいただけだった。

 彼からすれば、半醒半睡のなかで耳にした、音とも言葉ともいえない声に反応しただけで、悪気など微塵もなかった。

 しかし、いきなり彼女史上最低最悪の愛称をつけられたと思ったパンタミーマは、いつかやり返してやろうと考えた。

 そうしたことからなのか、翌日、彼女の髪は地毛の茶色と金と銀という、三色に見事に染め上げられていた。

(あの変態野郎、絶対許さない! あたしがいつ三色のパンツ履いてたってんだ。まず見るのはパンツじゃなくて、ふつうは顔だろ)

 もっとも、その日パンタミーマがどんなパンツを履いていたかは、本人のみぞ知るところだった。

 こうして、パンタミーマは後に(トレ・)色姫(プリンチペッサ)と呼ばれるようになるのだった。

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