#3 Eating――長髪姫
ディジアからすればチクローポは不可解な存在だった。
彼女が耳にした噂によれば、彼は時間に無頓着だと囁かれていた。
割り当てられた船室はあるものの、ノックをしても居るのか居ないのか不明なことが多く、いつ寝ていつ起きているのかも曖昧と聞いていた。また、船内の人工照明に合わせた規則的な生活とも無縁のようだと。
それでいてチクローポは、《リヴァール号》が中継地に到着すると、誰よりも真っ先に気密室に姿を現すのだと。
そんな経緯から、ディジアはその瞬間を狙って話しかけたのだが、その機会を得るまでに、三か月を要したのだった。
北軍に志願して機関整備士になってから、ディジアは様々な宇宙船の機関に携わってきた。だが、《リヴァール号》の機関は、彼女にとって解かずにいられない魅惑に満ちた、特異な性質をもっていた。
もっとも、その彼女の生活サイクルも変わっていた。
ドクター・パンチャの口利きで出向してきて以来、一日も欠かさず夜勤で患者を看つつ、余った時間は機関の夜間整備に従事していたのだ。限りある時間で機関の全体像を把握し、体系を捉える能力は群を抜いたものがあり、機関科の古参整備士たちを驚かせた。
そんなディジアはいわゆる夜型人間だった。
だから、彼女がチクローポと会話を交わせたことは、ある種、奇跡のような出来事だった。
だが、ディジアは自分のペースを乱さずに、次の機会を待っていた。
彼女は夜勤とは関係なく、その日は食堂にいた。
「おう、これは珍しい。夜の長髪姫を昼間に見かけるとはね」
話しかけてきたのは掌貨物長だった。
「そうでもないですよ。夜勤はカロリーの消費が激しいので、昼間に一食摂るようにしてるので」
ディジアはいつもと変わらぬ上品な愛嬌のある顔で答えつつ、僅かに視線を動かしていた。
「掌貨物長、あの人……」
「ん? あいつかどうかしたのか?」
彼女らしくなく、手に持っていたフォークでチクローポを指し示していた。
もちろん理由はあった。また逃げられたくなかったのだ。
しかし、当のチクローポはそんなことなど気づきもせずに、野獣のように食べ物を口に投げ込んでいた。
「あの人のこと、なにか知りませんか?」
「あいつな、たまに貨物区画にくるよ」
掌貨物長は口をもぐもぐさせながら、聞き取りづらい口調で話しだした。
「はじめのころは怪しい野郎だって目を光らせてたんだ。貨物泥棒じゃないかってね。んで、よく見てるとあっちいったりこっちいったりして、貨物の隙間に入ったり出たりして、そんで気に入った場所なのかな、それを見つけると座り込んで寝ちまった」
「変わってますね」
「そんでさ、いまは慣れちまったけど、はじめは気持ち悪くてな。だから、叩き起こして追っ払おうとしたんだけど、とにかく寝ちまうと梃子でも動かないんだ。いまじゃ、だた寝てるだけってわかってるから、気にもならないがね。それがどうかしたのか?」
ディジアはその話を聞きながら胸のうちで頷いていた。
(やっぱりこの機関の特徴にそっくり……)
「だけどさ、別に貨物区画に限ったことじゃないらしい。ほかの区画でもあいつがぐーすかしてるのはよく見かけるらしいよ。宇宙撮影家になってもさ、別に売り込みするでもなく、金にも無頓着。なにが楽しくて生きてるんだろうな」
掌貨物長が話しているあいだに、食事を胃に詰め込み終えたのだろうか、チクローポはさっさと食器を片付けて食堂を出ていってしまった。
それでディジアの視線が彼から離れたからか、彼女は目の前にいる掌貨物長を見ていった。
「足」
「おお、すまんすまん。つい癖でな。こうやってると楽なんだ」
掌貨物長は椅子の上に乗せていた足をすぐに下ろした。
「なんだな、こんなオンボロ船でよ、荒んだ連中ばっかのなかに、あんたみたいな、こうなんていうんだ、犯し難い神聖さがあるってのは救いだな」
「やめてください、そんないいかたするの」
「なにも照れることじゃないだろ。あれだ、乱れた風紀を自然に帰すってな感じだといいたかっただけだ。悪く思わんでくれ。――そんじゃ俺は仕事に戻るんでこれで」
そういって掌貨物長は空いた食器を乗せたトレイを手に去っていった。
(荒くれ男に野菜を貪る野獣ですか……。機関が特別でなければすぐにも逃げ出したい気持ちがないわけじゃないけど、これが案外と面白いのよね。――あたしの特技は概念と構造を見抜くことだけど、それって人間には通用しないのよね……。そうなると、概念と構造をきちんと把握するためには、その人が感じているであろう直感みたいなものを訊くしかない。その点では機械も人間も同じなんだろうし、それでいいと思うんだけど、これがまたなかなか難しいのよね……)
ディジアは胸のうちで自分をそう評価しながら、最後に残ったプチトマトをじっくりと味わってから、空いた食器を片付けて食堂を出ていった。
こうして彼女は様々な角度からチクローポにアプローチをしたのだが、結局一年以上が過ぎても、まともに話を訊くことができないままだった。
そんなとき、かねてから因縁あって睨み合っていた、北部条約機構と南部同盟連合の戦争がはじまる、という噂が太陽系圏に広まった。
それが理由だろうか、家族との避難先の激論に業を煮やした、パンタミーマという女が、《リヴァール号》に客室乗務員として乗り込んできたのだった。




