#14 Origin――チクローポ
チクローポにとってエイミーとの出会いは衝撃だった。
ある日、彼は座席客室で撮影機材の分解整備を行っていた。
フリー・ジャーナリストだった彼女は、たまたま見かけたチクローポの作業の様子から、彼がカメラマンだと推測して話しかけた。
例によって彼の片言だけの返答にエイミーは困惑したが、なんとか糸口を掴んだ。
「わたしエイミーといいます」
「名前、出身地、年齢、くだらない典型。つぎは趣味か?」
「でも……お名前くらい教えてくれませんか?」
「……」
不毛なやり取りがつづいたあと、二人はなんとか愛称の交換に移った。
「俺、チクローポ。ニックネーム。あんたは?」
「パヴリーンです」
その言葉を耳にした瞬間、彼の脳髄に電撃が走った。
しかし、チクローポはそれを表情に出すことはなかった。
彼にとってパヴリーンは、人でいわれる九歳のころ、残ったひとつの水晶を元の場所に戻したときに受けた召命であり、片目の視力を失った原因だともいえた。
「パヴリーン……パヴリーン……パヴリーン……」
彼は長い間、それが祝福であるのか呪いであるのか、あるいはそれ以外なのかを確かめようとしてきた。
そのために、彼は召命の意味を知ろうと、世界を理解しようとさえしてきた。
もっとも、彼はこのときになっても、パヴリーンの意味がそのどれなのか、探り当ててはいなかったが。
だからチクローポは、エイミーの口からぽろりと零れた愛称の由来を訊ねた。
こうして二人は、水晶から作られた水晶玉、水晶玉から作られた人工知能、それに関わる国際宇宙機構とルフト博士、そしてその根底にあるパヴリーンという謎の中核に、互いが近しい存在だと気づいたのだった。
しかし、謎の実態はより深い暗闇に包まれているようだった。
二人はパヴリーンの源である水晶が、激化している南北両軍の戦闘、兵器開発や戦略の根幹に繋がっていることを、僅かながらに嗅ぎ取っていた。
だから、人前であけすけに話すこともままならず、チクローポとエイミーの関係はぎくしゃくしたままだった。
そこに起こったのが、火星の衛星ダイモスでのヴォロンターリオの爆死事件であり、パンタミーマの過労騒動――妊娠の疑い――であり、爆死事故を目撃したことによる、急性ストレス反応からくるエイミーの精神的な崩壊だった。
事件があったころ、エイミーはパンタミーマの妊娠をどう本人と、父親だと目星をつけたチクローポに伝えるかに苦慮していた。
彼女は執拗といえるぐらい、チクローポに、
「一度でいいからお見舞いにいってください」
と迫った。
だが無駄骨だった。
そもそも、宇宙船で生まれ育ち男女の営みさえ知らなかったチクローポが、その先にある妊娠、出産、両親による子育てといった部分に目が向くなど不可能だった。
しかし、人の営みも時間も場も目まぐるしく廻っては様変わりした。
こうして、ドクター・パンチャがディジアの提案を受けて、精神崩壊したエイミーの治療のために、チクローポと彼女を接触させることになった。
二人は、集中治療室のなかで、「パヴリーン」という言葉を何度か交わしているうちに、エイミーは正気を取り戻し、チクローポはようやく妊娠の意味に気づいたのだった。
しかし、時は待ってはくれなかった。それぞれはそれぞれの道を歩むしかなかった。
エイミーは激しさを増す戦争の被害者をすこしでも少なくするために、当初の予定通りガニメデの南北両軍基地へと取材に向かった。
チクローポはパヴリーンの意味が祝福であるのか、呪いであるのかを確かめるために、エイミーに同行することになった。
パンタミーマにとって、ガニメデは辛い別ればかりをもたらす場になったのだった。




