#12 Awareness――パンタミーマ
アラバマ宇宙港の整備エリアで無事に試運転を終えた《リヴァール号》は、二十八番発着場に鈍色の船体を休めていた。
そのころ座席客室にいたパンタミーマは、乗船してきた一人の乗客が、落ち着きなくうろうろしているのに気づいた。
(ああ、あの人、この手の船はじめてなんだろうな……。しょうがない、案内すっか)
「お客様、どうされました?」
彼女が営業口調で話しかけると、乗客はもじもじしながら振り向いた。
パンタミーマはその顔に見覚えがあったが、以前に知っていたのと違う印象を抱いたようだった。
それもそのはずだった。二人とも互いが知る、国際宇宙機構での同僚時代からすこしばかり、容貌に変化があったからだ。
エイミーは自慢だった長髪をばっさり切ったショートボブになり、パンタミーマの髪は茶と金と銀の三色に染められていたのだ。
だが、彼女は戸惑うことなく切り出した。
「あれ? もしかしてエイミー? あたしよあたし、わからない? パンタミーマよ」
「パンタミーマ? ん、でも……昔と雰囲気が違う気がするけど……」
しかし、二人はすぐに声や素振りから、それが誰なのかわかった。
彼女たちは十七歳からの十二年間、宇宙機構の秘書課で競い合った仲であり、好敵手だった。
もっともそれは、周囲からの軋轢によって作られた印象であり、当人たちが抱きあっていたものとは異なっていた。
そんなことからか、パンタミーマとエイミーは、はじめの数日こそぎくしゃくしていたが、日が経つにつれて、自然と距離を縮めていった。
こうして二週間あまりが過ぎたころ、《リヴァール号》は火星の衛星ダイモスに近づいていた。
その日、パンタミーマは体調がよくなかったが、持ち前の負けず嫌いからか、いつものように船内厨房で立ち働いていた。
「ああ、なんか気持ち悪い……」
吐き気を感じた彼女はトイレまで行く暇はないと判断したのか、シンクにしがみついて嘔吐いた。だが、なにも出なかった。
しかも、肘の内側や膝の裏に痒みを感じた彼女は、そこをぽりぽりと掻きはじめた。
「いつもの蕁麻疹か……。なんか変なもん食ったっけかな? アレルギーはこれだから嫌だ。――仕方ない薬だ薬……」
そう呟くと、パンタミーマは厨房の戸棚を引っ掻き回して、常備してある薬の容器を破ると、二錠を口に放り込んで水で流し込んだ。
「でも、これ飲むと眠くて怠くなるんだよ……。ていうか、まじで気持ち悪い……」
彼女は薬が効き始めるのを待ちながらも、また何度か嘔吐いた。
「駄目だこれ……」
彼女はさらに容器から錠剤を取り出して飲んだ。さらに二錠、またさらに二錠、都合八錠が彼女の胃の中に消えていった。
「ディジアのお化け体力が羨ましい……」
もはや呟く力さえ失ってしまったのか、パンタミーマは厨房の一隅にしゃがみ込んでしまった。
そこに、そんなこととは露知らないエイミーがやって来た。
「わっ!」
「なに? もう驚かないよ……」
「どしたのミーシャ? そんなとこにしゃがみ込んで、掃除でもしてるの?」
「具合悪いの。見てわからない……」
その訴えと口振りから、エイミーはすぐに異変を察知した。
水疱瘡ではないか? いやそれは違う。いつもの蕁麻疹だ、いやそれにしては発疹が激しすぎる。吐いたの? いや吐いてはいないがゲーゲーしただの、医務室に行こう、あいつは藪医者だから嫌だだののやり取りが長いことつづいたあと、ついに音を上げたのかパンタミーマがいった。
「ごめん。医務室連れてって」
「ミーシャ立てるの? 歩ける? あれなら人を呼んでくるけど」
「いや、いい。根性だす……」
そういってパンタミーマはハイヒールを脱ぎ捨てて、ストッキングを履いた足先をむにゅむにゅと動かした。
(ちょっともう……どんな根性よ……。足先の運動したからって、どうにかなるわけじゃないのに……)
エイミーは呆れながらも吹き出したくなるのを堪えて肩を貸しながら、パンタミーマを医務室へと連れて行った。
過剰に薬を飲んだせいもあってか、すっかり消耗していたパンタミーマは医務室に着くなり気を失った。
そんな彼女をよそに、藪医者と噂されるドクター・パンチャとエイミーの間に激しいやり取りがあり、結局パンタミーマは全身の精密検査を受けることになった。
その結果、彼女に妊娠の可能性が浮上した。
エイミーはもちろん驚きはしたが、それ以上に苦慮を抱え込むことになった。
(どうやって伝えよう……。だって、ミーシャはそんなこと1ミリだって疑ってなかったし……。いや、それ以上に相手は誰なの?……。多分、あの人だと思うけど確証がない。わたしどうすればいいの?……)
こうして、チクローポ、パンタミーマ、ディジアの作り上げた関係に、エイミーが加わることになった。
喩えてみればこうなるのだろう。
それまでの三人は三つの頂点をもつ三角形だった。それぞれの頂点を直感的なチクローポ、感情的なパンタミーマ、理性的なディジアとするなら、その三角形にエイミーという直観、感情、理性に比較的均衡の取れた三角形が重なって回転しはじめたと。
そして、そのふたつの重なった三角形の運動は、形容し難い場を作り出しはじめたと。
もっとも、こうしたことが見えてくるのは、ずっと後になってからだったし、当人たちもそのことに気づいていた様子はなかった。だから、パンタミーマが自身、妊娠している可能性を知るのは、まだすこし先のことだった。
瞬かない星屑を散らした黒い天鵞絨の宇宙もまた、そんなことには無頓着だった。
かくして《リヴァール号》は二番目の中継地である火星の衛星ダイモスに立ち寄ると、次の中継地である小惑星ベスタを目指したのだった。




