#11 Living――心と体
「お、あいつ生きてた!」
誰よりも早くチクローポの姿を見つけたのは、パンタミーマだった。
それもそのはず。このとき彼女は、彼と初めて取引きに成功した時に手にしていた、オペラグラスを持参していたからだった。
パンタミーマは喜びを分かち合いたかったのか、すぐ傍にいるディジアに近づいていった。
「生きてた。ねえ、ディージ。あそこ、あそこ見て」
といってオペラグラスを手渡した。
それを目に当てたディジアは、すぐに大きな荷物を背負って歩いてくる、チクローポを見つけ出すことができた。
「なんだか逞しくなった感じがするわね」
「そうかな? ちょっと貸して」
いうやいなやパンタミーマはディジアの手から、オペラグラスを奪い取るようにして、レンズ越しにチクローポの様子を窺った。
「わかんない。前どうだったかよく憶えてない。まあ、変人なとこは変わってないと思うけど」
ディジアは図ることのないパンタミーマの口振りに相好を崩した。
「そう? もう一回貸して。――そうねえ……やっぱり逞しくなったように見えるけど。タミーにはそう見えないの?」
そんなやりとりをしているうちに、チクローポは肉眼で捉えられる辺りまで近づいていた。
彼はパンタミーマとディジアに気づいたのか、歩きながら右腕をゆっくりあげて、親指を立てて見せた。
「あいつ、片目のくせによく見えるんだな」
「そうみたいね。でも、彼の場合、見えてるんじゃなくて感じてるんじゃないかな? どう思う、タミーは?」
「なにを感じてるの?」
「たとえばニオイとかかな。もっとも――」
ディジアがそこまでいったとき、パンタミーマは小走りしてチクローポに近づいていった。
「まったくもう。子どもみたいなんだから。落ち着きがなさすぎる。でもそこがタミーの取り柄なんだろうけど。――ときどき羨ましくなるのよね。あんな風にできたらって……」
そう呟いて微笑みながら、彼女は二人が昔と変わらないようなやり取りをしているのを、その場で眺めていた。
結局、ディジアはその後もそこに残って、機関科員の出迎えを終えて船内に戻ったが、パンタミーマはチクローポに引っ付いていき、そのまま船内に消えてしまった。
約四か月ぶりの再会だったが、ディジアが観察したチクローポへの評価は比較的正確だった。
肌は浅黒く焼け、眼光は鋭くなり、以前にも増して無骨になっていた。
南北両軍が激突した本格的な戦場に足を運んだのではなかったが、見る人が見れば戦火をくぐり抜けて生き残った戦場カメラマンのもつ佇まいが、濃厚に漂っていたのだった。
パンタミーマは、そんなチクローポの後に着いて歩いていた。
「ねえ、お兄さん。黙ってるのはいつものことだからいいけど、お土産ないの? お土産」
「ない」
「おうおう、あたしにお土産なしとか、許されると思ってんの? せめて土産話くらいしなよ。あそこが綺麗だったとか、どこそこで変なもん見たとかあんでしょ?」
「まあな」
「なんだよ、そんなに口利きたくないのかよ? じゃあさ、あとででもいいから、ガニメデの名所を写したの見せてよ。そんならいいだろ? ――それよか部品は足りたの? 足りてないならお姉さんとこおいで。久し振りの直接取引きだから、安くしとくから。そうだな、特別出血大サービスで10%引きでいいよ」
「たいして安くない」
そんな不毛ともいえるやり取りをしながら二人は通路を進んでいった。
そのとき、チクローポはトイレにでも行きたかったのか、突然背負っていた大きな荷物を床に置いた。
それを見たパンタミーマは、いまだとばかりに背中に飛び乗った。
「おい」
「なに? あたしは貴重な荷物だよ。さあさ、運んでちょうだい。あたしの部屋までね」
「……」
チクローポはなにもいわずに床にあった荷物を引きずりながら歩きはじめたが、途中でずり落ちてゆくパンタミーマを気遣ったのか、何度か揺すりあげて彼女が落ちないようにしていた。
そうして、上手いことチクローポの首に両腕を絡めた彼女は、それからはなにもいわずに安らいだ顔をして身を預けていた。
船内で誰かとすれ違うと、いかにも具合の悪い女ですという演技をしていた。
こうして、パンタミーマはチクローポにおぶさって私室まで運ばれていった。
「もう到着か。早くない? 近道したろ? まあいいか」
「……」
「とにかくさ、無事に戻れてなによりだ。部品、足りなかったらいつでもおいでよ。そんじゃあね、ありがと」
といって自室の扉を開けたあと手を振った。
チクローポがそこから幾部屋か先にある、割り当てられた部屋に姿を消すまで、パンタミーマは大きな背中を目で追いかけていた。
数日後、《リヴァール号》は、青白いプラズマを噴射しながら、ガニメデのナトルーン火口発着場から離床して進路を地球に取ると、約六十日間にわたる航海へと乗り出していった。
舷窓からは、星屑のばら撒かれた黒い海しか見えなかったが、船内では幾つかの物語があった。
ある夜のこと――。
パンタミーマの自室に部品を受け取りにきたチクローポは、あれやこれやと話を長引かされていた。
それでも彼は困った顔ひとつせず、片言で会話にならない会話をしていた。
そんな彼に焦れたのか、彼女は突然席を立って空いた椅子を運んで、彼にぴったりと寄り添うようにして座った。
「なあティーポ。ディージがね、あんたは片目で見てるんじゃなくて、感じてるんじゃないかっていってた。そこんとこどうなんだよ?」
「さあな」
「またそれ? あのさ、ニオイに敏感とかある? あたしいい匂いするはずだけど」
そういわれてチクローポは彼女の首筋に僅かに鼻先を近づけてからいった。
「別に」
「嘘つけ。いい女の匂いがするはずだぞ。よく嗅いでみろよ」
「わからん」
「あのねティーポ。あんた匂うよ。宇宙のニオイがするって噂あるの」
「そうか?」
チクローポはいわれるがままに、自分のニオイを嗅ぎはじめた。
「しょうがないな」
いいながらパンタミーマは着ていた上着を脱いだ。
「これでどうよ? 嗅いでみな」
「変わらない」
「じゃあこんどはあたしがあんたの嗅いでみるか?」
それで察したのか、チクローポは上着を脱いだ。
「臭うねー。星屑のニオイがぷんぷんするじゃん」
「んで、あたしはどうなの? もっかい嗅いでみな」
チクローポは、ふたたびパンタミーマの首筋に鼻を近づけたあと、首を傾げた。
「二人とも鼻が悪いみたいだね。仕方ない、下も脱ぐか」
そんなことを繰り返しながら、二人は裸になった。
「あーあ、こんなのはじめて。ままごとしてるみたいだ」
「そうなのか?」
全裸になったまま、二人はベッドに仰向けになってしばらく、なにがしかの言葉を交わしたあと、どちらからともなくごく自然に体を重ね合った。
このときパンタミーマは船内に流れた様々な噂から、チクローポがこの船で産まれこの船で育ち、男女の営みについてほとんど知識をもっていないことを知っていた。
だからそれは、いやらしさもなく、無理強いすることもなく、極々自然なものだった。
そんな夜を幾つか通り過ぎて、《リヴァール号》は地球のアラバマ宇宙港に着床した。
一か月間の修理補修期間を経て、船はまた地球と木星間の定期便航路に復帰しようとしていたころ、元国際宇宙機構の特級秘書だったエイミーが、乗客として乗り込んできた。
そのエイミーが宇宙機構出身だったからだろうか、チクローポはしだいに戦争の渦に引き込まれていったのだった。




