第8話 一生、あなたを恨みながら私は隣で生きていく
第8話をお届けします。ソウタの部屋での対峙となります。
ソウタの家の前は、驚くほど静まり返っていた。
いつもなら庭先からソウタの笑い声が聞こえたり、部活の道具が転がっていたりするはずなのに、今はカーテンが締め切られ、まるで誰も住んでいないかのような気配を漂わせている。
「……私が、行く」
アオイが僕とユキの前に一歩出た。その小さな背中には、もう迷いの影はなかった。
アオイは迷わずインターホンを押した。一回、二回。応答はない。
「ソウタ! いるんでしょ! 開けて!」
アオイがドアをドンドンと叩く。その激しい音が、静かな住宅街に響き渡った。しばらくの沈黙の後、カチャリ、と重苦しい金属音がして、ゆっくりとドアが開いた。隙間から顔を覗かせたソウタは、お祭りの夜よりもさらに酷い有様だった。
髪はボサボサで、目の下には濃い隈が刻まれている。いつも僕たちを引っ張ってくれたあの眩しいリーダーの面影は、どこにもなかった。
「アオイ……ハル、ユキも……。なんで、きたんだよ。俺はもう、お前たちに合わせる顔なんて――」
「うるさい」
アオイがソウタの言葉を冷たく遮り、無理やりドアを押し開けて家の中へと入っていった。僕とユキもそれに続く。ソウタの部屋は、電子機器の熱気と、どこか閉塞感のある匂いが満ちていた。
床には教科書や部活のジャージが散乱している。
ソウタはベッドの端に腰掛け、自分の膝を見つめたまま、また頑なに口を閉ざしてしまった。
「ソウタ」
アオイがその目の前に立ち、静かに呼びかける。
「警察には、行ってないよね」
「……あぁ。ハルに、自己満足だって言われて……。俺がどこに行けばいいのか、分からなくなった」
ソウタの声は、今にも消え入りそうに掠れていた。
「俺さ、ずっと怖かったんだ。ハルトくんの手を離しちゃったあの瞬間から、アオイに嫌われるのが、拒絶されるのが、怖くて怖くてたまらなかった。だから、お前が泣くたびに、自分の罪を隠すように『お前のせいじゃない』って言い続けた。お前が俺に依存して、俺を頼ってくれることで、自分の罪が許されたような気がしてたんだ……。俺は、お前を利用してたんだよ、アオイ」
ソウタの告白は、自虐に満ちていた。自分を徹底的に貶めることで、これ以上誰も傷つけないように、自分からみんなを遠ざけようとしている。
「本当に、バカね」
部屋の壁に寄りかかっていたユキが、深いため息をつきながら言った。
「そうやって一人で悲劇のヒーロー気取って、引きこもって、それで何が解決するの? あんたがどれだけ自分を責めたって、アオイの傷は消えないし、私たちの壊れた関係も元には戻らないのよ」
「ユキ……」
「私はね、ソウタ。あんたのその泥臭くて、情けなくて、嘘つきなところを最初から知ってたら、もっと早くに失恋できてたわよ。完璧なフリなんかして、私たちのことまで騙し続けてた罪は、重いんだからね」
ユキの言葉は辛辣だったが、その声には確かな優しさがあった。彼女はソウタの「完璧な仮面」ではなく、その裏にある「弱さ」を、今度こそちゃんと受け入れようとしていた。
アオイが、ゆっくりとソウタの前に膝をついた。
そして、ベッドの上のソウタの両手を、そっと自分の手で包み込んだ。
「ソウタ、私の顔を見て」
ソウタがビクッと肩を揺らし、恐る恐るアオイを見つめる。アオイの瞳からは、もう涙は流れていなかった。あるのは、すべてを受け止める覚悟を決めた、強い光だった。
「私、ソウタの言った通り、すごく傷ついたよ。ハルトの死にソウタが関わってたって知って、一瞬だけ、ソウタのことが大嫌いになった」
ソウタの瞳が、絶望に歪む。だが、アオイの言葉はそこでは終わらなかった。
「でもね、この三年間、ソウタが私のために流してくれた涙も、私の手を握ってくれた温かさも、全部が嘘だったなんて、私にはどうしても思えないの。ソウタが罪悪感から優しくしてたとしても、その罪悪感だって、私のことを大切に想ってくれてなきゃ生まれないものでしょ?」
「アオイ……っ」
「私はソウタを許さないよ。一生、ハルトのことを思い出すたびに、ソウタのことを少しだけ恨むと思う。……でもね、それと同じくらい、私はソウタに救われたの。だから、勝手に一人で消えようとしないで。私の前から、逃げないでよ」
アオイの手が、ソウタの手を強く、強く握りしめる。
「もう『優しいソウタ』じゃなくていい。完璧じゃなくていいから。私の隣で、一緒に傷ついたままでいてよ。それが、ソウタの本当の罰で、私の本当の願いだよ」
ソウタの目から、ついに大粒の涙が溢れ落ちた。あいつはアオイの手のひらに額を押し当て、子供のように声を上げて泣いた。三年間、誰にも見せられなかった本当の涙。罪の重さに怯え、嘘の重さに潰されそうになっていた少年が、ようやく本当の意味で「救われた」瞬間だった。
僕はその光景を、少し離れた場所から静かに見つめていた。アオイの隣に立つのは、僕じゃない。ソウタだ。たとえそこにどれだけ深い傷や恨みがあったとしても、二人の絆は、僕の入る隙間がないほどに深く、強く結ばれている。胸がチクリと痛んだけど、不思議と嫌な気分ではなかった。
僕がアオイに伝えた『本物の優しさ』は、アオイがソウタと向き合うための強さを与えることができた。それだけで、僕の初恋には、十分に意味があったのだと思えたから。
「……さて、泣き虫の王子様も回収したことだし」
ユキが涙を指で拭いながら、いつもの冷淡な口調を取り戻して言った。
「ハル、アオイ、ソウタ。八月三十一日まで、あと一週間ちょっとよ。私たちの秘密基地が壊される前に、やることがあるでしょ」
ソウタが涙を拭い、真っ赤な目で僕たちを見た。
「やること……?」
「決まってるじゃん」
僕はソウタの肩をぽんと叩き、いつものように不敵に笑ってみせた。
「四人で、最高の思い出作って、あの秘密基地を綺麗に終わらせるんだよ。相棒」
ソウタの顔に、三年間で一度も見せたことのない、本当の、少し不器用な笑顔が戻った。
歪な四角形は、もうどこにもない。僕たちは、傷を抱えたまま、お互いの素顔を見つめ合いながら、本当の最後の夏休みを走り抜ける。
第8話をお読みいただき、ありがとうございました。
「許さない、だから逃げないで」というアオイの強い覚悟と、ソウタの本当の涙。完璧なヒーローを辞めたソウタが、ようやく救われた瞬間でした。
連載も残り少なくなってまいりました。最後まで見届けていただけますと幸いです。
下部の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします。




