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第7話 歪な四角形の角が削れて、僕の恋が実を結ばないとしても

第7話をお届けします。ハルの告白の場に、ユキが現れます。


「……ごめん。邪魔するつもりじゃなかったんだけど」


開いたドアの隙間から、ユキがいつも通りの冷淡な、だけどどこか弱々しい声を響かせた。

彼女の手には、スケッチブックと一本のシャープペンシルが握られている。美大を目指しているユキが、よく持ち歩いているものだ。

僕はアオイの肩からそっと手を離し、少し気まずさを覚えながらユキを見た。アオイは涙を指で拭い、小さく息を吐いてユキを見つめている。


「ユキ……どうしたの、こんなところで」

「絵を描きにきたのよ」


ユキは歩を進め、部屋の隅にあるパイプ椅子ではなく、僕とアオイが座る実験机の少し離れた場所に腰掛けた。


「ここ、今月で取り壊しでしょ。私たちの『秘密基地』の最後の姿、何かに残しておかないと、本当に何もなかったことになっちゃう気がして。……そしたら、あんたたちがいたの」


ユキはスケッチブックを開き、サラサラと鉛筆を走らせ始めた。沈黙が理科室を支配する。だけど、その沈黙は病院の廊下で感じたような刺々しいものではなかった。どこか、諦めと、ほんの少しの温かさが混ざった不思議な空気。


「……ハル」


ユキが手元を見つめたまま、ぽつりと言った。


「さっきの告白、格好良かったわよ。あんたにしては、100点満点じゃない?」

「なっ……! 聞いてたのかよ」

「声が大きいのよ、あんたは。……でも、アオイ」


ユキは鉛筆を止め、真っ直ぐにアオイを見た。その瞳には、お祭りの夜のような嫉妬の炎はもう灯っていなかった。あるのは、同じ男に振り回され、傷ついた者同士の、静かな連帯感だった。


「私はソウタが好きだった。ううん、正確に言えば、完璧で誰も傷つけない『王子様みたいなソウタ』という幻想に恋をしてただけ。……だから、あいつがボロボロになって、ハルトくんのことで泣き叫んだ時、幻滅したと同時に、心のどこかでホッとしたの」

「ホッとした……?」


アオイが小さく首を傾げる。


「ええ。あいつ、やっと人間になったんだなって。三年間、私たちの前で一回も弱音を吐かなかったソウタが、どれだけ歪んだ強がりの中で生きてたか、やっと理解できたから。……アオイ、あんたはソウタの『偽物の優しさ』に救われてたって言ったけど、あれは本当に偽物だったのかしらね」


ユキの言葉に、アオイの瞳が微かに揺れた。


「ソウタは罪悪感からあんたに優しくしてた。それは事実よ。でもね、人間って、そんなに長い間『完全に嘘の優しさ』を続けられるほど器用じゃないわ。あいつの根底にあったのは、間違いなくあんたへの執着で、あんたを失いたくないっていう必死の願いだったはずよ。……加害者だとしても、あいつがあんたのヒーローであり続けようとした三年間を、私は全否定したくない」


ユキはそう言うと、またスケッチブックに視線を落とし、熱心に絵を描き始めた。理科室に、シャープペンシルの芯が紙を削る音だけが規則正しく響く。ユキの言葉は、アオイの凍りついていた心を、少しずつ、だけど確実に溶かしていくようだった。


「……ハル」


アオイが今度は、僕の顔を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、さっきまでの絶望の闇ではなく、僕の言葉を受け止めようとする、誠実な光が宿っていた。


「ハル。さっきは、ありがとう。嬉しかったよ、本当に」


アオイは優しく微笑んだ。だけど、その笑顔の裏にある切なさを、僕は痛いほど感じ取ってしまった。


「でもね、私……今のままじゃ、ハルの『本物の優しさ』を受け止めることができないの。ソウタの嘘をちゃんと咀嚼して、ハルトの死を本当の意味で受け入れないと、私は誰かを好きになることも、誰かと前に進むこともできない」

「……分かってるよ」


僕は小さく頷いた。分かっていた。アオイがソウタという巨大な存在と、三年前の過去に決着をつけない限り、僕の恋が実ることはない。それでも、自分の気持ちを伝えられただけで、僕の胸のつかえは驚くほど軽くなっていた。


「ソウタと、話さなきゃダメだよね」


アオイが立ち上がった。その背筋は、さっきよりも少しだけ伸びていた。


「あいつ、今頃自分の部屋で、世界一不幸な人間の顔して引きこもってるわよ。自業自得だけどね」


ユキがスケッチブックから目を離さずに言った。


「迎えに行こう、ソウタを」


僕は実験机から飛び降りた。


「警察に行かせるのも、あいつが一人で勝手に消えるのも、絶対に許さない。僕たち四人の秘密基地なんだから、終わらせる時も、四人一緒じゃなきゃダメだ」


僕の言葉に、アオイが「うん!」と力強く頷いた。部屋の隅で、ユキがフッと小さく笑い、スケッチブックをパタンと閉じた。


「私も行くわ。あいつの情けない顔、最後にちゃんと見届けて、私の初恋を完全に墓場に埋めてあげなきゃいけないから」


歪な四角形は、あのお祭りの夜に一度バラバラに壊れた。だけど、お互いのドロドロとした本音や、醜いエゴ、隠していた傷跡をすべて曝け出した今、僕たちは初めて、「幼馴染」という記号ではない、生身の人間として向き合い始めようとしていた。

八月も後半に入り、空の青さが少しずつ薄れていく。僕たちの、本当の最後の夏休みが、ここから動き出す。

第7話をお読みいただき、ありがとうございました。


ユキの言葉をきっかけに、アオイの心が少しずつ溶け、3人は再びソウタを迎えに行く決意を固めます。ハルの切ない覚悟がこもった回でした。


少しでも切ないと感じていただけましたら、下部の評価(☆)で応援していただけると大変嬉しいです。

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