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第6話 崩壊する四角形と、最後の夏

第6話をお届けします。夏休み後半、ハルが動き出します。

「最後の夏休み」――僕がそう確信しているのには、感傷的な理由の他に、現実的な二つの理由があった。


一つは、僕たち四人が高校三年生であり、この夏が終われば、それぞれが東京の大学や地元の専門学校へと散り散りになる進路を決めていたこと。

そしてもう一つは、僕たちの秘密基地である旧校舎が、この夏休みの最終日、八月三十一日に完全に取り壊されることが決まっていたからだ。

僕たちのモラトリアムの期限は、最初からこの夏までと決まっていた。それなのに、あんな形で関係が壊れてしまうなんて、思ってもみなかった。


「……ハル。俺、やっぱり今日、警察に行ってくる」


お祭りの翌日の午後。蝉の声がうるさいほどに響くうだるような暑さの中、ソウタは僕を某ハンバーガーチェーン店の隅の席に呼び出し、昨日と同じように疲れ切った顔でそう言った。


「は? 警察って、お前正気かよ」


僕はストローを噛み切りそうな勢いで、ソウタを睨みつけた。


「だって、俺がハルトくんをあの場所に呼んだんだ。俺が手を離さなければ、あいつは……。アオイに対しても、ずっと嘘をついて騙し続けてた。これは罪だろ。罪は、償わなきゃいけないんだ」


ソウタの目は、完全に思考が極端な方向に突き進んでしまっていた。完璧であり続けようとした反動で、一度綻(ほころ)びが出た途端、自分を最悪の悪人だと思い込もうとしている。


「落ち着けよ、ソウタ」


僕は頭を掻きむしりながら、声を低くして言った。


「法律的に見れば、あれは刑事事件じゃない。ただの悲しい、不慮の事故だ。お前が警察に行ったところで、おまわりさんも困るだけだよ。お前がやってることは、ただ『警察に捕まる』っていう分かりやすい罰を受けることで、自分の罪悪感から楽になりたいだけの、自己満足だ」

「自己満足……っ?」


ソウタが息を呑み、僕を真っ直ぐに見た。その瞳に、一瞬だけかつての鋭さが戻る。


「じゃあ俺はどうすればいいんだよ! アオイの三年間を奪ったんだぞ!? 毎日毎日、あいつが泣いてるのを見ながら、俺は『お前のせいじゃない』って優しいフリをしてたんだ! 警察にも行かず、このままのうのうと生きていけって言うのかよ!」


ソウタが机を叩いた。周囲の客が一瞬こちらを見る。僕は冷めたコーヒーを一口飲み、ソウタの目をじっと見据えた。


「のうのうと生きるわけないだろ。お前が本当に償わなきゃいけない相手は、警察でも国家でもない。アオイだけだ。アオイに一生、その軽蔑の目を向けられながら、それでもあいつの傷と向き合い続けることだけが、お前の本当の罰だろ。逃げるなよ、ソウタ」


僕の言葉に、ソウタはガタガタと肩を震わせ、ついに両手で顔を覆って俯いた。完璧だった男の、これが本当の、泥臭い素顔だった。ソウタを置いて店を出た僕は、その足でアオイの家へと向かった。

インターホンを押すと、しばらくして、普段着のTシャツ姿のアオイが出てきた。髪は少しボサボサで、目は赤く腫れぼったい。


「……ハル。どうしたの?」

「アオイ。……ちょっと、歩かない?」

アオイは少し躊躇(ちゅうちょ)したようだったが、小さく頷いて、僕の後をついてきた。

二人の影が、陽炎の立つアスファルトに長く伸びる。向かった先は、お祭りの夜に目指した裏山の展望台でもなく、涼しい商業施設でもなく、僕たちのいつもの場所。あの旧校舎の理科室だった。

立ち入り禁止の看板をすり抜け、ギィ、と軋む重いドアを開ける。室内の空気は熱がこもって息苦しかったが、窓を開けると、昨日と変わらない夏の風が吹き込んできた。アオイはいつもの実験机に腰掛け、小さく息を吐いた。


「ソウタね、警察に行くって言ってたよ」


僕が切り出すと、アオイの身体が一瞬、ピクリと強張った。


「……バカみたい」


アオイは自嘲気味に笑った。


「警察に行ったって、ハルトは返ってこないのにね。ソウタは、本当にずるいよ。そうやって『可哀想な加害者』のポジションに逃げ込んで、私に『許すか許さないか』の残酷な選択を迫るんだから」


アオイの言葉は、鋭く、的確だった。彼女はソウタの隠されたエゴを、ちゃんと見抜いていた。


「アオイは、ソウタのことが、まだ憎い?」


僕の問いに、アオイは長い沈黙を返した。窓の外では、入道雲がモクモクと空を覆い尽くそうとしている。


「分からない」


アオイは膝を抱え込み、その中に顔を埋めた。


「憎いよ。ハルトの死にソウタが関わってたなんて、考えたくもない。でもね、ハル。この三年間、私が壊れそうになるたびに、私の手を一番に握ってくれたのは、やっぱりソウタだったの。あの優しさが全部『罪悪感からの偽物』だったとしても、私の心が救われてたのは、間違いのない事実なんだよ」


アオイの声が、涙で濡れていく。


「偽物の優しさに救われてた私は、これから何を信じて生きていけばいいの? ソウタを憎めばいいの? それとも、感謝すればいいの? 一番近くにいたはずなのに、私、ソウタの本当の顔を、何一つ知らなかった……」


アオイの孤独な叫びが、埃っぽい理科室に響く。

僕は、アオイの隣に座った。そして、昨日お祭りの花火にかき消されて届かなかった、僕の本当の言葉を、今度こそ口にしようと決めた。


「アオイ」


僕はアオイの肩に、そっと手を置いた。


「ソウタが偽物だったなら、僕は本物になるよ」


アオイが、涙を溜めた目で僕を見上げた。


「ソウタみたいに完璧じゃないし、お前を器用に救ってあげることもできない。三年前、ただ立ち尽くすことしかできなかった情けない奴だけど……でも、僕がアオイを想う気持ちには、一つも嘘はない。罪悪感も、下心も、何もない。ただ、アオイに笑っていてほしい。それだけなんだ」


ハルの、生まれて初めての、命がけの告白だった。歪な四角形の角が一つ、完全に削り取られた瞬間だった。アオイは目を見開いたまま、僕の顔をじっと見つめていた。

その時、理科室のドアが、また静かに開いた。そこに立っていたのは、浴衣姿ではない、いつもの黒髪を一本に結んだユキだった...。

第6話をお読みいただき、ありがとうございました。


極端な形で罪を償おうとするソウタをハルが引き留め、 暗闇から抜け出すようなアオイへの真っ直ぐな告白。

歪な関係が、少しずつ違う形へと変わり始めます。


「ハルを応援したい」と思ってくださった方は、ぜひ下部の評価(☆)やブックマークをよろしくお願いいたします。

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