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第5話 神様、私は誰を憎めばいいですか

第5話をお届けします。4人の関係が決定的に崩壊します。

救急車の赤色灯が、深夜の病院の白い壁を不気味に、規則正しく照らし出していた。

お祭りの華やかな喧騒から切り離された無機質な廊下に、場違いな浴衣姿の僕たちが三人、パイプ椅子に腰掛けている。

ソウタは処置室へと運ばれ、僕たちはただ待つことしかできなかった。

医師の話では、極度の精神的ストレスによる過換気症候群と心因性のパニック発作とのことだった。命に別状はない。その言葉に一瞬だけ安堵したものの、僕たちの胸に宿った重苦しい澱(おり)は、何一つ消え去ってはくれなかった。


「……アオイ」


僕は隣に座るアオイに、恐る恐る声をかけた。アオイは膝の上で両手をきつく握りしめ、床の一点を見つめたまま動かない。その横顔は街灯の下で見た時よりもさらに白く、透き通ってしまいそうだった。


「アオイ、大丈夫か? 水、買ってこようか」

「……ハル」


アオイがゆっくりと僕を振り返った。その瞳には、さっきまであった激しい動揺は消え失せ、底の見えない、冷たい静寂だけが広がっていた。


「ソウタの言ったこと、本当だと思う?」

「それは……」


僕は言葉を詰まらせた。ソウタが苦しみの極限で吐き出した言葉。あれが嘘だとは、到底思えなかった。あいつがずっと僕たちの前で見せていた、眩しいほどの優しさと完璧さ。

その裏側にあったのが「罪悪感」だったのだとしたら、すべての辻褄が合ってしまう。


「私、ずっと自分を責めてた」


アオイが、乾いた声で淡々と語り始めた。


「あの夜、私がハルトの大好きなお面を見つけて、あっちに行こうって言ったからだって。私が手を離したからだって、三年間、一日も忘れたことはなかった。夜、目を閉じると、いつもハルトがトラックに跳ねられるあの音が聞こえて、怖くて眠れなくて……。そんな時、ソウタがいつも『お前のせいじゃない』って言ってくれたの。その言葉に、私は何度も救われた。……救われてたの、本当に」


アオイの声が、かすかに震え始める。


「でも、ソウタがハルトをあそこに誘導してたなら……ソウタがハルトの手を離したなら……私は、誰を責めればいいの? 私を救ってくれたソウタを、私は憎めばいいの? 分からないよ、ハル……。もう、何も分からないよ……」


アオイの目から、堰を切ったように涙が溢れ出た。彼女は声を押し殺して、肩を激しく震わせて泣いた。

僕はその肩を抱きしめることも、慰める言葉をかけることもできなかった。なぜなら、僕自身もあの夜、その場所にいながら、ハルトを救えなかった


「傍観者」


という罪を背負っているからだ。


「……最低ね、私たち」


廊下の少し離れた場所から、低く、冷ややかな声が響いた。ユキだった。彼女は壁に背中を預け、冷めた目で僕たちを見つめていた。そのシックな灰色の浴衣は、今やひどくみすぼらしく見えた。


「ユキ……」

「ハル、あんたも私も、自分のことしか考えてなかった。私はソウタと二人きりになりたくて、あんたはアオイを独占したくて、あんな最低な嘘をついて作戦を立てた。その結果がこれよ。ソウタを追い詰めて、アオイを傷つけて、4人の関係をめちゃくちゃにした」


ユキの言葉は、鋭い刃物となって僕の胸に突き刺さる。その通りだった。僕たちのエゴが、ソウタの仮面を無理やり剥ぎ取り、アオイの傷口を抉(えぐ)ったのだ。


「私は、ソウタのことが好きだった。完璧で、優しくて、誰のことも見捨てないソウタが。でも、あいつがただの『人殺しの逃亡者』だったなら、私のあこがれはなんだったのよ……」

「ユキ、それは違う!」


僕は思わず立ち上がり、ユキに向かって一歩踏み出した。


「ソウタは逃げてなんかいない! あいつは、三年間ずっと、アオイの隣でその罪と向き合い続けてたんだ。自分が一番苦しいはずなのに、アオイを傷つけないために、必死で『優しいソウタ』を演じ続けてたんだよ! それがどれだけ地獄か、お前には分からないのか!?」

「じゃあ、アオイの地獄はどうなるのよ!?」


ユキが初めて感情を爆発させて叫んだ。彼女の目からも、大粒の涙が零れ落ちる。


「騙されていたアオイの三年間は、誰が補償してくれるの!? 優しいフリをした加害者に救われてたなんて、そんなの、ただの残酷な茶番じゃない!!」


二人の罵声が、深夜の静かな廊下に虚しく響き渡る。その時、処置室のドアが静かに開いた。


「……あの、騒がしくしてすみません」


中から出てきたのは、私服に着替えたソウタだった。点滴を終えたのか、その腕には白い絆創膏が貼られている。顔色はまだ悪かったが、呼吸は落ち着いているようだった。

ソウタは僕たち三人を見つめ、ひどく悲しげに、そして全てを諦めたような笑みを浮かべた。


「ソウタ……」


アオイが立ち上がり、ソウタを見つめる。二人の間に、目に見えない深い亀裂が横たわっているのが分かった。三年前から、いや、幼い頃からずっと一緒だった二人の距離が、今、決定的に離れていく。


「アオイ、本当にごめん」


ソウタは深く、深く頭を下げた。


「俺がしたことは、絶対に許されることじゃない。お前を騙し続けて、自分の罪から逃げてた。……明日、俺は警察に行って、当時のことを全部話してくる。お前の前から、消えるよ」


ソウタの言葉に、アオイは何も答えなかった。引き止めることも、怒鳴りつけることもせず、ただ、静かに目を伏せた。その沈黙こそが、アオイが出した「答え」だった。


「ハル、ユキ。二人のことも巻き込んでごめんな。……じゃあな」


ソウタはそれだけ言うと、僕たちの横を通り過ぎ、エレベーターの方へと歩き出した。その背中は、いつもの広い肩幅を失い、ひどく小さく、孤独に見えた。ユキはソウタの後を追うことはしなかった。ただ、溢れる涙を拭いもせず、去りゆく彼の背中をじっと見つめていた。

彼女の初恋は、今、最悪の形で終わりを迎えたのだ。一人、また一人と、秘密基地の仲間が離れていく。僕たちが必死にしがみついていた、あの優しくて切ない四角形は、この夜、完全に崩壊した。

病院の外に出ると、東の空がうっすらと白み始めていた。ぬるい朝の風が、僕の浴衣の袖を揺らす。

アオイは僕の隣で、ただ黙って、明けていく空を見つめていた。その瞳には、もう誰も映っていなかった。僕も、ソウタも、ユキも。

僕たちの、最後の夏休みが、本当の意味で始まろうとしていた。それは、あまりにも痛々しく、孤独な始まりだった。

第5話をお読みいただき、ありがとうございました。


深夜の病院の廊下で、それぞれが隠していた本音とエゴがぶつかり合い、ソウタは去っていきました。

物語はこれでちょうど半分となります。ここからの彼らの選択を、どうか見守ってください。


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