第4話 裏山の境界線、ユキの決断
第4話をお届けします。物語の核心に迫る回になります。
「ハル、それどういうこと……!? ソウタが、何!?」
スマートフォンのスピーカーから漏れ出たユキの悲鳴に、アオイが顔を真っ青にして僕の腕を掴んだ。
夜空には皮肉なほど綺麗な大輪の青い花火が広がり、ドォンという重低音が僕たちの足元を揺らしている。
「ユキ! 落ち着け、ソウタがどうしたんだ!?」
僕が受話器に向かって怒鳴るように問いかけると、受話器の向こうから、激しい過呼吸のような息遣いと、お祭りの喧騒とは違う「山のざわめき」が聞こえてきた。
『ソウタが、倒れたの……! 展望台の階段の手前で、急に胸を押さえて……。意識はあるんだけど、息が上手くできてなくて……。私、どうしたら、どうしたらいいの……!』
いつも冷静なユキが、完全にパニックに陥っていた。
「今すぐ行く! 動かさないで待ってろ!」
通話を切ると同時に、僕はアオイの手を引いて走り出していた。
「アオイ、裏山の展望台だ! 急ぐぞ!」
「うん……っ!」
浴衣の裾が足に絡まり、下駄がアスファルトを激しく叩く。アオイは走りづらそうにしながらも、必死で僕に遅れまいとついてきた。彼女の顔からは完全に血の気が引いていた。
(ソウタが倒れた? なんでだ。あいつは毎日部活で走っていて、誰よりも健康なはずなのに)
頭の中に、昨日アオイが秘密基地で言っていた言葉がリフレインする。
『ソウタは、無理してるんだよ。……あの事故の夜から、ずっと』
暗い山道を、スマートフォンのライトだけを頼りに駆け上がる。ハァ、ハァ、という僕たちの荒い息遣いだけが静まり返った夜の森に響く。遠くで上がる花火の光が、木々の隙間から一瞬だけ道の先を照らし出した。
数分後、展望台へと続く崩れかけた石段の麓に、二人の影が見えた。地面にへたり込み、ソウタの身体を抱きしめるようにしているユキ。
そして、その腕の中で、荒い呼吸を繰り返しながら地面に突伏しているソウタだった。
「ソウタ!!」
アオイが叫びながら駆け寄る。僕もその隣に膝をついた。
「ソウタ、大丈夫か!?」
ソウタの顔は、街灯の薄明かりの中でもはっきりと分かるほど土気色に変色し、額からは異常なほどの冷や汗が流れていた。彼は自分の胸元を むしり取るように強く 握りしめ、浅く速い呼吸を繰り返している。
「……ハ、ル……アオ、イ……」
僕たちの顔を見て、ソウタが苦しげに歪んだ唇を動かした。その瞳は、いつもの力強さを完全に失い、恐怖に怯える子供のようだった。
「救急車は!?」
僕はユキを振り返った。ユキは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、スマートフォンを握りしめていた。
「さっき、呼んだわ……。でも、お祭りの混雑のせいで、ここまで上がってくるのに時間がかかるって……。どうしよう、ハル、私のせいよ。私が無理に、二人きりになりたいなんて言ったから……!」
ユキが自分の頭を抱えて、激しく泣き崩れた。
そうだ。ユキはここで、ソウタに告白しようとしていたのだ。僕とユキが企てた、あの嘘の作戦のせいで、ソウタはここに連れてこられた。
「ユキちゃん、自分を責めないで……っ」
アオイが震える手でソウタの片手を握りしめた。
「ソウタ、しっかりして。今、救急車が来るからね。大丈夫、大丈夫だから……」
アオイの声は、今にも消え入りそうだった。彼女の手が激しく震えているのが、横にいる僕にも伝わってくる。
三年前の夏祭り。弟のハルトを失ったあの夜。アオイの目の前には、同じように血を流して倒れる弟の姿があったはずだ。その凄惨な記憶が、今、目の前で倒れているソウタの姿と完全に重なっているのだ。
アオイの呼吸まで、だんだんと浅く、速くなっていく。
「アオイ、落ち着け! ソウタは死なない! 大丈夫だから、深呼吸しろ!」
僕はアオイの肩を強く掴んだ。だが、アオイの耳には僕の声なんて届いていなかった。彼女の瞳は、ただひたすらにソウタだけを映していた。
「……ちが、う……」
その時、地を這うような掠れた声が、ソウタの口から漏れた。ソウタはアオイに握られている手を、振り払うようにして、自らの胸に強く押し当てた。
「アオイ……違うんだ……俺は、優しくなんか、ない……っ。俺が……俺のせいで、ハルトくんは……!」
「ソウタ……? 何を言ってるの……?」
アオイが涙をためた目で、ソウタを見つめる。
「あの夜……俺、お前に、嘘をついたんだ……っ。お前が目を離したんじゃ、ない。俺が……俺が、ハルトくんに、あっちの屋台に珍しいお面があるって、言ったんだ……! 俺が、ハルトくんの手を離さなければ……あいつは、道路に走っていかなかった……っ!!」
ソウタの口から飛び出したのは、あまりにも残酷な、三年前の真実だった。
「……え……?」
アオイの思考が完全に停止したのが分かった。ソウタは過呼吸で喉を詰まらせながら、血を吐き出すような思いで言葉を続けた。
「お前を、救いたくて、抱きしめたんじゃない……っ。俺が、人殺しだから……! お前に真実を言うのが怖くて、お前が自分を責める姿を見て、罪悪感から逃げたくて……! だから俺は、お前の前で『優しいソウタ』のフリを、し続けてたんだ……っ!!」
ソウタの告白は、僕たちの歪な四角形を、根底から粉々に破壊するのに十分すぎるものだった。
アオイがずっと自分を責め続けていた、弟の死。その引き金を引いたのは、他ならぬ、彼女が最も信頼し、依存していたソウタだった。ソウタが完璧に見えたのは、その巨大な「罪」の意識から逃れるために、自分に完璧であることを強いていただけだったのだ。
遠くから、ようやくウーウーと唸るサイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。
だけど、僕たちの間の空気は、氷のように冷たく凍りついていた。アオイはソウタの手を握ったまま、まるで魂を抜かれた人形のように、ただ呆然とソウタを見つめていた。
その目からは、もう涙すら流れてこなかった。
「……嘘、でしょ……?」
アオイの小さな呟きが、夜の森に虚しく消えた。夜空には、最後の特大のフィナーレの花火が、これ以上ないほど眩しく、そして儚く、爆発を繰り返していた。僕たちが必死に守ろうとしていた
「日常」
という仮面は、この夜、完全に剥ぎ取られた。
第4話をお読みいただき、ありがとうございました。
ソウタの口から語られた、あまりにも残酷な三年前の真実。完璧だった彼の裏側にあった罪悪感が、アオイの心を凍らせます。
4人の関係が大きく変わり始める中、続きも鋭意更新してまいります。
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