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第2話 君の隣を奪うための、最低な同盟

第2話をお読みいただきありがとうございます。

終業式を終えた教室は、容赦なく照りつける真夏の太陽に焼かれていた。

机を並べ替えて作られた簡易的な円の中心で、アオイが熱心にスマートフォンの画面を指差している。


「やっぱり、今年の浴衣は紺色にしようかな。ハル、どっちがいいと思う? この古典柄と、こっちのモダンなやつ」


画面を僕の目の前に突き出してくるアオイの距離は、いつも通り近すぎる。彼女が動くたびに、シャンプーの甘い匂いと、少し汗の混じった夏の匂いが鼻腔をくすぐった。


「……どっちでも似合うよ。アオイは白い肌だから、紺ならどっちの柄でも映えるし」


僕はあえて素っ気なく答えて、教科書をカバンに詰め込んだ。視界の端では、ソウタがクラスの男子に呼ばれて教室の後ろで談笑している。

アオイの視線は、僕の答えを聞き流しながらも、時折そのソウタの背中に向かっていた。


「そっかぁ。じゃあ、モダンな方にしよっかな。ソウタ、大人っぽいのが好きそうだし」


ぽつりと、アオイが小さく呟く。その言葉は僕に向けられたものではなかった。ただの独り言。だけど、僕の胸には鋭いガラスの破片が突き刺さる。アオイが可愛くなりたい理由も、浴衣を選ぶ基準も、そのすべてがソウタのためだ。


「ハル。ちょっと、いい?」


不意に背後から声をかけられた。振り返ると、冷めた目をしたユキが立っていた。

彼女はアオイを一瞥(いちべつ)もせず、僕の腕を軽く引っ張る。


「ちょっと屋上まで付き合って。話があるの」

「え、あ、うん……」


アオイが「あれ、二人でどこ行くの?」と不思議そうな顔をしていたが、ユキは答えることなく僕を連れ出した。

廊下に出ると、途端に熱気が身体を包み込む。階段を上がり、立ち入り禁止の鎖を潜り抜けてたどり着いた屋上は、陽炎が立つほどに暑かった。

フェンスに寄りかかったユキは、長い黒髪を風に揺らしながら、僕をじっと見つめた。


「単刀直入に言うわ。夏祭り当日、私に協力して」

「協力って、何を?」

「ソウタと二人きりになる時間を作って。裏山の展望台に着く前に、あんたがアオイを連れて別の場所に引き返してほしいの」


ユキの言葉は静かだったが、そこには退路を断った人間の覚悟があった。


「……告白、するの?」

「そうよ。このまま4人でダラダラと一緒にいたら、あの二人がくっつくのを特等席で見せつけられるだけ。そんなの耐えられない。玉砕するなら、あいつらが手を取り合う前に、自分の手でケリをつけたい」


ユキの鋭い瞳が、僕の心の奥底を覗き込んでくる。


「あんたにとっても悪い話じゃないでしょ? アオイと二人きりになれる。あいつにソウタの告白シーンを見せないで済む。……これって、お互いにウィンウィンじゃない?」


ユキの言う通りだった。僕がアオイを連れ出せば、アオイはソウタがユキから告白されている場面を見ずに済む。そして僕も、アオイの隣を独占できる。だけど、それはあまりにも姑息な、嘘にまみれた作戦だった。


「ハル、あんたは一生、あの子の『都合のいい幼馴染』で終わるつもり?」


ユキの言葉が、僕の弱さを正確に射抜いた。アオイの笑顔の理由になりたい。その肥大化したエゴが、僕の理性をじわじわと侵食していく。


「……わかった。当日のルートは僕が調整する。その代わり、ソウタをちゃんと捕まえとけよ」

「交渉成立ね」


ユキは満足そうに微笑んだが、その笑顔はどこか悲しげだった。僕たちは手を組んだ。誰かを出し抜くための、最低な同盟だ。屋上からの帰り道、僕は購買の前でソウタと出くわした。ソウタは冷たいスポーツドリンクを二本抱えていた。


「お、ハル。ユキと何話してたんだ?」

「別に……進路の話だよ」


嘘が、驚くほど滑らかに口から出た。ソウタは「ふーん」とだけ言って、一本のボトルを僕に手渡してきた。冷たい結露が、僕の熱を持った手のひらを濡らす。


「これ、アオイに渡してやって。あいつ、部活終わりのジュース楽しみにしてただろ」

「自分で渡せばいいじゃん」

「いや、俺これから職員室に呼ばれててさ。頼んだぞ、相棒」


ソウタは僕の肩をぽんと叩き、爽やかな笑顔を残して去っていった。相棒。ソウタはいつも僕をそう呼ぶ。あいつは僕を完全に信頼している。それなのに、僕はあいつを騙そうとしている。罪悪感が喉の奥まで競り上がってきて、僕は手元のアイスコールドのボトルを強く握りしめた。

その日の放課後、僕とアオイは二人でいつもの旧校舎、秘密基地へと向かった。ソウタは職員室、ユキは塾があるからと、久しぶりに訪れた「二人きりの空間」だった。

埃っぽい理科室の窓を開けると、ぬるい夕風が吹き込んでくる。アオイは実験机に座り、ソウタから預かったドリンクを美味しそうに飲んでいた。


「あー、生き返る! やっぱり夏はこれだね」

「ソウタからだよ。あいつ、アオイがこれ好きだからってわざわざ買ってた」


僕がそう言うと、アオイは飲む手をピタリと止めた。そして、愛おしそうにボトルのラベルを見つめ、寂しげな笑みを浮かべた。


「……ソウタは、優しいね。昔から、私が欲しいものを全部知ってるみたい」

「そうだね。あいつは完璧だから」

「違うよ」


アオイがボトルを机に置き、遠くの夕日を見つめた。


「完璧なんかじゃないよ。ソウタは、無理してるんだよ。……あの事故の夜から、ずっと」


アオイの口から出た言葉に、僕は息を呑んだ。


「ハルトが死んだ夜、ソウタは真っ先に私を抱きしめてくれたって、ハルは言ってたよね。でもね、本当は違うの」


アオイの瞳から、すっと光が消えていく。あの三年前の、暗い闇の底のような色が蘇っていた。


「あの時、ソウタは私の手を握って、震えてた。私のせいじゃないって言いながら、ソウタ自身が、今にも泣き出しそうな顔で謝ってたの。『ごめん、俺が、俺のせいで』って、何度も何度も……」


「え……?」頭を殴られたような衝撃が走った。ソウタが謝っていた? なぜだ。あの事故は、アオイが目を離した隙に起きた、不慮の事故だったはずだ。なぜソウタが自分を責める必要がある?


「ソウタはね、ハル。私に対して、ずっと何かを隠してる。私を救うためじゃなくて、自分が犯した何かのために、私に優しくしてる気がするの」


アオイの声は震えていた。彼女がソウタをずっと見つめていた理由。それは単なる恋心だけではなかった。あの日から狂ってしまった歯車の、本当の理由を、彼女も探していたのだ。


「アオイ、それってどういう――」


僕が問いかけようとしたその時、理科室のドアがバタンと大きな音を立てて開いた。


「なんだ、二人ともまだ残ってたんだ」


入ってきたのは、用事を終えたソウタだった。夕日を背に受けて立つ彼の顔は、逆光でよく見えない。

「ソウタ!」アオイは瞬時にいつもの明るい笑顔を作り、駆け寄った。


「遅かったじゃん! 職員室で怒られたの?」

「いや、夏祭りのボランティアの件でさ」


ソウタはいつものように笑い、アオイの頭を撫でた。その光景は、どこからどう見ても仲の良い幼馴染の姿だった。だけど、今の僕には違って見えた。

ソウタの笑顔が、何か巨大な秘密を覆い隠すための

「仮面」のように思えてならなかった。

アオイはソウタに救いを求めながら、その不自然さに怯えている。ユキはソウタの仮面を剥ぎ取ろうと、命がけの告白を企てている。

そして僕は、そのすべてを知りながら、自分の恋心のために嘘を重ねようとしている。夕闇が理科室を包み込んでいく。僕たちが立つ秘密基地は、もうすぐ取り壊される。

それと同じように、僕たちの危うい関係もまた、終わりのカウントダウンを始めていた。


「じゃあ、明後日の夏祭り、遅れないように集まろうな」


ソウタの声が、妙に冷たく静かに、夜の始まりを告げるように響いた。

第2話をお読みいただき、ありがとうございました。


それぞれの恋のために、好きな人の恋路を邪魔するという歪な約束が交わされました。

アオイがソウタの優しさに抱く違和感の正体とは……。


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