第1話 夕暮れの秘密基地、言えない四角形
ご覧いただきありがとうございます。
自分にとってデビュー作品となるので、アドバイスや修正箇所等ありましたら教えていただけると幸いです。
この作品は、物語10話+番外編1話で構成していくつもりなのでお付き合いお願いします。
夕暮れ時の旧校舎。取り壊しが決定し、今は立ち入り禁止になっているその場所が、僕(黒崎晴)たち四人の「秘密基地」だった。
窓から差し込むオレンジ色の斜光が、埃の舞う理科室をセピア色に染めている。
壊れた実験机の上に腰掛け、炭酸飲料の缶を指で弾いているのはソウタ(中野颯太)だ。端正な横顔に、夕日が長い影を落としている。
「なぁ、ハル。今年の夏祭りの花火、どこで見る?」
ソウタが不意に僕を振り返った。その誰もを惹きつける真っ直ぐな瞳に、僕は少しだけ胸がチクりと痛む。
「……どこでもいいよ。ソウタたちが決めてよ」
僕は手元の中身の減らない缶に視線を落とした。自分の声が、思ったよりも低く響く。
「またハルはそうやって投げやりなんだから。みんなで行くんだから、ハルもちゃんと意見出しなよ!」
隣から、鈴の鳴るような声が割り込んできた。アオイ(一ノ瀬葵)だ。短い髪を揺らしながら、僕の顔を覗き込んできた彼女の笑顔は、夕日よりも眩しい。アオイ。僕の幼馴染。そして、僕が中学生の頃からずっと、隠れて想い続けている女の子。
「アオイ、ハルを責めるなよ。こいつは昔から、こういうイベントに興味が薄いだけだろ」
ソウタが苦笑しながらアオイの頭をぽん、と叩いた。その瞬間、アオイの頬がほんのりと赤く染まるのを、僕は見逃さなかった。
彼女の大きな瞳が、嬉しそうに、そして少しだけ切なげにソウタを追う。
(ああ、やっぱりな)
僕は胸の奥で、小さな、だけど消えない痛みを覚えた。アオイが好きなのは、僕じゃない。僕の親友で、完璧なソウタだ。
彼女の視線の先には、いつも僕ではなく、ソウタがいる。それはもう何年も前から分かっていることなのに、目撃するたびに心臓の裏側が冷たくなる。
「……ソウタ、アオイを甘やかしすぎ」
部屋の隅、パイプ椅子に深く腰掛け、文庫本を読んでいたユキ(櫻井由紀)が、ページをめくらずに冷ややかな声をあげる。長い黒髪の間から覗く彼女の瞳は、ソウタと、そのソウタを見つめるアオイの二人を、じっと見つめていた。ユキの視線にあるのは、鋭い嫉妬だ。ユキはソウタが好きだ。だから、ソウタと距離の近いアオイのことが、どうしても許せない。
ソウタはアオイを見ていて。アオイもソウタを見ていて。ユキはそんな二人を憎むように見つめていて。そして僕は――誰の視線も交わらない場所で、アオイだけを見ている。
綺麗に一方通行で繋がった、歪な四角形。誰もが自分の想いを隠し、誰もが誰かの視線に傷ついている。それが、僕たち四人の「日常」だった。
「まぁまぁ。ユキも怒るなって。じゃあさ、今年は裏山の展望台に行かないか? あそこなら混まないし、花火が綺麗に見える」
ソウタの提案に、アオイがパッと表情を輝かせた。
「賛成! あそこ、小学校の時みんなで秘密基地作ろうとして挫折した場所だよね。懐かしいな」
「あぁ、あったな。あの時は雨が降ってきてさ……」
二人の会話が弾む。僕とユキは、それぞれの沈黙を守ったまま、その光景を眺めていた。楽しげに笑うアオイの横顔を見つめながら、僕は三年前の「あの夏」のことを思い出していた。アオイが、あんな風に心から笑えなくなった、あの事件。
当時、アオイにはもう一人、大切な家族がいた。年の離れた弟の、ハルト(一ノ瀬晴翔)。アオイはハルトを自分の命よりも大切にしていた。しかし、三年前の夏祭りの夜。人混みの中でアオイがほんの一瞬、目を離した隙に、ハルトはトラックに跳ねられた。
それ以来、アオイの笑顔には、いつもどこか薄い膜が張ったような哀しみが混ざるようになった。
彼女は「自分が目を離したからだ」と、今でも自分を責め続けている。そして、その事故の現場に、僕も、ソウタも、ユキもいた。僕たちは誰も、アオイの手を引いてあげられなかった。ハルトを救えなかった。
その共通の「罪悪感」と「トラウマ」が、僕たちをこの秘密基地に縛り付け、同時に、お互いの距離を奇妙に歪ませていた。
アオイがソウタに惹かれたのは、あの事故の夜、誰よりも早くアオイを抱きしめ、「お前のせいじゃない」と泣いてくれたのがソウタだったからだ。僕にはできなかった。かける言葉が見つからず、ただ立ち尽くすことしかできなかった僕には、最初からアオイを好きになる資格なんて、なかったのかもしれない。
「――ハル? 聞いてる?」
ハッと我に返ると、アオイの顔が目の前にあった。
「あ、ごめん。何?」
「もう、上の空なんだから。裏山の展望台、ハルも行くでしょ? って聞いたの」
「あ、あぁ……うん。行くよ」
「よかった。ハルが来ないと、なんか締まらないもんね」
アオイはそう言って、悪戯っぽく笑った。その無邪気な言葉が、今の僕にはひどく残酷に響く。僕が来ないと締まらないんじゃない。君の隣にソウタがいる空間に、僕という「幼馴染の観客」が必要なだけだ。
「じゃあ、決まりだな」
ソウタが時計を見て、腰を上げた。
「そろそろ帰るか。見回りの先生が来る時間だ」
四人はそれぞれ荷物をまとめ、薄暗くなった旧校舎の階段を下りていく。木造の床が、ギィ、ギィと、僕たちの隠しきれない本音を代弁するように、不気味に軋んでいた。
校門を出ると、夏の夜の匂いがした。ぬるい風が、アスファルトの熱を運んでくる。
「じゃあ、また明日学校でね!」
アオイが大きく手を振り、ソウタと同じ方向へ歩き出す。二人の家は方向が同じだ。並んで歩く二人の後ろ姿は、夕闇に溶けていく。ソウタの少し広い肩と、それに寄り添うようなアオイの小さな肩。それを見送る僕の隣で、ユキが立ち止まっていた。彼女は拳を強く握り締め、爪が手のひらに食い込むほどに力を入れている。
「……ねぇ、ハル」
ユキが、感情の消えた声で呟いた。
「何?」
「あんた、アオイが好きなんでしょ」
心臓が跳ね上がった。僕は動揺を隠すように、ポケットに手を突っ込んだ。
「……何言ってるんだよ。幼馴染なだけだよ」
「嘘。あんたの目を見ればわかる。アオイがソウタを見る時、あんた、いつも泣きそうな顔してる」
ユキの声には、棘があった。だけどそれ以上に、深い諦めのようなものが滲んでいた。
「滑稽よね、私たち。あいつら二人の引き立て役みたい。どれだけ近くにいても、あいつらの視界には、お互いしか映ってないのに」
ユキはフッと自嘲気味に笑うと、僕に背を向けた。
「じゃあね。夏祭り、楽しみにしてる」
彼女は僕の返事を待たずに、反対方向の暗闇へと歩き去っていった。一人残された僕は、街灯の下で立ち尽くす。ぬるい風が、また僕の頬を撫でていった。
アオイの心の中には、今もあの夏のひまわりと、失われた弟への贖罪、そしてソウタへの届かない想いがある。僕の心の中には、そんなアオイを救えなかった後悔と、アオイへの消せない恋心がある。誰もが傷を隠し、誰かのために笑っている。
この歪な四角形が崩れる時、僕たちはきっと、また誰かを傷つける。そんな予感を抱えながら、僕たちの、最後の夏が始まろうとしていた。
第1話をお読みいただき、ありがとうございました。
それぞれが違う誰かを向いている、歪な四角関係から物語は始まります。
次回、ユキがハルにある提案を持ちかけることで、静かだった日常が動き始めます。
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