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第1話:天より授かるもの

 ―天界―


 そこは、時間という概念すら意味を失う、永劫の光の海。

 空も地も存在しない。

 ただ、果てしなく広がる白金の輝きが、静かに脈動しているだけ。


 その中心に、ひとりの女神が佇んでいる。


 女神レティシア。


 彼女の周囲には風もなく、音もなく、ただ存在そのものが世界を震わせるような、圧倒的な神威だけが満ちていた。


 女神の視線が、ゆっくりと『盤面』へと降りていく。


 そこには三つの光が浮かんでいた。


 ひとつは──

 世界を貫く、一筋の閃光。

 迷いなく前へ進む、武の資質を宿した光。


 ひとつは──

 すべてを包み込む、雄大で峻烈な白光。

 触れたものを癒し、守り、温める優しい光。


 そして最後のひとつは──

 永久に脈動し、周囲を照らし出す鮮烈な二つの抱擁の光。


 女神は静かに手をかざす。


 その動きは、風が吹くよりも静かで、星が瞬くよりも自然で、しかし世界の理をひとつ書き換えるほどの重みを持っていた。


「……気は熟しました」


 天界の光がわずかに震える。


「今こそ──加護を授けましょう」


 その瞬間、二方向へ光が流れ出した。

 鋭い閃光へ。

 柔らかな白光へ。


 光は奔流となり、天界の海を割り、世界の境界を越え、降り注いでいく。

 それを見届けた後、レティシアの姿は光に溶けていった。


 光が世界へと落ちていき、天界の景色が白く溶けていく──。



 ―朔弥邸―


 日曜日の朝。

 柔らかな陽光が差し込む朔弥邸の玄関に、軽やかなチャイムが響いた。


 扉を開けると、美咲がぱっと花が咲くような笑顔で立っていた。

 その隣では、優斗が手をひらひらと振っている。


「おはよー朔弥くん!」

「お邪魔しまーす!」


 二人の声が重なり、家の中に明るさが流れ込んだ。

 ソファでテレビを見ていた朔弥が振り返る。


「おはよ。レオンなら庭にいるよ」

「また素振りしてるの?」


 美咲が首を傾げる。

 朔弥は肩をすくめた。


「うん、最近調子いいらしくて……」


 三人で庭へ目を向けると──

 そこには、常識を軽く置き去りにした光景が広がっていた。

 レオンが、見えない速度で素振りをしていたのだ。


 ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュッ!


 空気が裂ける音だけが残り、草が風圧で倒れ、朔弥の髪が後ろへ流れ、美咲のスカートがふわりと揺れる。


「きゃっ!」


 慌ててスカートを抑える美咲。

 優斗は目を見開いたまま固まった。


「……おい、今の見えたか?」

「えっ……えっ……何が起きてるの……?」


 美咲は口元を押さえ、震える声を漏らす。

 朔弥は深いため息をついた。


「最近ずっとあんな感じなんだよ……」


 レオンは素振りを止め、汗ひとつかいていない顔で振り返った。


「おはよう、みんな。どうした? ただの日課だぞ」


 三人の声が揃う。


「「「日課のレベルじゃねぇ(ない)!!!」」」


 庭に響く叫びに、レオンはきょとんとした表情を浮かべた。

 そのままリビングへ戻ると、優斗が頭をかきながら切り出した。


「なぁ……実はさ。なんか『加護』みたいなのを夢で貰った気がするんだよ」

「えっ……優斗くんも? 私も……同じ夢を見たの」


 美咲が驚いたように目を丸くする。

 朔弥は完全に置いていかれた顔で二人を見た。


「えっえっ、何の話?」


 レオンが静かに口を開く。


「ふむ。なら、お前たちを鑑定しても良いか?」


 朔弥が興味津々に身を乗り出す。


「鑑定? 魔物に使ってたあれ?」

「そうだ。人にも使える」


 朔弥は目を輝かせた。


「へー、色んな人を鑑定できるなんて楽しそうだな」


 その瞬間、三人の声が重なった。


「「「それはダメ!!!」」」


 美咲が慌てて手を振る。


「プライバシーの侵害だよ!」

「朔弥、それは引くわ」


 優斗も呆れたように眉をひそめ、レオンは真顔で言い放つ。


「人物鑑定は許可を得てからだ。常識だぞ、朔弥」


 朔弥は頭を抱えた。


「レオンに常識って言われたー!」


 レオンは小さく息を吐き、三人を見渡した。


「では、鑑定するぞ」


 空気がわずかに張り詰める。


 レオンは三人の前に立ち、静かに息を整えた。

 その瞳が淡く光を帯びると、空気がわずかに震えた。


「では……まずは優斗からだ。──《鑑定アナライズ》」


 言葉と同時に、優斗の身体を包むように風が揺れた。

 優斗は思わず肩をすくめる。


「お、おお……なんか来た……?」


 レオンの視線が優斗を貫き、淡々と結果を読み上げる。


 ――剣 優斗(15)

 ――称号:サムライ

 ――魔法・スキル:◇見切り◇武威解放◇心技一体◇一閃斬◇霞流し◇風切り◇嵐舞斬

 ――加護:女神レティシアの加護


 読み終えたレオンは、ほんのわずかに目を細めた。


「……優斗、お前……本当に強くなっているな」

「へへっ……まぁな!」


 優斗は照れくさそうに鼻をこすり、にやりと笑った。

 その横で朔弥が画面を覗き込み、思わず叫ぶ。


「いや、まぁなじゃねぇよ!? なんだよこの武技の量!」

「優斗くん、すご……!」


 美咲も驚きに目を丸くしていた。

 優斗は得意げに胸を張る。


「いやー、頑張ったからなー」


 レオンは次の対象へ視線を移した。


「次は美咲だ。──《鑑定アナライズ》」


 優斗の時とは違い、柔らかく温かい光が美咲の周囲に広がる。

 その光は、まるで彼女の性質そのものを映すように優しかった。


 ――天城 美咲(15)

 ――称号:なし

 魔法・スキル:◇治癒◇解毒◇浄化◇上位治癒◇聖なる矢◇聖護◇聖励

 加護:女神レティシアの加護


 レオンは静かに頷いた。


「すばらしい。美咲の聖属性は希少だ。誇っていい」

「えへへ……なんか嬉しい……」


 美咲は胸の前で手をぎゅっと握りしめ、頬を赤らめる。

 優斗が肩を叩く。


「お前、普通にすげぇじゃん!」

「上位治癒って……もう医者より強いじゃん……」


 朔弥は呆れたようにため息をついた。

 美咲は慌てて手を振る。


「そ、そんなことないよ……!」


 レオンは最後の一人へと視線を向けた。


「では……朔弥。鑑定するぞ」


 朔弥は胸を張る。


「お、おう。俺は夢とか見てないけどなー」


 レオンが静かに呟く。


「……《鑑定アナライズ》」


 光が朔弥を包む。

 その光は優斗や美咲の時とは違い──

 光が点滅してるような、どこか不思議な感じを醸し出していた。


 ――光野 朔弥(15)

 ――称号:なし

 ――魔法・スキル:◇灯火◇火球◇火弾◇火槍◇炎壁◇爆裂◇雷光◇雷槍

 加護:女神レティシアの加護


 結果を聞いた朔弥は、ぽかんと口を開けた。


「……えっ、俺にも加護ついてるの?」

「ああ。お前にも確かにある」


 レオンは淡々と頷いた。

 朔弥は軽く混乱して頭を抱える。


「でも俺、女神さま見てないよ?」


 優斗が肩をすくめる。


「寝ぼけて忘れたんじゃね?」


 美咲も苦笑しながら頷く。


「朔弥くんならありえるね」


 レオンは真顔で言い放った。


「朔弥だからな」


 朔弥は両手を広げて叫ぶ。


「なんだよみんなして……!」


 優斗は笑いながら言った。


「でもさ、女神さま、ちょー綺麗だったぞ」

「ほんとにね……すごく綺麗な人だった……」


 美咲も頬を染めてうっとりと呟いていた。

 朔弥は悔しそうに唇を尖らせる。


「なんか悔しい……!」


 鑑定が終わると、部屋の空気が一気に明るくなった。

 三人は自分のステータスを見て、まるで宝物を見つけた子どものように騒ぎ始める。


 優斗は画面を見ながら、にやにやと笑いが止まらない。


「うおっ、俺こんなにスキルあったのか!」


 その声には、驚きと嬉しさが混ざっていた。

 美咲は胸の前で手をぎゅっと握りしめ、頬を赤らめている。


「上位治癒……やっぱりすごい……」


 その表情は、誇らしさと少しの照れが入り混じっていた。

 一方で朔弥は、ソファに沈み込みながら天井を見つめていた。


「……なんで俺だけ夢見てないんだよ……」


 その声には、どこか本気で落ち込んでいる気配があった。

 優斗が肩をすくめる。


「いやいや、朔弥なら寝ぼけて忘れた説あるって」


 美咲も苦笑しながら頷く。


「うん……朔弥くんだし……」


 レオンは真顔で淡々と言い放った。


「朔弥だからな」


 朔弥は頭を抱え、叫ぶように声を上げた。


「なんで全員して俺を雑に扱うんだよーー!」


 三人の笑い声が部屋に広がり、レオンも静かに肩を揺らして笑った。

 その空気は、ついこの間まで世界を相手にしていたとは思えないほど、穏やかで温かかった。


 ──だが。


 レオンはふと、三人のステータスを思い返し、表情を引き締める。


 優斗の鋭い武技。

 美咲の強化された聖属性。

 朔弥の火と雷の成長。

 そして──

 三人全員に宿った加護。


 胸の奥に、静かな確信が灯る。


(……これで、三人とも本当の意味で戦える力を持ったな)


 その思考が口に出る前に、優斗が首を傾げた。


「え? なんか言ったか?」


 レオンは小さく首を振る。


「いや、気にするな」


 そして、空気を切り替えるように微笑んだ。

 美咲がふとお腹を押さえ、恥ずかしそうに笑う。


「とりあえず……お腹すいたね!」

「だな! 朔弥、なんか食いもん!」


 優斗が勢いよく手を挙げる。

 朔弥は呆れたように眉をひそめた。


「なんで俺ん家来ると飯要求すんだよ……」


 レオンが真顔で言い放つ。


「朔弥、常識だぞ」

「レオンに常識って言われたー!」


 朔弥の叫びに、また笑いが起きた。

 その笑い声を聞きながら、レオンはふと窓の外の青空を見上げた。


 世界会議は終わった。

 各国は協力体制に入った。

 だが──近いうちに魔王は必ず動く。


 そして三人に加護が宿ったのは、偶然ではないはず。


(……これからが、本当の戦いだ)


 しかし、その表情はどこか柔らかかった。


「さぁ、朝食にしよう。今日は……穏やかな日曜日だ」


 三人の声が重なる。


「「「おー!」」」


「朔弥は食事の後、鍛錬するぞ」

「なんで俺だけーーーだけー―だけ―」


 こうして──

 新たな戦いが、静かに幕を開けた。

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