第19話:世界を叱る勇者
オンライン会議用の部屋は、対策本部の奥にひっそりと存在していた。
外の喧騒から切り離されたその空間は、まるで世界の裏側に通じているような静けさをまとっている。
壁一面の大型モニター。
複雑に絡むケーブル。
見慣れない機器が低く唸りを上げていた。
レオンは足を踏み入れた瞬間、胸の奥にひやりとした感覚を覚えた。
(……これが、この世界の国際会議か)
アルティリアには存在しない仕組み。
魔法でも神託でもない。
ただ人間の知恵だけで作られた巨大な情報網。
胸の奥に沈んでいた重さが、ゆっくりと形を変えていく。
使命の重さ。
覚悟の重さ。
そして──
世界と向き合う現実。
後ろでは三人が落ち着かない様子で椅子に座っていた。
朔弥は足を揺らし、優斗は腕を組んで天井を見上げ、美咲は緊張で指先をぎゅっと握りしめている。
「……三人とも、絶対に口を挟むなよ」
風間が念押しする。
「分かってるって」
「……はい」
「うん……」
返事はしているが、風間は「絶対に何かやらかす」という目をしていた。
レオンはそんな三人を見て、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
(……大丈夫だ。俺は一人じゃない)
風間が端末を操作し、モニターが次々と光を帯びる。
部屋の空気がわずかに震えた。
「……始まるぞ」
その言葉は、世界の扉が開く合図のようだった。
モニターに映し出される各国の代表者たち。
アメリカ。
中国。
ロシア。
EU。
そして日本。
それぞれの顔が、それぞれの思惑を隠そうともせず画面に現れる。
風間が咳払いをし、全員の注意を引いた。
「……では、日本から特別ゲストを紹介する」
その瞬間、各国代表の視線が鋭くなる。
レオンはゆっくりと立ち上がり、カメラの前へ歩み出た。
その動きには、王族の気品が自然と滲んでいた。
胸に手を当て、静かに名乗る。
「アルティリアにある──アラリウス王国第一王子、レオン・ウル・アラリウス」
世界中の代表者たちの表情が一斉に変わった。
驚愕。
困惑。
警戒。
そして理解不能。
レオンは続ける。
「そして……勇者だ」
沈黙。
完全な沈黙。
最初に口を開いたのはアメリカ代表だった。
「……勇者? それは宗教的な称号か? 軍事的な役職か?」
中国代表が続く。
「異世界……という理解でよろしいのか?」
EU代表は眉をひそめる。
「アルティリア……本当に存在する世界なのか?」
ロシア代表は低く呟く。
「……ならば、なぜ日本にいる?」
質問は次々と飛ぶ。
だがそのどれもが危険性の測定であり理解ではなかった。
レオンは静かに答えた。
「俺は……魔王を追って、この世界に来た」
世界が凍りつく。
「まず伝える。この世界は、滅びへ向かっている」
レオンの声は静かだが、重く響いた。
「ダンジョンは魔王の影響で生まれる。魔物を生み続ける器だ。放置すれば──魔物は外へ溢れ出す」
風間が息を呑む。
「スタンピード。俺たちの世界ではそう呼ばれている現象だ」
世界の代表者たちの目が揺れた。
「スタンピードは偶然ではない。魔王の力が強まるほど、頻度も規模も増す。これは侵食だ。魔王がこの世界を侵している証拠だ」
そして──
「魔王を放置すれば、国も街も人も……すべて飲み込まれる」
その言葉は、世界の現実と異世界の知識が重なった瞬間だった。
だが──
世界は、その言葉を聞かなかった。
最初に口を開いたのはアメリカ代表。
「レオン氏の保護は我々が最も適任だ。軍事力、研究施設、医療体制──どれを取っても日本より優れている」
続いて中国代表。
「国際管理下に置くべきだ。日本の独占は認められない。レオン氏の力は全人類の財産だ」
ロシア代表。
「身柄の引き渡しを要求する。危険性を判断するのは我々だ」
EU代表。
「中立機関で保護すべきだ。レオン氏は国際資産として扱うべきだ」
──誰も魔王の話をしない。
──誰も世界の危機に触れない。
──ただレオンという力の扱いだけを議論する。
風間が必死に反論するが、誰も聞いていない。
レオンは黙っていた。
だが、その沈黙は怒りを押し殺すための沈黙だった。
拳が震える。
呼吸が荒くなる。
瞳の奥に黒い炎が灯る。
(……俺は今、何を言った?)
(世界が滅ぶと、はっきり言ったはずだ)
(なのに──)
(こいつらは……自分の国の利益しか見ていないのか)
そして──
ある代表が決定的な一言を放つ。
「レオン氏の身柄は、国際的な安全保障のために拘束すべきだ」
その瞬間、レオンの怒りは臨界点を超えた。
バキィッ!!
椅子の肘掛けが砕け散る。
三人は反射的に身をすくめた。
「レ、レオン……?」
「お、おい……今の……」
「ひっ……!」
風間は血の気が引いた顔でレオンを見る。
(……まずい。本気で怒っている……)
レオンはゆっくりと立ち上がった。
その動きは静かであるほど恐ろしく、
部屋の空気が重力を増したように感じられた。
影が揺れる。
その姿はもはや少年ではなかった。
王族の威厳。
勇者の覚悟。
魔王と対峙してきた者の圧。
すべてが噴き出し、部屋を支配した。
レオンは一歩、前へ出た。
その足音が地面を踏み抜くように重く響く。
風間が呟く。
「……やばい……」
そして──
レオンは世界に向けて叫んだ。
「ふざけるなッ!!!!」
爆音のような怒声が、通信越しに世界中の代表者を震わせた。
「俺は今、何と言った!? 魔王が来ていると!! 放置すれば世界が滅ぶと!! はっきり言ったはずだ!!」
沈黙。
「なのに……まだ利権の話か……!!」
拳を握りしめ、さらに踏み出す。
「お前たちの世界だろ!! お前たちが守らないで、誰が守るんだ!!」
「俺一人で守れる範囲は限られる!! 魔王を倒さなければ、この世界は滅びる!! それでもまだ……自分の国の利益が大事なのか!! 恥を知れっ!!」
怒号が終わった瞬間、世界は完全に沈黙した。
最初に口を開いたのはアメリカ代表。
「……レオン氏への接触・確保の指示を撤回する」
中国代表。
「協力体制を……取るべきだ」
ロシア代表。
「争っている場合ではない」
EU代表。
「国際共同対策を提案する」
風間は肩の力を抜き、三人は呆然とレオンを見つめた。
世界は、勇者レオンに叱りつけられて初めて協力を選んだ。
モニターが一つ、また一つと消えていく。
最後の画面が暗転した瞬間、部屋に静寂が戻った。
風間がレオンへ歩み寄る。
「……ありがとう。君がいなければ……世界は本当にバラバラになっていた」
レオンは首を振る。
「俺は言うべきことを言っただけだ。守るべき世界があるなら、その世界の人間が立ち上がるべきだ」
三人は胸の奥が熱くなるのを感じていた。
風間は深く息を吸い、言った。
「……世界は動き出す。だが、魔王も……必ず動く。これからが本番だ」
レオンは静かに頷く。
「分かっている。俺も……覚悟はできている」
その瞳には、怒りではなく勇者としての決意が宿っていた。
そして──
世界は勇者に叱られ、ようやく一つになった。
だが、魔王の影はすでに動き始めている。




