第18話:勇者が語る真実
会議室に落ちた沈黙は、夕焼けよりも重かった。
風間の言葉が空気を切り裂いたまま、誰も動けない。
「……もう一度言う。隠していることがあるだろう。全部話してくれ」
レオンは視線を落とし、ゆっくり息を吸った。
胸の奥で、何かが静かに軋む。
(……言うべき時が来た)
ずっと隠してきた。
巻き込みたくなかった。
自分の存在がどれほどの混乱を招くかも分かっていた。
だが──
昨日の襲撃。
各国のエージェントの動き。
もう黙っている方が危険だ。
レオンは顔を上げた。
三人は不安と覚悟を混ぜた目でこちらを見ている。
風間は静かに待っていた。
「……分かった」
その一言で、胸の奥に貼り付いていた重石がわずかに動いた。
「話すよ。全部」
声は震えていない。
ただ、言葉を選ぶようにゆっくり続けた。
「まず……俺は、この世界の人間じゃない」
風間の表情がわずかに揺れる。
三人は知っているはずなのに、改めて聞くと緊張が走った。
「俺は、アルティリアという世界の主神、女神レティシア様の力でこの世界に来た」
風間の目が大きく見開かれる。
三人も息を呑んだ。
「俺の名は、アラリウス王国第一王子、レオン・ウル・アラリウス。……アルティリアの勇者だ」
言葉にするたび、胸の奥にあった異世界の空気がこの部屋に流れ込むようだった。
「そして、俺の生まれた国、アラリウス王国はアルティリアで最大の領土を持つ国だ」
(……本当に全部話していいのか?)
迷いが一瞬よぎる。
だが風間の眼差しがそれを断ち切った。
レオンは息を整え、続けた。
「次に……俺の力についてだ」
風間の視線が自然とレオンに向く。
「魔法は聖・闇以外の属性を使う事が出来る。本来ならもっと高度な魔法も扱えるはずなんだが……」
言葉が少し詰まる。
悔しさではなく、正確に伝えようとする誠実さだった。
「今は簡単なものしか使えない。原因は分からない。この世界の影響か、魔王の力か……」
レオンは首を振った。
「……確かなのは、今、俺の力は完全じゃないという事だ」
三人の表情が揺れる。
あの圧倒的な強さを見てきた彼らには、想像しづらい言葉だった。
優斗が小さく呟く。
「……あれで完全じゃねぇのかよ……」
レオンは苦笑した。
「剣は幼い頃から鍛えていた。それなりには戦える」
それなりという言葉に、朔弥と優斗がツッコミかけて口を閉じた。
風間は逆に固まっている。
「ただ……魔王と戦うには足りない。だから鍛えている。この世界でできる限りのことをするために」
その声音には、王子でも勇者でもない、一人の戦士としての覚悟があった。
レオンは一度黙り、胸の奥の重さを言葉に変える準備をした。
(……ここから先は、もう後戻りできない)
「……次に話すのは、俺がこの世界に来た理由だ」
風間の表情が強張る。
三人は静かにレオンを見つめていた。
「魔王が──アルティリアから、この世界に来ている」
その一言で、風間の呼吸が一瞬止まった。
三人は既に聞いているので驚きはしない。
ただ、レオンの言葉を受け止めるように頷いた。
レオンは淡々と続けた。
「俺は魔王を倒すためにここにいる。それが勇者としての使命だ」
使命──
その言葉はレオン自身の胸にも重く響いた。
「この世界にダンジョンが現れたのも、魔王がいる証だ。アルティリアのダンジョンと完全に同じではないが、共通点は多い」
レオンは指先を握りしめた。
「ダンジョンは魔王の影響で生まれる。だから……この世界にダンジョンがあるという事実そのものが、魔王がここにいる証拠なんだ」
風間の喉が、ごくりと鳴った。
「……つまり、ダンジョンは……敵の痕跡、ということか」
「そうだ。だから俺は、この世界で戦う覚悟を決めた」
三人はレオンを見つめる。
その背中が、いつもより少し大きく見えた。
レオンは息を吐き、次の話題へ移る。
(……三人のことも話さないといけない)
「……次は、三人のことだ」
朔弥、優斗、美咲が姿勢を正す。
「まず称号について。称号は心の在り方によって得られる。俺は勇者の称号を持っている」
風間は息を呑んだ。
「俺は……サムライの称号、持ってるぜ」
優斗がレオンに続けて言うと、風間の目がさらに見開かれた。
「優斗の称号は本物だ。サムライは強い覚悟を持つ者に与えられる称号だ」
優斗は照れくさそうに鼻をこすった。
「次にスキル。スキルは神の祝福──ギフトだ。研鑽すれば手に入ることもある」
風間は黙って聞くしかなかった。
「魔法についても説明する。魔法は体内の魔力を循環させ、外に放出することで発動する。誰でも使えるわけじゃない。魔力がなければ使えないし、属性が違えば発動しない」
三人は真剣に頷く。
「属性は九種類。火・風・水・氷・雷・土・光・闇……そして聖。通常は一人一属性。稀にデュアルやトリプルもいる」
朔弥が手を挙げる。
「じゃあ……俺は火と雷だから、デュアルってことか?」
「ああ」
朔弥は「マジか……」と呟き、優斗が肩を叩いた。
美咲が不安そうに呟く。
「私は……聖属性だけだから普通なんだね……」
レオンは即座に首を振った。
「美咲の聖属性は希少だ。救う力を持つ属性。誇っていい」
美咲の頬が赤く染まる。
レオンは三人を見渡し、静かに言った。
「三人には力がある。だから鍛えている。魔王と戦うには戦力が必要だ。俺一人では……人々を守れない」
その言葉には、三人への信頼と、自分の限界を認める誠実さがあった。
風間は呆然とその光景を見ていた。
三人の能力、称号、魔法──
どれも理解の範疇を超えている。
だがこの四人が本物であるという事実だけは痛いほど伝わってきた。
三人の説明が終わると、会議室には再び静寂が落ちた。
だが今の沈黙は、重さと現実味が混ざったものだった。
風間はしばらく言葉を失っていた。
理解が追いつかないのではない。
理解してしまったからこそ、軽々しく口を開けなかった。
やがて風間は深く息を吐いた。
「……正直に言おう」
その声は、これまでで一番重かった。
「俺は日本に現れたダンジョンを管理する立場だ。だが……未だに何も分かっていない」
その告白は、防衛大臣ではなく、一人の人間としての弱さだった。
「世界中どこも同じだ。アメリカも、中国も、ロシアも……どの国もダンジョンを管理しているが、正体を掴めている国は一つもない」
風間は机に置いた手を握りしめた。
「攻略もできず、内部構造も不明。ただ存在しているだけの謎の空間だ。どれだけ調査しても、何も分からない」
その言葉には、世界中の政府が抱えてきた無力さが滲んでいた。
風間はレオンを見る。
その目には恐れではなく、覚悟が宿っていた。
「……だが、君の話を聞いて……初めて繋がった気がした」
レオンは黙って聞く。
「異世界のダンジョン……魔王……属性魔法……勇者……信じられない。だが……信じるしかない」
風間は目を閉じ、息を吐いた。
「俺たちは何も知らなかった。だが……君たちは知っている側だ」
その言葉は、レオンたちを異質ではなく頼るべき存在として認めた証だった。
「レオン君。ダンジョンについて知っていることを……教えてほしい」
その願いは、国の代表ではなく、この世界の一人の人間としての叫びだった。
レオンは頷いた。
「俺の世界と同じとは限らない。だが、共通点はある。知っている限りは話そう」
風間の肩がわずかに落ちた。
安堵と緊張が入り混じった反応だった。
レオンの説明が終わると、会議室には静かな空気が落ちた。
だがその静けさは混乱ではなく、覚悟へ変わりつつあった。
風間は深呼吸を繰り返し、ゆっくり顔を上げた。
「……レオン君。君に、頼みたいことがある」
レオンは続きを促す。
風間は一枚の資料を机に置いた。
そこには各国の国旗と会議の予定時刻が並んでいる。
「今夜、政府間で魔物関連の情報共有を主としたオンライン国際会議がある」
レオンの瞳が揺れる。三人も息を呑んだ。
「アメリカ、ロシア、中国、EU……世界の主要国が参加する。だが、どの国も核心を持っていない」
風間はレオンをまっすぐ見つめた。
「レオン君。世界は、君の存在を知らなければならない」
三人が一斉にレオンを見る。
レオンは驚きはしなかった。
むしろ覚悟していたような表情だった。
「私の独断で……この会議に、君を参加させたい」
風間の声が強くなる。
「このまま世界から狙われるより、こちらから世界に出向く方がいい。隠れていても状況は悪化するだけだ」
風間は問いかけるように言った。
「レオン君……世界と向き合う覚悟はあるか」
レオンは目を閉じ、短く息を吸った。
(……逃げる理由は、もうどこにもない)
目を開いたとき、瞳には揺るぎない光が宿っていた。
「……ああ。行こう。世界と話す」
その言葉に、三人も迷わず頷いた。
「俺たちも行く」
「レオン一人に任せられるかよ」
「後ろで大人しくしてるから……ね?」
風間は苦笑した。
「連れては行く。だが本当に……後ろで大人しくしていろよ」
三人は「はい」と返事をしたが、風間は一ミリも信用していない顔をしていた。
そして──
勇者レオンは、初めて世界の前に姿を現すことになる。




