第2話:家族日和、勇者日和
連休初日の朝。
秩父の山々は、春の光を受けて柔らかく輝いていた。
澄んだ空気が胸いっぱいに広がり、木々の葉が風に揺れてさわさわと歌う。
そんな自然の中に、三家族の賑やかな声が響いていた。
朔弥家。
優斗家。
美咲家。
そして──
その輪の中に、すっかり馴染んだ異世界の勇者レオン。
山道の入り口で、雫が元気いっぱいに跳ね回っていた。
「レオンお兄ちゃん、早くー! こっちだよー!」
レオンは今日も勇者装備一式。
鎧が朝日を反射して、やたらと神々しい。
朔弥は額に手を当て、深いため息をついた。
「なぁ、レオン……俺たち山登りに来たんだよな」
「そうだ。気持ちの良い空気だ。身が引き締まる感じがする」
「はぁー……なぁ、レオン」
「なんだ」
「なんで鎧を着てるんだ」
レオンは当然のように答えた。
「鎧が無いと戦いに困るだろう。何を当たり前のことを言っているんだ?」
「いや、戦いに来てねーし! 山だよ山! どこの世界に山登りに鎧着てくるやついるんだよ!」
「ここにいるが……」
「ぷっ……くすくす……」
美咲が口元を押さえて笑い、優斗は腹を抱えて転げ回る。
朔弥は叫んだ。
「お前ら笑ってねぇで助けろ!!」
その様子を、朔弥の両親が温かく見守っていた。
朔弥の母が、レオンに声をかける。
「レオン、今日も元気ねぇ。鎧、重くないの?」
レオンは少しだけ照れたように視線を逸らした。
「……大丈夫です。慣れていますので」
「そう? じゃあおにぎり追加で持ってね」
「……鎧より重いです」
朔弥の父は穏やかに笑い、レオンの肩を軽く叩いた。
「無理はするなよ。鎧の下、汗かくと冷えるからな」
「……父上、詳しいですね?」
「昔、剣道の防具でな」
「なるほど……!」
レオンは本気で感心していた。
木漏れ日が揺れる山道を、三家族はゆっくりと登っていく。
笑い声が絶えず、雫は先頭を走り回り、時々レオンの手を引きに戻ってくる。
「レオンお兄ちゃん、あの上の木まで競争しよ!」
雫がレオンの手を引っ張る。
その瞳は期待でキラキラしていた。
レオンは優しく微笑む。
「ああ、いいぞ。なんならおんぶしてやろうか?」
「するー!」
雫は嬉しそうにレオンの背中に飛びつく。
朔弥が呆れた声を上げた。
「おいおい……俺も行くのかよ……」
「朔弥お兄ちゃんは……がんばれ!」
「雑!!」
「よーい、ドン!」
ゴゥッ!!
「速っ!? レオン速すぎだろ!!」
レオンは一瞬で斜面を駆け上がり、木の前で止まった。
「雫、ついたぞ」
「たのしかったー!」
「そうか」
朔弥は遅れてゼェゼェと息を切らしながら到着した。
「ひーひー……なんて速さだよ……」
「朔弥はまだまだ体力が足りないな」
「お前と比べるなーー!!」
優斗の父は、無口なままレオンの歩き方をじっと観察していた。
剣道場を営む男の眼差しは鋭いが、どこか優しさが滲む。
「……その鎧。重心がぶれないな」
レオンは真剣に頷いた。
「ありがとうございます。鍛錬の成果だと思います」
「……剣道、やるか?」
「鎧でですか?」
「……まぁ、いい」
優斗の母は豪快に笑いながら、レオンの背中をバシッと叩いた。
「レオンくん、今日もイケメンねぇ! 優斗も見習いなさい!」
「母ちゃんそんな叩いたらレオンが痛ぇよ!」
優斗が母を叱りつける。
レオンは少し照れながらも、どこか嬉しそうだった。
山頂に着くと、視界が一気に開けた。
青空が広がり、遠くの山々が重なり合って見える。
風が心地よく頬を撫で、三家族は思わず「わぁ……」と声を漏らした。
レジャーシートを広げ、昼食の準備が始まる。
沙耶がスマホを片手に近づいてきた。
「ねぇ〜レオンくん、こっち来なよ〜。一緒に写真撮ろ?」
レオンは一歩後ずさる。
「い、いや……俺はその……」
「ほらほら〜肩組んで〜。鎧でもいいから〜」
「鎧が……! 鎧が軋む……!」
「いいじゃん、勇者感あって映えるよ〜!」
優斗の母が苦笑しながら沙耶の肩を軽く叩く。
「沙耶、困らせないの」
「え〜、だってレオンくん可愛いんだもん」
レオンは耳まで赤くなった。
「か、可愛い……?」
「レオンくん、照れてる〜!」
「照れてない!!」
美咲の父は、優雅にコーヒーを片手にレオンへ微笑んだ。
「レオンくん、今日はありがとうね。雫も美咲も楽しそうだ」
「いえ……俺はただ、皆さんと一緒にいられるのが嬉しいだけです」
美咲の母は、柔らかい笑みを浮かべながら言った。
「あなた、本当に優しいのね。美咲もあなたのこと、よく話すのよ」
レオンは一瞬だけ目を見開き、耳まで赤くなった。
「そ、そうなのか……?」
美咲は慌てて手を振る。
「お、お母さんっ! 変なこと言わないで!」
美咲父がニヤリと笑う。
「レオンくん、娘を頼むよ」
「命を賭して守ります」
「いや、そこまで言ってないよ?」
家族たちの笑い声が山頂に広がった。
山頂に広げられたレジャーシートの上には、三家族が持ち寄った色とりどりのお弁当が並んでいた。
唐揚げ、卵焼き、サンドイッチ、煮物、フルーツ──
どれも家庭の味がして、見ているだけで心が温かくなる。
レオンは鎧のまま正座し、目の前の料理を前にして、どこか神妙な顔をしていた。
「……これは、どれから食べればいいんだ……?」
朔弥が呆れたように言う。
「好きなのから食えよ!」
優斗が笑いながら唐揚げを差し出す。
「ほらレオン、まずはこれだろ」
レオンは慎重に唐揚げをつまみ、口に運ぶ。
──その瞬間。
「……っ!? な、なんだこれは……!」
「え、何!? 毒でも入ってた!?」
朔弥が慌てる。
レオンは震える声で言った。
「う、うまい……! これは……宮廷の晩餐より……!」
「比較対象が極端なんだよ!!」
優斗母が豪快に笑う。
「レオンくん、いっぱい食べなさい! まだまだあるわよ!」
「は、はい……! いただきます……!」
レオンは次々と料理を口に運び、そのたびに「うまい……!」と感動していた。
美咲の母が微笑む。
「レオンくん、そんなに喜んでくれると作った甲斐があるわね」
美咲父も優雅に頷く。
「うむ。異世界の勇者にも通じる味か」
「本当に……素晴らしいです……!」
朔弥がぼそっと呟く。
「……なんか、うちの家族より馴染んでない?」
優斗が肩をすくめる。
「レオンはどこでも馴染むんだよ。鎧でも」
「鎧関係ねぇだろ!」
雫はレオンの隣でおにぎりを頬張りながら、「レオンお兄ちゃん、これも食べる?」と差し出す。
「ありがとう、雫。いただく」
「えへへ〜」
その光景は、まるで本当の兄妹のようだった。
食べ終わると、三家族は思い思いにくつろぎ始めた。
朔弥の父は景色を眺め、
母は片付けをしながらレオンに「ゆっくりしててね」と声をかける。
優斗の父はカメラで風景を撮り、母は沙耶とおしゃべりをしている。
美咲の父は黙々とコーヒーを淹れ、母は雫の髪を整えていた。
レオンは、そんな家族の輪の中で、静かに風を感じていた。
(……俺は、こんなにも温かい場所にいていいのだろうか)
胸の奥がじんわりと熱くなる。
その時──
朔弥が優斗の肩を軽く叩いた。
「なぁ優斗。ちょっと来いよ」
「ん? どうした」
朔弥は声を潜めて言った。
「この山にダンジョンあるらしいじゃん。ちょっと2人で行ってみない?」
優斗は眉をひそめる。
「2人でか? 危なくないか?」
「俺らだって強くなったしさ。1階層をちょっと覗くくらい大丈夫じゃね?」
優斗は少し考え、やがて頷いた。
「……まぁ、確かに。見に行ってみるか」
「だろ? 風間さんが言ってた自衛隊管理のやつ、抜け道あるの見つけたから行こうぜ」
「お前……ほんとそういうとこだけ嗅覚鋭いよな」
「褒めてんのかそれ」
二人はこっそり立ち上がり、家族たちの視線を避けるように山道の奥へと消えていった。
レオンは気づかず、雫に「レオンお兄ちゃん、石投げしよ!」と誘われていた。
しばらくして、下山の準備が始まった。
だが──
朔弥と優斗の姿がどこにもない。
「え……? 朔弥くんと優斗くん、どこ?」
美咲の声が震える。
沙耶も慌てて周囲を見回す。
「ちょっと、あの子たちどこ行ったのよ!」
雫は不安そうにレオンの袖を掴んだ。
「レオンお兄ちゃん……朔弥お兄ちゃんと優斗お兄ちゃんは……?」
レオンは静かに目を閉じ、気配感知のスキルを発動した。
──しかし。
「……いない。完全に気配が途切れている」
その言葉に、大人たちの顔色が一気に変わった。
朔弥の母は口元を押さえ、父は拳を強く握りしめる。
優斗の父は険しい表情でレオンに頭を下げた。
「頼む……二人を……」
美咲は震える声で言った。
「レオンくん……私も行く。二人を……連れて帰りたい……」
レオンは静かに頷いた。
「行こう、美咲。朔弥と優斗は……必ず見つける」
美咲は涙を拭い、強く頷いた。
二人は山道を駆け下り、2人を探しに向かった。




