第15話:怒りの威圧
ワイヤーが三人を縛り上げようとした、その瞬間――
路地の空気が沈んだ。
音ではない。
風でもない。
ただ、空気そのものが震え、圧が跳ね上がった。
捕獲班の動きが止まる。
「……な、んだ……これ……?」
技術員の装置が誤作動を起こし、警告音を連続で鳴らした。
ピピピピピ――!
美咲が顔を上げる。
「……レオンくん……?」
優斗と朔弥も、ワイヤーに絡まれたまま息を呑んだ。
レオンが――
ゆっくりと、歩き出していた。
その歩みは静か。
だが、一歩ごとに路地の空気が震える。
朔弥の背筋が粟立つ。
(……これ……威圧か?……レオン自身の圧が、空気を歪ませてる……)
捕獲班の一人が震えながら叫ぶ。
「ひ、ひるむな! 拘束を続け――」
言い終える前に、レオンの姿が消えた。
いや――
速すぎて、消えたように見えただけだった。
次の瞬間。
ドガァッ!!
捕獲班の男が、壁ごと吹き飛んだ。
「なっ……!?」
「速っ……!」
「見えなかった……!」
レオンは振り返らない。
ただ、前へ進む。
ワイヤーを操る捕獲班が慌てて後退するが――
レオンの手が軽く振られた。
バシュッ!
ワイヤーが空中で弾け飛ぶ。
優斗たちを縛っていた拘束具も、触れられたわけでもないのに勝手に外れた。
美咲は胸元を押さえ、震える声で呟く。
「……レオンくん……そんなに……怒ってるの……」
捕獲班は後退しようとするが、足が地面に貼りついたように動かない。
「う……動け……ない……!」
「足が……沈む……!」
レオンは歩いているだけ。
走ってもいない。
跳んでもいない。
ただ――
歩み寄るだけで、相手の身体が圧に耐えられなくなる。
捕獲班の一人が、喉を震わせながら声を漏らした。
「……ち、近づくな……! 来るな……!」
だが、レオンは歩みを止めない。
その歩みは静かで淡々としているのに――
一歩ごとに、捕獲班の身体が沈む。
「ぐっ……!」
「膝が……勝手に……!」
地面に手をつき、呼吸を乱す者も出始めた。
空気が震え、地面が軋む。
路地全体が、見えない重力に引きずり込まれたように沈む。
「っ……ぐ……!」
「な、なんだ……身体が……!」
捕獲班の膝が、次々と地面へ落ちた。
まるで足元だけが急に重くなったかのように。
だが――
近づくほどに、捕獲班の身体は沈み、動きを奪われていく。
「動け……ない……!」
「くそ……なんで……!」
朔弥は息を呑む。
(……レオンの威圧が……濃くなってる……)
美咲は胸元を押さえ、震える声で呟く。
「……レオンくん……こんなの……」
捕獲班の一人が、必死にワイヤーを構えようとする。
だが、腕が震え、持ち上がらない。
「う……腕が……上がら……っ」
レオンの視線が、その男に向いた。
ただ、それだけで――
男の身体が地面に沈み込むように倒れた。
ドサッ。
「ひっ……!」
「視線だけで……!?」
捕獲班の恐怖が一気に広がる。
レオンは、淡々と歩みを進める。
その歩みは静か。
だが、一歩ごとに圧が濃くなる。
「……三人に触れたな」
低く、静かな声。
怒鳴り声ではない。
だが、その一言が捕獲班の心臓を直接握り潰すような重さを持っていた。
「ひ、引け……! 距離を――」
隊長が叫ぼうとした瞬間、レオンの圧が一段階跳ね上がった。
ズンッ!!
地面が沈む。
捕獲班全員の身体が一斉に揺れ、その場に崩れ落ちる。
「ぐあっ……!」
「立て……ない……!」
「息が……でき……っ」
呼吸すら奪われる。
レオンは、止まらない。
捕獲班の中心へ歩み寄り、拳を握る。
だが――
その瞬間、路地の空気が震えた。
ドォンッ!!
衝撃が地面を走り、捕獲班全員が圧に押し潰されるように路地の奥へ倒れ込んだ。
吹き飛ぶのではない。
跳ねるのでもない。
押し潰され、沈むように崩れ落ちる。
静寂。
捕獲班は誰一人として立ち上がれない。
呻き声すら出せない者もいる。
レオンは、ゆっくりと息を吐いた。
「……三人に手を出すな」
その声は静かで、しかし、路地の空気を凍らせるほどの怒りを孕んでいた。
優斗は息を呑む。
(……凄ぇ圧だ……レオン、やべぇな……)
朔弥は震える指先を押さえる。
(……威圧で……ここまで……)
美咲は胸に手を当て、ただレオンの背中を見つめた。
(……レオンくん……)
捕獲班は――
完全に壊滅していた。
捕獲班が沈黙した路地に、ようやく音が戻り始めた。
優斗が荒い息を吐き、絡まっていたワイヤーを払いのける。
「……助かった……マジで……」
声は震えていない。
だが、その手はわずかに汗ばんでいた。
朔弥は腕を押さえながら、レオンの背中を見つめる。
(……あれが……レオンの威圧……怒りだけじゃない……俺たちを守るための)
恐怖ではない。
ただ、圧倒的な存在を前にした畏れだった。
美咲はゆっくりと立ち上がり、胸元に手を当てたままレオンの背中へそっと声をかける。
「……レオンくん……もう……大丈夫だよ……」
レオンは振り返らない。
拳を握ったまま、深く、ゆっくりと息を吐く。
怒りの余韻が、まだ路地に残っていた。
優斗が一歩近づく。
「レオン……もう十分だ。こいつら、もう動けねぇよ」
朔弥も頷く。
「……レオンの威圧で、完全に落ちてる。これ以上は……必要ないよ」
レオンの肩が、わずかに震えた。
怒りではない。
三人が傷つけられたことへの、どうしようもない悔しさ。
美咲がそっと近づき、レオンの背中に触れようと手を伸ばす。
「……レオンくん。私たち、無事だよ。守ってくれて……ありがとう」
その言葉に、レオンの拳がゆっくりとほどけた。
長く張り詰めていた空気が、ようやく解けていく。
レオンは小さく息を吐き、ようやく三人の方へ振り返った。
「……怪我はないか」
その声は、さっきまでの鋼ではなく、いつものレオンの声だった。
優斗が笑う。
「お前が全部倒してくれたおかげでな」
朔弥も肩をすくめる。
「……正直、助かったよ。あのままだったら……危なかった」
美咲は微笑み、そっとレオンの手を握った。
「ありがとう、レオンくん。本当に……」
レオンは少しだけ目を伏せ、静かに頷いた。
「……守るのは当然だ」
路地に残るのは、倒れた捕獲班と、四人の静かな呼吸だけ。
だが――
この夜は、まだ終わらない。




