第14話:三人の危機
レオンの言葉が路地に沈んだまま、奇妙な静けさが訪れた。
倒れたエージェントたちの呼吸音すら聞こえない。
風もない。
街の喧騒も遠い。
ただ――
空気だけが、重く、濁っていく。
優斗は紅牙を構え、朔弥は魔力の流れを探る。
だが、何かが押し返してくるような違和感があった。
(……なんだろう、嫌な感じだ……)
美咲は胸元を押さえ、呼吸を整える。
聖護の負荷がまだ残っている――
それ以上に、背筋を撫でる冷たい気配が強かった。
レオンだけが、静かに、しかし確実に構えていた。
その目は倒れたエージェントではなく、路地の奥の闇を見据えている。
「……来るぞ」
低く、短い一言。
三人の心臓が跳ねた。
次の瞬間――
――ザッ。
重い足音が、路地の奥から響いた。
一人や二人ではない。
十……二十……いや、もっと多い。
足音は揃っている。
迷いがない。
軍隊の行進のような、規律のある音。
優斗が目を細める。
(……来るなら受けて立つだけだぜ……)
朔弥は息を呑む。
(……さっきのやつらとは、比べ物にならない圧だ……!)
美咲はレオンの背中に視線を寄せた。
その背中は、さっきよりもさらに壁のように見えた。
そして――
暗がりの奥から、黒い影が次々と姿を現した。
盾を構えた重装の男たち。
電磁拘束具を携えた捕獲班。
麻酔銃を構えた射撃班。
腰に試作装置を付けた技術員。
数は二十……いや、三十近い。
完全に――
勇者レオンを捕獲するためだけに編成された小隊だった。
レオンの表情が、静かに、しかし確実に変わる。
怒りが、再び燃え上がる。
「三人とも――下がれ」
その声は低く、鋼のように重かった。
三人は一歩後ろへ下がり、それぞれ武器を構え、魔力を練りこむ。
優斗は紅牙を握り直し、低く息を吐く。
「……ちょっと多いけど、やれない数じゃねぇな」
朔弥は前方の動きを見て、眉をひそめる。
「……あいつら動きが揃ってるな。完全に俺らを捕まえに来てる」
美咲は静かに頷く。
「……うん。聖護は必要なところだけに張るね」
三人の表情には、恐怖ではなく戦意が宿っていた。
まず――
盾兵が前列に並び、壁を作る。
分厚い防弾盾が横一列に並び、路地の幅いっぱいを塞ぐ。
優斗が目を細める。
「……前から押してくる気だな」
その背後――
射撃班が三人へ照準を合わせる。
麻酔銃。
殺傷ではなく無力化を目的とした武器。
だが狙いは正確で、三人の動線を完全に封じるように配置されていた。
朔弥が短く言う。
「撃たせないようにしないと……あれに当たったら終わりだ」
さらに――
捕獲班が左右の路地へ散開する。
逃走経路を塞ぎ、拘束具で一気に押さえ込むための動き。
美咲は落ち着いた声で言う。
「……優斗くん、右側お願い。朔弥くんは左を見て」
「任せろ!」
「了解」
三人は自然に役割を分担していた。
最後尾では、技術員が魔力観測装置を起動していた。
装置が低く唸り、朔弥の魔力に反応して微かな光を放つ。
朔弥は眉を寄せる。
「……魔力を測られてる? 俺たちの魔法を研究する気なのか……」
優斗が舌打ちする。
「ちっ、面倒くせぇな……でも、やるしかねぇ」
三人は一歩も引かない。
盾兵が一斉に突進を開始する。
分厚い防弾盾が前面を覆い、その背後から押し寄せる質量が、路地全体を揺らす。
「押し込めッ!」
隊長らしき男の怒号が響く。
盾兵の足音が重く、速い。
まるで鉄塊が迫ってくるようだった。
だが――
レオンは一歩も動かない。
むしろ、ゆっくりと前へ歩み出た。
「レオンくん……!」
美咲が息を呑む。
優斗と朔弥も、その背中から放たれる圧に思わず息を止めた。
盾兵の列が迫る。距離はもう数メートル。
その瞬間、レオンが静かに地面を踏みしめた。
ドンッ。
ただの一歩。
だが、その一歩だけで空気が震えた。
「構えを崩すな! 押し潰せ――!」
盾兵の先頭が叫ぶ。
レオンはゆっくり右腕を引き、拳を握った。
ただそれだけの動作なのに、三人の背筋に電流が走る。
(……あいつら、死ぬんじゃないか……)
朔弥が息を呑む。
(……あれはヤバい……)
優斗が紅牙を握り直す。
(……レオンくん……!)
美咲が祈るように見つめる。
そして――
レオンの拳が盾兵の壁へ放たれた。
轟ッ!!
爆音が路地を揺らした。
分厚い防弾盾が紙のようにひしゃげ、
先頭の盾兵が後列ごとまとめて吹き飛ぶ。
まるで壁ごと人間を破壊したような衝撃だった。
「なっ――!?」
「後列まで飛ばされたぞ!?」
「バケモンかよ……!」
小隊全体がざわつく。
レオンは拳を下ろし、静かに息を吐いた。
「……邪魔だ」
低く、怒りを押し殺した鋼の声。
倒れた盾兵の向こうで、捕獲班と射撃班が一斉に動き出す。
だがレオンの初撃は、小隊の壁を完全に破壊していた。
崩れた隊列の奥に、一瞬だけ隙が生まれる。
その瞬間――
優斗が真っ先に動いた。
「今だッ!」
紅牙を構え、吹き飛ばされた盾兵の死角へ滑り込む。
だが別の盾兵が即座に割り込む。
ガンッ!
火花が散る。
優斗は押し負けないが、相手も崩れない。
(……ちくしょう、こいつら動きに迷いがねぇ……!)
優斗は後退しながら次の一手を探る。
その横で、朔弥が指先に光を集めていた。
「……《雷光》!」
バチバチッ!
青白い閃光が走り、射撃班の視界を一瞬奪う。
狙いは牽制。威力ではなく、目潰しと撹乱。
「うっ……!?」
「視界が……!」
射撃班の照準がぶれる。
だが技術員の装置が朔弥の魔力に反応し、甲高い電子音を鳴らした。
ピィィィィィ――!
「……やっぱり、魔力を図られてる……!」
朔弥は歯を食いしばり、雷光の放ち方を変える。
(……なら、図れないように……散らしてやる……!)
次の雷光は複数の小さな閃光として弾けた。
パチッ、パチパチッ!
蛍光が乱舞するように射撃班の周囲で光が散る。
「なっ……!? どこを狙って……!」
射撃班の動きが止まる。
その瞬間、美咲が前へ出る。
「《聖護》、局所展開……!」
淡い光の膜が優斗と朔弥の足元だけを包む。
直後、射撃班の麻酔弾が飛んできた。
パスッ!
光の盾に当たり、弾丸は弾かれる。
「……助かったぜ、美咲!」
「美咲、ありがとう!」
美咲は息を整えながら頷く。
「……無駄撃ちはできないから……必要なところだけ守るよ……!」
その声は震えていない。
戦士の声だった。
三人の連携によって小隊の動きに乱れが生じる。
だが捕獲班がその乱れを押し返すように前へ出た。
「捕獲網、展開――!」
怒号とともに装置が起動する。
カシャンッ!
複数のワイヤーが地面に叩きつけられる。
「……ワイヤー!?」
次の瞬間――
シュバッ!!
ワイヤーが蛇のように跳ね上がり、三人へ伸びる。
「くっ……!」
優斗が身をひねって避ける。
「速い……!」
朔弥が雷光で視界を乱そうとするが、軌道が読めない。
「避けきれない……!」
美咲が聖護を展開しようとした瞬間、射撃班が動く。
「麻酔弾、連射――!」
パスッ! パスパスッ!
光の盾に当たり、美咲の集中が一瞬途切れる。
その一瞬が致命的だった。
ワイヤーが優斗の足元へ絡みつく。
「なにっ……!」
朔弥の腕にも別のワイヤーが巻きつく。
「しまっ……!」
美咲が二人へ手を伸ばす。
「優斗くん! 朔弥くん!」
だが捕獲班はその動きを読んでいた。
「三人まとめて拘束しろ!」
ワイヤーがさらに伸び、美咲の足元にも迫る。
三人は一瞬で包囲され、逃げ場を失った。
優斗が歯を食いしばる。
(……くそっ……! これじゃただの足手まといだ……!)
朔弥は魔力を練ろうとするが、ワイヤーが締まり集中が乱れる。
(……まずい、このままじゃ捕まる……!)
美咲は必死に聖護を展開しようとする。
(……守らなきゃ……! 二人を……!)
だが捕獲班の訓練された連携が、三人を完全に追い詰めていた。




