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第13話:風が裂いた瞬間

 路地の奥で揺れていた空気が、ついに形を持って迫ってきた。

 三人が感じていたざわつきは、ただの予感ではなかった。


 暗がりから、武装したエージェント十数名が列を組んで現れる。

 足音は揃い、迷いがない。

 前の奴らとは明らかに違う。

 装備の重さ、動きの速さ、そして――

 殺気。


「……多いな」


 優斗が低く呟く。

 その声には、戦士としての直感が混じっていた。


 朔弥は喉を鳴らす。


(……これ、さっきの六人とは違う……!  俺たちを傷つける気だ……)


 美咲は胸元に手を当て、魔力を整える。

 空気が張りつめ、肌がひりつく。


 エージェントたちは無言で散開し、三人を包囲した。

 その動きは、まるで獲物を囲い込む獣のようだった。


 優斗が一歩前に出ようとした――

 その瞬間。


 銃口が一斉に火を噴いた。


 乾いた破裂音が狭い路地に反響し、火花が散り、弾丸が空気を裂く。

 撃ち方に迷いがない。

 死ななければよいという、任務失敗を恐れた焦りがむき出しの銃撃。


 パンッ、パンッ、パンッ――


 絶え間がない。

 一発撃って様子を見る気など毛頭ない。

 まるで壁のように銃弾が降り注ぐ。


「《聖護プロテクション》ッ!!」


 美咲の声が響き、光の盾が三人に展開される。

 弾丸が次々と弾かれ、火花が散り、光盾が震える。

 衝撃が足元にまで伝わる。


「美咲、無理すんな!」

「大丈夫……でも、長くは……!」


 美咲の額に汗が滲む。

 多重展開の聖護プロテクションは強力だが、この密度の銃撃を受け続ける前提の魔法ではない。


 優斗は前に出ようとするが、踏み出した瞬間、弾丸が足元を抉った。

 朔弥も魔力を練ろうとするが、銃撃の圧が強すぎて集中が削がれる。

 三人は完全に防御に徹するしかなかった。

 動けば撃ち抜かれる。


 エージェントたちは撃ち続ける。

 止まらない。


 光の盾に弾丸が叩きつけられ続け、美咲の魔力は限界に近づいていく。

 優斗も朔弥も、一歩踏み出す余裕すら奪われていた。

 銃撃は、暴力の壁だった。


 その時――


 ボヒュゥゥゥゥゥ――。


 風が裂けた。

 空気が押し返され、銃声すらかき消すほどの何かが三人の前を駆け抜ける。


 次の瞬間、三人の視界にレオンが現れた。


 着地の衝撃はほとんどない。

 だが、地面がわずかに沈み、周囲の空気が一変する。


 その瞬間、銃撃が止まった。

 エージェントたちが一斉にレオンへ銃口を向ける。

 その動きには、明確な恐怖が混ざっていた。


 レオンは振り返らず、静かに言う。


「下がっていろ」


 その声は落ち着いていたが、三人の背筋が震えるほどの圧があった。

 エージェントたちが引き金に指をかける――

 その刹那、レオンの姿が消えた。


 いや、消えたように見えただけだった。

 実際には動いていた。

 ただ、三人の目では追えない速度で。


 銃声が上がるより早く、レオンは懐に入り、手刀で銃を弾き飛ばし、足払いで二人を同時に倒し、肘で三人目の顎を砕く。


 音が遅れてついてくる。


 ガンッ。

 ドンッ。

 バキッ。


 倒れる音が連続し、十数名のエージェントが、まるで風に薙ぎ払われた草のように地面へ沈んでいく。


 レオンは聖剣を抜いていない。

 必要すらなかった。


 三人は言葉を失った。


 狭山市駅前の魔物事件で見た勇者の本気。

 あの時よりも、さらに洗練され、さらに速く、さらに強い。

 優斗は震えるほどの興奮を覚える。


(……やっぱ、レオン……すげぇ……! あれが……本物の勇者……!)


 朔弥は魔力の流れの異常さに気づき、息を呑む。


(魔法じゃない……これは体術だ……!)


 美咲は安心と畏怖が入り混じった表情でレオンの背中を見る。

 その背中は、まるで壁のように三人を守っていた。


 レオンは静かに息を吐き、倒れたエージェントたちを一瞥する。

 その目は冷たく、しかし確かな怒りを宿していた。


 状況が沈静化したことを確認すると、レオンはゆっくりと三人へ向き直った。


「怪我は?」


 短い問いかけ。

 だが、その声には三人を気遣う温度が宿っていた。

 美咲はまだ呼吸が乱れている。

 聖護プロテクションの負荷が残っているのを、レオンは一目で見抜いた。


「……よく耐えたな」


 その一言に、美咲の胸がふっと軽くなる。


 次に優斗。

 紅牙を握る手を見て、レオンはわずかに口元を緩めた。


「……その刀、よく扱えているな」


 優斗の胸が熱くなる。


 最後に朔弥。

 レオンは朔弥の手元に残る魔力の痕跡を見て、わずかに眉を上げた。


「……その魔力、雷属性か。狙って撃ったのか?」


 朔弥は少し照れたように笑う。


「うん……なんとか、ね」


 レオンは短く頷いた。

 その頷きには、朔弥の成長を確かに認める重みがあった。


 だが――

 その表情はすぐに険しく戻る。


「まだ終わっていない」


 静かな声だったが、三人の背筋が自然と伸びるほどの重さがあった。

 レオンは倒れたエージェントの胸元に手を伸ばし、布で隠されたパッチをめくる。

 そこには、本来なら隠す必要のない部隊章があった。


「……軍の所属章か……」


 装備の質、動きの統一感――

 素人ではない。

 軍の訓練を受けた者のそれだった。


「こいつらは……捕獲・拘束を前提にした部隊だろう」


 美咲が息を呑む。

 優斗は拳を握りしめ、朔弥は言葉を失う。

 レオンは静かに続けた。


「……これは保護じゃない。完全に拉致の装備だ」


 三人の背筋が一斉に冷える。

 レオンは立ち上がり、三人へ向き直る。


「俺を捕まえる為に、お前たちを狙ったんだろう」


 その瞳に宿った怒りは、三人の胸に深く刻まれた。

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